1. HOME
  2. ブログ
  3. “11月24日” 「蚤の目大歴史366日」 蚤野久蔵

“11月24日” 「蚤の目大歴史366日」 蚤野久蔵

*1945=昭和20年  GHQが都内の研究施設に残っていた国産サイクロトロンを破壊した。

戦争が終わり「僕もまた研究生活に戻れる」と期待していた原子物理学者の仁科芳雄博士にとって現実は厳しかった。自宅も理化学研究所=理研も焼け落ちていたが手塩にかけて完成させた研究用のサイクロトロンだけは焼け残っていた。それだけが唯一最大の喜びであり希望だったがGHQ(連合国軍最高司令部)の方針はそれさえも許さなかった。

11月20日
ドクター・スペートとメジャー・オーハン、二世吉橋氏他三名、午前10時研究室へ来たり、研究内容を調査尋問す。午後に至り、突然居室調査のためとて、立ち退きを要求せらる。
11月21日
サイクロトロン使用許可取消の通知を終戦連絡事務所を通じて受取る。

仁科は当時54歳、1918=昭和7年に東京帝大の工科大学(工学部)を首席で卒業し翌日から理化学研究所の研究生になるとともに大学院工科に進学して研究を重ねていた。その後はヨーロッパに留学、ケンブリッジ大学(イギリス)、ゲッティンゲン大学(ドイツ)、コペンハーゲン大学(デンマーク)の研究室で7年半を過ごした。帰国後は理研を中心に量子論、原子核、X線などを研究し大型サイクロトロンを完成させて実験を重ねていた。

太平洋戦争が始まると軍部は日本独自の新型爆弾=原子爆弾の開発研究をめざした。目を付けたのが理研だった。仁科は先輩物理学者の長岡半太郎とともに理研の代表として検討に参加したが米国の先進技術を知悉していただけに発言はしなかったと伝えられる。しかし研究を受けざるを得なくなり仁科の「に」から「二号研究」が密かにはじめられた。優秀な研究員の招集解除の特権を受けて理論研究は完成したが空襲で研究設備が焼けたため潰えてしまう。しかし基礎研究のためのサイクロトロンだけは残っていた。

11月24日
午前8時半、第8軍工兵隊は2台のブルドーザーを以て重量220トンの大サイクロトロンと、28トンのサイクロトロンの破壊に着手した。
米国政府からの指令だった。
11月25日
サイクロトロン破壊しつつあり。
仁科は日記にこう記す他になすすべもなく解体作業を見つめていた。

その後のことを少しだけ書いておくと1951=昭和26年にノーベル賞を受賞したアメリカの物理学者アーネスト・オーランド・ローレンスが日本における研究の再開を提案して作られた160センチのサイクロトロンが東京・上野の国立科学博物館に残されている。サイクロトロンが解体された翌年、理研の所長になった仁科はその後、学士院会員などをつとめるが体調を崩すことが多くなり、サイクロトロン完成前の同年1月10日に肝臓がんで60歳の人生を閉じた。早すぎる死の原因に放射線研究や被爆直後の広島、長崎での現地調査での二次被爆などが指摘された。

*1944=昭和19年  マリアナ基地のB29約80機が東京を初空襲した。

6月16日の北九州爆撃に始まり、11月までに中国の成都を基地にしたB29による本土空襲は計8回にのぼるが、サイパン、グアムが陥落したことでマリアナ基地から初めての出撃となった。この日の攻撃目標は都心ではなく中島飛行機武蔵野工場だったが首都圏への空襲がいよいよ始まったことで戦況の不利が明らかになった。

以後、名古屋、川崎などの航空機工場が次々に狙われることになるが高々度から進入するB29に対して日本の防空陣は十分な防御能力を持っていなかった。アメリカ軍側も長距離の飛行に加え高々度からでは攻撃の成果が上がらなかったため翌年3月からは低空からの焼夷弾による無差別攻撃に変更された。

*1949=昭和24年  ヤミ金融「光クラブ」の学生社長で東大生の山崎晃嗣が青酸カリ自殺した。

山崎は学徒出身の陸軍少尉だったが戦後、上官から誘われた糧食隠匿の責任を取らされて服役する。その後東大に復学するが光クラブ、銀座金融などを手がけ「遊金利殖、月1割5分」の高配当をうたって事業を拡大していく。社長に納まった山崎は<アプレ・ゲール派の青年のチャンピオン>として脚光を浴びる。しかし当時の利息制限法に定める法定金利は月9分だったため京橋署に逮捕されてしまう。これを知った債権者約400人から債権返還にあい経営が行き詰った末の自殺で27歳だった。

日記の最後にこう残した。
私の合理主義からは、契約は完全履行を強制されていると解すべきだ。しかるに契約は人間と人間との間を拘束するもので、死人という物体には適用されぬ。私は事情変更の原則を適用するために死ぬ。私は物体にかえることによって理論的統一をまっとうする。

金力と才智で多くの女性を操り「女は機械だ」と日記に書いた男は<最初で最後の愛人>と豪語した女性に密告されたのが破綻につながった。かくも太く短すぎる人生ではある。

関連記事