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私の手塚治虫(17) 峯島正行

太平天国の輸出品

 大伴の真黒な腹の中

 

手塚 畢竟の大作 「人間ども集まれ!」

手塚 畢竟の大作 「人間ども集まれ!」

パイパニア戦争が終わり、生物学者大伴黒主は、天下太平、ゲリラだったリラ、パイパニアの軍医大尉だったリーチ、それから、生まれたばかりの第三人間の赤子とともに故国に帰国した。大伴はそればかりでなく、太平の精液を搾り取る、精液搾取機、その精子と卵子を受精させる設備、受精卵を成育させる装置、生まれた赤子を育てるベッドなどを持ち込むか、日本で調達した。
大伴の腹は太平の精子を独占し、それをもとに大量の第三人間を生産(?)し、これを商品として売り出す、という計画である。
その商品というのは、第三人間とは言え、人間であるから、奴隷商人と変わりない。第三人間の使用法は、第一に兵隊、あらゆる低級労働者や、ロボットの代用、芸や闘争を仕込み、さまざまの娯楽の演技者にすることなどである。そのうち最も大きい需要としては、戦争が絶えない世界中に、兵士として売ることである。
男の性器から放出される一回の射精液体には、1億から4億という精子が、精漿(液体成分)の中で泳いでいる。精子の形はおたまじゃくしのような形で、頭部はDNAの詰まり、運動エネルギーの詰まった中部、その下に推進運動を行う長い尻尾という形である。これは全生物みな同じである。
この性の群れが、女体の膣の中に放射されると、ただ一つの卵子に向かって突進して、それと合体し、受精しようとするのだ。ただ一匹の精子だけが、卵子に受精を果たす。そこから赤子へと成長する。他の精子も受精能力がないわけではないが、生存競争に負けた何億の精子は、すべて死に果てる。
ところで天下太平の精子に限っては、尻尾が二本あることを、大伴黒主がパイパニアの研究室で発見したのである。彼が勝ち誇ったように、これは新種の発見であって、人間の突然変異だと断定し、彼の子供を試験管ベイビーとして育てると、はたして生殖器の無い子供が生まれた。
学者として偉大な発見だと気負った黒主は、その第一の赤子に未来(みき)と名づけ、パイオニアのゲリラの女兵だったリラに育てさせ、太平と一緒に住まわせた。
二人で一つ家に住み、子供を育てるとなると、自然の成り行きから夫婦のような存在になってゆくのも、やむを得なかった。
しかし、男女の交わり結ぶことは、前に述べた、契約を盾にとって、絶対にさせなかった。その契約書の内容をもう一度説明すると,天下太平は、その精子をすべて黒主に提供すること、その精子を種に出来た子供は共同して育てる、その子供が生みだす利益は、すべて太平の所有になるというものであった。
その第三人間の子供を生産するため、太平を、セックスを刺激するような食物を与え、同居しているリラに性行為を仕掛けるようになると、精液搾取気に放り込んで、彼の精液を搾り取るのであった。
その精液から精子を、化学的に搾取して、それを冷凍保存させる、これが、頭目の黒主の仕事であった。そしてとき到れば、手を尽くして、手に入れた卵子に受精させて、第三人間を培養するのであった。
如何にして卵子を手に入れるかという問題は、最初のパイパニアで卵子を搾取したこと以外は、手塚はどこにもよく説明していない。
その太平が、リラ、その他の女性と一切の性交行為をさせないための監視の役目を、パイパニアの女性将校だった、リーチが務めた。大平はリーチの魅力にひかれていることも、事実だった。
パイオニアの戦場にいるとき、彼の精液を抜き取るために、このリーチ大尉が,寝室で、女としての挑発行為をして、太平を刺激して、精液搾取機に、太平の肉体を放り込んでいた。リーチは軍人であっても、女として化粧すると黒主でも、ちょっとイカれるほどの、美貌の持ち主であった。
黒主は自分たちが故国に帰るときに同行してきて、東京の銀座を想定させる盛り場にクラブを作り、そのマダムを装っていた。
そのクラブというのが、手塚さんがよく遊びに行って、マダムと親しかった、銀座に今も健在の「数寄屋橋」の店が連想されるような作りに描いているところが微笑ましい。
何かと、太平に接して、彼の家庭的な気持ちを捨てさせようとするマダムリーチと、次第に太平とセックス関係はないにしろ、夫婦然としてきたリラとは、犬猿の仲になるのも当然だった。
黒主が、第三人間の商品化にとって、もう一つの障害だと思っているのは、太平が育てている子どもをすべて自分の子供、家族と思い、家長として、リラに協力して育てていることである。
大伴黒主は、そういう太平を洗脳し、第三人間を、商売の種、所産と認めさせなければ、この商売は、うまくゆかないと考えていることだ。
その洗脳の役目まで、マダムリーチに負わせていた。
なにもかも同じ子ども

帰国以来、6、7年の年月が立った。
大伴は試験管で作った子供をつぎつぎと誕生させ、長子の未来を含め、五十七人の赤子が生まれた。大平は,未来(みき)からこの大勢の赤子まで、すべて自分の子、つまり家族としてリラととともに育てている。
長子の未来は、自然、周辺の子供から、特別に好かれ、子供同士が未来の取り合いをしでかし、近所の大問題となった。子供ながら、女でもない男でもない、中性的魅力が他のこどもをひきつけたのかもしれない。当時の日本の風俗としては同性愛が流行し、男女の差別が無くなってきた世相に対応して未来が、子供から好かれたのかも知れない。これはそのあと生まれてくる、第三人間に共通した性情であることが分ってくる。
未来はまた、子供の仲間にはっきり男女の区別があるのを知り、「自分は男か女かはっきりさせてくれ」と迫って太平たちを困らすのであった。
泣きわめく未来に、大伴博士は「馬鹿、なんだ、お前が不幸なもんか、あと一〇年たってみろ、未来のような人間が、東京中にうじゃうじゃ生れてくるんだ、お前はその総大将だぜ」
と慰めにもいいわけにもならないようなことを嘯くのみであった。
ところで五十七人の赤子たちは、それぞれ育児籠の入れて育てられているのだが、泣き出すときは一斉に泣き出す。泣きやむのも一緒だ。排泄の時も一緒だ。リラなどは、「次に泣くのは五時ね」など周囲のものに言って、その用意をさせている。
大伴博士は「同時にミルクを欲しがり、同時に排泄し同時に寝て同時に起きる、あの子たちは先天的に団体行動をとる性質がある、そこが売り物だな」
と秘かに口にする。太平の方は「俺の息子はみんなバケモノばかりだ」と嘆息する。
それを聞いた黒主は「バケモノじゃない。立派な新人類だぞ」と返す。太平は
「それがおれにとって何の得になるのかっ」
「なんの得といったな。天下太平、ついに損得を考えるに至ったか。OK,それなら教えてやろう、その言葉を君から聞くのを待っていたのだ。これからすぐリーチの店に行こう、引き合わせたい人物がいるのだ」
太平はリーチが今は、好きではないし、そのクラブにも行きたくなかった。だがこの際は仕方がなかったろう。リラが猛烈に反対したが結局行くことになる。
残されたリラは、未来にしみじみ言う。「パパがママやあんたから気持ちがはなれてゆくのはさみしいのよ……」

銀座の繁華街らしきネオンで彩られた騒がしい街へと黒主は太平を連れてゆく。店では華やかに装ったリーチが待っていた。すぐに奥の部屋に行く。そこには久しぶりの人間が待っていた。木座神昭である。いまは外国から芸人や芸術家を呼んで興行する、いわゆる「呼びや」となっている。既にアメリカの有名歌手などを呼び成功させているという。怪訝な顔の太平に、木座神は、おもむろに話すことは次の通りであった。
1、 今や戦争は一種のショウみたなものである。
2、 センセーショナルなゲバルト、残酷なスペクタクル……
3、 血、スリル、涙、感動等賞の要素は十分にある
4、 だから戦争を見世物にすれば大儲けができる。
 
大平は「大演習でもやるんですか。だけど本物の迫力にはかなわんでしょう」と聞く。木座神は答える。
「本当の戦争を買う。政府と取引して、戦争を始めてもらう。国交断絶したり、一触即発の国があればその戦争を買う。適当に戦争をやらせてお客に見せてお金を取る。」
「だが人が死ぬぞ、兵隊はどうする」
「第三の性人間がいるでしょう」
「君はあの子たちを使うのか」
「先生、この話は真面目なのかい」と黒主にも食って掛かる。
「あの子たちは女でも男でもない。いわば兵隊アリだ。そういうために使ってもおかしくない」
そして大伴は立ち上がって、「では諸君この新事業のために乾杯しよう」という。
「では第三の性、いや無性人間のため天下太平さんのために乾杯、あなた方はじゃんすか生産してくだされ」
流石の大平も、「大伴黒主先生!俺は君を見そこなった。偉そうに聖人面して研究しても、一皮はげば只の商売人じゃないのか。
「うるさい!学者だって金が要るんだ」

木座神も黒主も去った後、リーチと太平の二人だけになった。リーチ大尉、黒主とい
う男は、ありゃ大変悪党だよ、きをつけろよ」とやっと黒主の正体がわかったというようにいう。
「今にはじまった事じゃないわよ、さあ二人だけの時間になれたのよ、」とリーチは女の手練手管、言葉の限りを尽くして、自分になびかせ、多くの赤ん坊を、単なる商品と思うように、口が酸っぱくなるほど口説いた。太平はついに、なびかず帰って行った。
深夜、リーチは黒主に電話をした。
「太平は今帰ったわ。あなたの言われたとおりにしたわ。あの男だいぶ心がぐらついたようよ。」
「早く天下泰平を君になびかせて、洗脳するんだ。やつはまだミキやほかの赤ん坊を、わが子だという気持ちを持っている。それを早く切り返させるんだ!あの子たちは単なる『商品』だとわりからせろ。そう思いこませろ、でないと、事業は成り立たんからな」
「分ってるわ、でも困ったの、あんまり彼が純情なんで辛いわ」
「ばか!」
しかしこのことの失敗が、結局彼らが将来、破滅の到る元になるのだ。
そして、リラと住む太平を心から優しいのは、長男のやはり未来しかいなかった。未来は言う。五十七人お兄弟がいるけれど、パパは僕たちが、一〇〇人になって捨てないでね。パパはママをサディスティックに扱わないでね」
「なにを抜かしゃがる。がきのくせに」
「でもパパとママは一度も肉体関係を結ばないんだってね、一人ぐらいママのおなかから生まれた兄妹を作ってよ。ずっと人工授精で、子供を作ってるなんて、それじゃ夫婦として淋しいと思うんだ。」
早熟な子供の言葉に大平は泣かされるのだが、大伴との契約によって太平は生きているかぎり、黒主の言いなりにならなければならない。その契約書をもとに、大平、大伴、木座神とともに、第三人間育成会KKという会社を作っている。
大伴は言う。
「君は種馬だ、種馬は体が大事なんだ、精液は一滴なりとも残らず採れ、冷凍して保存しなければならない」
或る時リラの体に性欲を感じて近寄ろうとすると、天井からするすると錨が下りてきた、太平の体を掴まえると、するすると天井にのぼり、太平の体を精液搾取機に放り込んでしまうのだった。大伴はそんな恐怖の装置まで作って、太平を抑え込んでいるのだった。
南海の孤島を買う

そのころ丸の内のような場所にある木座神の事務所では、真っ黒な皮膚の巨体の男と、交渉中だった。巨体の男は南方に領土を展開するネグロジェ王国のガラモン事務官である。彼の国が持つ太平洋上の無人島を、木座神は買おうとしているのだ。相手側は、島を坪50ドルで売るというのを、50円に値切って買おうというのだ。その時のドルは、まだ円より強かったのだろう。ついに交渉は成立、木座神は、安く買ったと威張っている。
木座神がただちに黒主に電話、太平も一緒に、すぐに現地に三人で飛ぶことにした。太平の家ではリラは、リーチも一緒と聞いて、ゆるさないと大喧嘩となったが、未来がいつか仇をとってやるからと慰め、やっと出発となった。リーチは、母を想う未来の妨害にあって、ついに参加できず、結局、三人で出掛けることになった。
空港で、向こうの事務官を紹介され、その恐ろしい姿に、太平は怖気をふるうが、とにかく小型旅客機に載った。飛行機は南西に向かって飛び続ける。ニューギニアを過ぎ、東に向きをかえ、東へと飛ぶ。やがて美しいサンゴ礁が見えてくる。木座神はその無人島に降りるよう指示する。
降りると、王国の皇帝ネグロビア32世が出迎えた。ネグロジェ国は極端な財政難に陥っているので、島を買ってくれて感謝していると、王様自信が説明する。
「シマカッテクレテカンシャスルアルネ、ワガクニハザイセイキンパク、ニクカエヌ、タンパクシツ、シボウフソク、オオムカシノシュウカンニモドリニンゲンノニクヲクウヨリシカタナイ……」
一同ゾーッとする。
「トコロガニホンジンガシマカッテクレタノデタスカッタ。クンショウヲサズケル」という歓待ぶり。
木座神は得意、依然として、私はこの島を坪五円で買ったと自慢し、黒主と太平を相手に「よろしいか、ここに無性人間の国家を建設するんです、総予算五〇億円、これはテキサスの成金が出してくれました。凄いでしょう。」
とぶち上げる。
黒主は驚いて
「この島は我々のものなのか」
「さようあの王様のものでもない、日本領でもない、私どもの名義です。だからあなた方は日本国籍から抜けてもらう。」
「日本人じゃなくなるのかい」と太平が聞く.「そうです。第三の人間を増やすには、日本の法律が厄介すぎる…。まず移民でもしてもらいまして」
さすがに黒主も、うーんとうなり大きな体を震わせる。
「そしてここに政府をつくり、新国家として発足させます。ここに宮殿と官庁街を造ります」
それを聞いてさすがに、太平はおれ帰る、と言い出すが、無理やり宮殿建造式の杭を打たされ、真っ黒な肌に日本の着物を着た娘の接待まで、受けさせられる運命となる。

それから7年の歳月が過ぎた。
太平の子供二百十四人にふえた。未来以外の最初の子供が学齢期に達している。太平は彼らの様子見ながら、つぶやく。
「起床も同じ食事も同じ排泄も同じか、トイレをもっと増設しなければならねえか」
大平は彼らを眺めながら言う。
「そんなこといいたかねえけどな、彼らの成績というのが五十六人が五十六人とも、同じと来てやがる。せっかく無理をして越境入学させても、別な学校に入れてやったのによ。お前たちの学校の成績は体育四、国語四、算数四、図工三、お前たちの成績は五十六人が五十六人がとも一点もたがわず、同じ点を取ってきやがる。あそこまで調子を合わせなくとも、一人くらいつむじ曲がりがいないのかい。」
笑い出すにも、止めるのも一緒、言い合から、飯を食ってこいと言えば全部一緒に立つ。
「あいつらは一日の行動を統制されているんだ、と黒主のおっさんが言ったよ」と未来が言う。
「また黒主が言うには、深層意識によって、生まれつき同じ行動がとれるんだって。弟たちはお互いにピーンと通じて、何事も全員揃って同じことが出来るんだって、それを無意識中の強制っていうんだってさ。バレーやダンスの集団演技みたいなものだって、と黒主のおっさんが教えてくれた。」
「またもや黒主か」

 

リラを狙う殺し屋の銃弾

ある日忘れたころに木座神が現れた。
「お待たせいたしました。準備万端整いました。あの島に宮殿も町造りも済みました。国名を一応太平天国と名づけました。」
「いよいよ引越しと行くか」と大伴黒主。
「そう、天下さん御一家は、すぐ島に移住してください。手続一切私がやります。
天下さんには総統になってもらいます。大伴博士には国防相兼国務省兼科学庁長官、私は大蔵・宣伝相を務めます」

家に帰った太平は、すでに決心がついていた。
「リラ、俺と逃げよう、俺たちは島に連れていかれる。そうすれば奴らに一生くっつかねばならん。見つかったら契約書を盾に取られるから、見つからないようにどこかの山に隠れる」とようやく決心がついたことを、リラに話す太平だった。
「だけど子供たちはどうする」
「ミキだけ連れて行こう、遠足じゃあるまいし何人もゾロゾロ連れてゆかれるか。未来だけはおれたちの子供だ、いうことははっきりしている」
未来を起こし、ことの次第をのべ、三人の人間は、闇に消えた。
感の鋭い、大伴はかすかな自動車の走る音を聞いた。太平は直ちに起きあがると、太平の寝所にやってきた。そこはもぬけの殻だった。大伴は仰天、直ちに、木座神に電話した。
太平を泳がせておくと、どっかで子供を産ませてしまう、そうすると太平天国が儲けを独占できない。また自分たちの科学知識を悪用したことにどんな反動が、押し寄せるか、分ったものではない。彼が最も恐れるのは、神の所業を横取りした、罪の意識を世間にばらまかれることだ。
「なるほど、これは大変なことだ」
やっと事の重大さに目覚めた、木座神は早速暴力団の大物と連絡した。
一方、山奥の温泉地に着いた三人はそこで一泊、あとは徒歩で、山を越えし、知らぬ山里で暮らす方針であった。山中の温泉宿だが、結構設備も整っていた。
その夜、太平とリラは初めて夫婦に契りを結んだ。前から二人に同情していた、息子の未来は、喜んで二人を祝福した。
三人の逃亡を知った、黒主と木座神の二人は、驚き、あわてた。何しろ金の元になる太平に逃げられては今までの苦労は水の泡である。木座神は暴力団関係に詳しいはガタナベプロの社長に電話をかけて、苦情を訴え。殺し屋の親分黒滝組の組長を紹介してもらった。直ちに黒滝にあい、相談に乗ってもらう.黒滝は二人、その筋で知られた男に、天下太平一家を襲わせた。
太平は宿から山越えして、隣国に逃げ込む計画であった。残念なことの肝心の太平が山越えで伸びてしまい、三人でなんとか山を越えようとするとき、足が痛くて、予定どうり進まない。
そこを殺し屋に付け込まれ、一発の銃弾で、肝心のリラが拳銃を食らってしまった。動けるものは、未来一人だ。先天的な怪力を持つ未来は殺し屋をあっさり、縛り首にして、大木にぶら下げた。
後は殺し屋を頼んだ人間を探すことだ。。
二人は、元の旅館に一応帰ることにした。そこには既に、大伴黒主と木座神昭が待っていた。
途端に未来は逃げ出した。「俺は本当の敵を探すからな」と言った。「頼む」と言って太平は、再び大伴、木座神の軍門に下った。
未来がごみ運びトラックに乗り、逃げてゆくのをみてから、太平は空港に向かう高級乗用車に乗った。
これが運命の分かれ目となることも知らないで、「もうクヨクヨしたってしようがない、あなたは日本人じゃない、あなたはもう太平天国人でしょう。過去は忘れなさい」
「そんなちってもリラのことが忘れられるか、リラはに女房だ!」
「これから先は私よ」とそこに顔を出したは
「リーチ大尉!

 

 木座神の死の商人振り

何時の頃からか、そこに大平天国という独立国が出来た
この国が世界のひのき舞台にのし上がったのは、その国の輸出品だった。なにを輸出するのかって。
勿論人間であった。
バイヤーがやってくる日、まず迎えるのは売り物の軍隊が行進から、バイヤーたちに見せる。一糸乱れぬ行進である。全員鉄砲を肩に担いでいる。
先頭の指揮官が、「総統に敬礼!かしら右!」という号令がかかる。総統はしずしずと壇上に登る。そして右手をさっと揚げる。
総統はマイクに載せて声高らかに喋りだす。
戦時中のどこかの国の総統と同じ格好、その著「わが闘争」の一節を声色そっくりにがなり立てる。大平総統もかなりきつい訓練を強制されたものらしい。

「アルゲマイネ ナハト マインカンプ!」

バイヤーの群れの中では、木座神宣伝相がしきり説明する。
「あの方はこの国の総統です」
一人のバイヤーが感動の声を漏らす。
「あの演説はヒトラー総統そのままじゃないか。わしは懐かしゆうて、懐かしゆうて」
すると宣伝相は、
「さようこれはバイヤーの皆さんへのサービスです」
「それにしてもありゃ全く、ヒトラーとおんなじだね」
その中の一人は感想を漏らす。
「では次に参りましょう」という、宣伝相に案内で行った先は「ほう、こりゃローマの決闘場だ」と見学者の一人が驚愕の声を上げる。宣伝相の合図とともに、ズーンという音が響き、赤い灯火がちらちら瞬く。その瞬間二つの門から短刀を持った男がでてきて、二人は対峙する。
「決闘だ」
と一人のバイヤーが叫ぶ。二人の戦士のうち一人は倒され、とどめを刺される。
「殺人だ!」
木座神宣伝相は得意然として、ぶち上げる。
「この国では殺人は完全に合法的です。なぜなら彼らは、闘うために生まれてきたからです」
「しかしあれでも人間だ!」
「無性人間です。いや人工人間ですな。世間一般の人間とは違います」
「でも殺人には違いありますまい」
すると宣伝相はいかり気味に
「あなた方なんです。戦争に使うためにこの国へ軍隊を買いに来られたんでしょう。戦争には、人間や軍隊を必要なんです。
そういう人間や軍隊を、私どもの国では格安に、お売りするのです!」
ここを先途と、宣伝相の言葉はだんだん熱を帯びてくる。
「規律正しく忠実で、勇敢で死をも恐れない無性人間だ、買った、買った」
いまや宣伝相の言葉は町の商人と変わらない。
「黒人のためにも死ぬかね」
「当然ですとも。主人には忠実なもんです」
「よし買った、我が国は五千人」
「わしの国は一万だ」「三万は欲しい」
 完全なる売手市場と化した。
宣伝相は得意満面。
「結構ですな、それではどうぞこちらの見本市へ、Aクラス、Bクラス、特級、いろいろあります」
ついで天下太平国の壮大なる太平天国新京の大パノラマ、諸施設を遠望できる高台に案内する。都市の一番奥に天下泰平の宮殿、その周囲に諸官庁,手前が無性人間製造工場となっている。この施設が最大の施設である。
一同はそこにつれてゆかれて、卵子が孵化させる工場から少年たちが闘う姿まですべて説明しながら、歩く。母親の卵子は世界中に出張員をおいて集めるのだ、と説明する。「こうして十五歳にしてあっぱれ一人前の戦士が出来上がるのです」と宣伝相はしつこく説明する。
島の岸壁では順列正しく、粛々と兵士らが大貨物船に乗船してゆくところを、見せる。何しろ一糸乱れぬ秩序ぶりである。
中には「気に入った男がいるが、私用に使っていいか」と聞いている変態バイヤーもいる。
「貴方が買ったもんですから、ご自由に!」
(続く)

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