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新・気まぐれ読書日記 (22) 石山文也 猫本屋はじめました

ここだけの話だが「あなたは猫派、それとも犬派?」と聞かれたら迷わず「猫派です!」と答えるだろう。なぜ、ここだけの話か、というとカミサンが極端な「猫嫌い」だから。結婚以来、犬は2匹飼ったが嫁いだ娘が置いていったミニプードルが8年前に死んでからは、わが家にペットはいない。日頃からカミサンは「両親が猫嫌いだったから!」から始まって「私は<服に付く毛が気になる派>だわ!」「猫ってところかまわず<爪とぎ>をするでしょ!」などと嫌いな理由をあげつらうが、聞かされるこちらもいいかげんうんざりするものの反撃する気はない。そういえば以前はしょっちゅう庭に入り込んでカミサンをいらだたせた野良猫もさっぱり寄りつかなくなった。春先、異性を求めて妖しく鳴き狂う「恋猫」の季節でも野良猫自体が減ったせいか久しく聞かない。

まあ、自分だけの聖域であり小宇宙ともいえる書斎なら構わないだろうと猫派の私が書店で見つけたのが、福岡市で「書肆 吾輩堂」という日本で最初の猫本専門のインターネット書店を開業した大久保京(みやこ)の初エッセイ『猫本屋はじめました』(洋泉社)である。

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福岡市生まれの著者は大学卒業後、旅行会社のツアーコンダクターや美術館の学芸員、アート系NPO法人の勤務を経て2013年に猫本専門店を開業した。意外なことに猫に関する本のみを扱う書店は、これまで「いかにもありそうなのに実際にはなかった」らしい。猫を飼って20年という猫好きで、かつ大好きな猫本を集めるうちに「猫本だけを集めた本屋があればいいのに」という思いが年々強くなり、とうとう自分で始めようと決めた。「この時代、書店は儲からないから今からやるのは無謀すぎる」などという周囲からの忠告をはねのけて、東京や京都の古書店や猫の雑貨を扱う店を見学して回り、古本だけでなく新本や雑貨も併せて販売する方針が徐々に固まっていった。

次には古書を取り扱うための「古物商許可証」を管轄の警察署経由で福岡県公安委員会に申請した。開業するにあたってできるだけ諸経費を節約したいし、自分で申請したほうが勉強になると思い、警察の担当者には2月22日の「猫の日」に開店したいので許可証も同じ日にしてもらえないかと頼みこんだが「こればかりは公安委員会の管轄だから」と結局、2日遅れの24日付になった。開店は計画通りだったが、許可がずれてしまったのは書類の提出が遅れたせい、というからこちらは<ニャンだ!>である。

「吾輩堂」というどこかで聞いたような、と薄々感じられたかもしれない店名は夏目漱石の『吾輩ハ猫デアル』から“拝借”し、本屋であることを示す「書肆(=書店)」を付けた。美術関係の仕事をしていた縁から表紙で紹介した店名ロゴは尊敬する現代美術作家・大竹伸朗氏に依頼して「大竹フォント」を使い、ロゴマークはデザイナー・先崎哲進氏が歌川国芳の「流行猫の狂言づくし」にある小判柄の裃を着て畏まっている猫をアレンジして使ってくれた。紋には猫好きが愛してやまない「肉球」を入れてある。国芳は江戸の浮世絵師一の猫好き、という生易しいものではなく<猫狂い>として有名だそうで、これは知らなかった。まさに江戸のデザイナーともいうべき浮世絵師と現代美術家の約170年の時を越えたコラボレーションである。おかげで福岡古書組合に入会当初は「猫さん」と呼ばれていたのが「吾輩堂さん」に変わったという。

かといって開業当初は他の古書店から見ると笑い出されるくらいの在庫だったので実店舗ではなしに猫小物や猫の新刊本も扱うネットショップからスタートすることにした。パリ、ヴェネツィア、トルコを巡る古書や猫小物などの仕入れ旅行にも出かけ、ホームページも立ち上げた。ここに登場するのは4人の<ショップ店員>であるが、大久保さんちの猫だから正しくは「4匹」か。最長老は18歳の「ゴンチャロフ」。大人しくて賢い<陰の店長>で、8歳の「もじゃ」、末っ子が1歳で唯一のメス「チロ」、いずれもトラ猫だが、img108こちらは黒猫の「チーチー」で4歳のやんちゃ盛りだそうな。猫好きの皆さんは猫店員目当てにホームページをのぞく方も多く、訪問するついでの<ついで買い>も少なくないという。出版にあたってアーティストの横尾忠則氏との対談、画家で装丁家の金井久美子、作家で詩人の金井美恵子姉妹、銀座・村越画廊の桜井美穂子氏との座談会という企画はいずれも猫好きで知られるだけあって「猫ばなし」で大いに盛り上がっている。

巻末の約千点にも及ぶ明治時代以降の内外の「猫本リスト」は小説・随筆・詩、写真集、ネコロジー(猫学)・ノンフィクション、絵本・児童書・挿絵が美しい本というふうにジャンル分けされており、資料的にも圧倒される。これだけでも猫本マニアにとってはたまらないのではないだろうか。

最後に紹介したいのは店名にもなった夏目漱石の『吾輩ハ猫デアル』のカバー付き初版本三冊揃えを夏目漱石研究家の小田切靖明氏から譲ってもらったこと。しかもコレットの『牝猫』、内田百閒の『ノラや』、大仏次郎の『スイッチョねこ』など15冊の「吾輩堂が案内する猫本ワールド」の最後に『吾輩ハ猫デアル』を執筆しいていたその時に連絡があったという。まさに漱石先生と猫のお導きではないかと本当に信じられなかったという。通常、古書市にも滅多に出ない稀覯(きこう)本だけに当然ながら<非売品デアル!>そうな。

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