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きみが嘘をついた

坂崎重盛

 ちょっとした言い逃れのためや、さらに悪質なオレオレ詐欺、議事堂でのお偉いさんまで、大人の嘘は日々、アクビが出るほど見聞きしているが、どっこい、子供だって嘘をつく。

 いや、現実と想像の世界が、きちんと分化していない、幼い子供だからこそ、多種多様の、罪のない嘘をつく、といってもいいでしょう。

 この歳になっても、いまだに記憶に残っている子供のころの嘘のについて話をしてみよう。あれは小学五年、いや四年のことだったろうか。いまでいえば、教育実習のためか、とても若い女の先生が、臨時で黒板の前に立った。

 その先生、授業の途中で、前列から真ん中あたりに座っているD君を見とめ、「そこのきみ、万年筆はやめなさい!」と注意をした。

 それを聞いたぼくは(ほーっ、D君ったら万年筆なんか持ってるんだ。自慢したくって使ってるな)と、ちょっとうらやましい気がしたのだが、そのD君、臨時の若き女をナメたか「なんで万年筆じゃだめなんですか? そんなきまりなんかあるんですか」みたいな言葉でくってかかり、二、三回のやりとりがあったと思う。

 と、その教育実習の先生、なんと、泣き出してしまったのである。これにはぼくだけでなく教室の皆も呆然としたのではないか。

 で、その半ベソの先生、「クラス委員は誰か?」とたずね、T君が「ぼくです」と立つと、その先生は、「職員室へ行ってS先生を呼んで来て下さい!」とT君に命じた(というより助けを求めた)。

 その、S先生というのが、軍隊上がりとかで、わりと平気で、ビンタなど喰わせるコワイ、嫌な先生で、黒板に書く字も妙にトゲトゲしく、とにかく人気がなかった。そのS先生をよんできて欲しい、というのだ。

 T君は、級長らしく素直に「はい」と言って教室を出て行った。二、三分ほどたったか、教室の戸を開けて戻ってきたT君、「職員室にS先生はいませんでした」と、その新米先生に告げた。そのあと、D君が万年筆をえんぴつに持ちかえたのかどうかは忘れたが、授業はなんとか続いた。

 ところで、その授業のあと、ちょっと仲の良かった、ぼくより勉強のできるM・Y子ちゃんが、ぼくに、「T君が、あんな先生の言うままに、S先生を呼びに行くとは思わなかったなぁ」と、少しガッカリしたような口調で、つぶやいた。

 ぼくも同じ気持ちだったので、T君との学校の帰り道、T君に「ずいぶん、あっさり、あの先生の言うことを聞いたね」と、さぐりをいれると、T君、「S先生なんか呼びに行くわけないじゃん。廊下を二まわりして教室に戻っただけだよ」と、いたずらっぽい顔で、こたえたのである。

 子供だって嘘をつく。

 あのときのT君の嘘は、今思っても、なかなか見事な嘘だった。

 ぼくだって、子供のころ、何度か嘘をついた記憶はある。ただし、それはぼくにーー嘘をつくことは、あとあと、自分の気持ちに“割が合わない”ーーということを自らに思い知らせる、という類の、低レベルの嘘なのでした。

一九四二年東京、下町の場末で生まれ育つ。都立高校から造園学科のある大学に進学。卒業後、横浜市計画局に就職。三年ほどでドロップアウト。以降、出版界の片隅で編集者、著述家として生きる。俳号は「露骨」。近著に『荷風の庭 庭の荷風』(芸術新聞社)など多数。

 
 

おとなはみんな子どもだった

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