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パンツ泥棒          藤野健一

小学五年生の夏休みの事だ。

家の近くにある私立の中学校が、夏の期間中プールを安い料金で一般に開放した。昭和二十年代のことで、まだプールは珍しく、おとなも子供も涼を求めて押しかけた。大盛況で、泳ぐというより水に浸かるだけの状態だったが、それでもみんな大喜びだった。いまでもあの歓声や、水に潜ると聴こえる石がぶつかり合うような心浮き立つ響きを思い出す。

学校にとってこれはいい収入だったのだろう。更衣室などないから、教室の机や椅子を片づけ床にずらりと脱衣かごを並べ、どんどん入場者を受け入れた。

そんなある日、私はいつものようにプールで遊んだ後、脱衣かごに戻って水着を脱ぎパンツに穿き替えた。その瞬間、大きすぎると思った。自分のものとはまるで感触が違う。かごを間違えて他人のパンツを穿いてしまったのだ。どのかごもよく似ているのでとんだ間違いを仕出かした。大慌てで脱ごうとした時、プールから数人の高校生かと思われる逞しい青年が、賑やかに入って来た。その中のひとりは真っすぐこちらに向かってやって来る。まったくタイミング悪く、彼のかごだったのである。もはや脱いで戻す時間はない。といって、見知らぬ相手に事情を告白し、目の前で彼のパンツを脱いで返す勇気もなかった。

こうなったらもう逃げ出すしかない。素知らぬ顔で自分のかごの衣類を着て、自分のパンツはポケットにしまいこんだ。

やがて彼はパンツがないと騒ぎ出した。それに仲間が同調して、パンツ泥棒、パンツ泥棒がいると囃し立て脱衣所は騒然としてきた。その後どうなったかは知らない。その場を逃れるのが精一杯だった。彼がどこの人か、パンツなしでその後どうしたろうかなど、知る由もない。

しかし、他人のパンツを穿いて帰ったこちらも困った。家で穿き替えたが、これをどう処分すればよいものか。この時代、捨てるなどという行為はまず思いつなかった。何日か机の引き出しにしまっておいたが、親に見つかったら説明に困る。暫くランドセルに入れて学校を往復したが、これも先生に見つかったりしたらいよいよまずい。だんだん追い詰められた気分になってきて、遂に押入れにある祖母の行李に突っ込んで何事もなかったことにしてしまったのだ。

それっきり、すっかり忘れて月日が経ったが、当然のことながら露見する日が来る。衣替えのシーズンになり、祖母が行李を開き、男もののパンツが転がり出たのだ。

小学生の身にはそれ以上の機微はわからなかったが、これはかなりおとなを困惑させる事態だったようだ。息子のパンツにしては大きすぎるし、その頃のわが家は父が長期入院療養中で男っ氣がなかった。なぜこんなものが祖母の行李から出て来たのか。疑心暗鬼に駆られながら、祖母と母はどんな会話を交わしただろう。

周りにいる男といえば、横浜に住む叔母の夫くらいだ。彼にまで問い合わせたりしていたが、もちろん謎は解決しなかった。

わが家に起きた気味の悪いミステリーとして、それからも折に触れ話題になったが、犯人は黙して語らず。真相は迷宮入りとなり今日に至っている。その間に祖母も母も疑問を抱いたまま他界してしまった。

いまでもあの日の動顛と戦慄を思い出すと怖気立つ。まったくなんたる軽率。なんたる浅知恵。プールのお兄さんはこちらよりだいぶ上だったがまだ健在だろうか。祖母にも母にも申し訳ないことをしてしまった。

 
 

おとなはみんな子どもだった

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