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書斎の漂着本  (20) 蚤野久蔵 求人広告半世紀

1991年(平成3年)にリクルートから出版された『求人広告半世紀』は400ページ、電話帳ほどの大きさで厚さは4cm近い。最近は電話帳のないお宅も多いから、と測ったら縦28cm×横21cmでちょうど新聞「四つ折り大」だった。それで「新聞広告が中心だからその大きさにしたのだ」と気がついた。1940年から1990年までの50年間、はじまりの40年は太平洋戦争の前年で、流行語は「ぜいたくは敵だ」。最後の90年は東西ドイツが統一され「NOと言える日本」と<キツイ・キタナイ・キケン>の「3K」が巷の話題になった。

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手に入れたのは思い出せないほど前だが『蚤の目大歴史366日』の世相ウオッチングには重宝した。監修は雑誌『広告批評』を主宰し、朝日新聞連載の『CM天気図』などの名コラムニストとしても活躍した天野祐吉である。

天野は、新聞広告が面白い理由を①切実である ②小さい ③答えがすぐに出る と分析する。求人側は切羽詰っているのでなんとか人に来てもらいたい。切実な思いがあるから広告は<言葉がピンと立っている>からちゃんと人の心に届く。たった3行の広告でもなかには<長編小説を感じさせてくれる>ものもある。「答えがすぐに」は<応募者〇人>というように結果がすぐ出るからキビシイ。

こういう求人広告を歴史的にズラッと並べてみたら、ちょっと面白い「人間史」というか「仕事史」、「社会史」ができるのではないか、やってみようよ、ということで企画した。が、そう自信をもって言うには、あまりに時間がなさすぎた。だいたい、こういう仕事は、5年か10年をかけて取り組むものだと思うけれど、関係者全員がなにぶんせっかちなもので、実際には半年くらいしか時間をかけていない。「1世紀」ではなく「半世紀」にしたのも、時間がなかっただけの話である。

ベルリンの壁がこわれた時点で、「近代」は完全に終わった。ぼくたちは、いま、何もないノッペラボーの空間のなかで、「さあ、これからどうする?」という時代を迎えている。こういうときに、「経済大国ニッポン」の軌跡を、こんな人間くさい資料でたどってみるのも、何かの役に立つのではないだろうか。

まずは「求人広告前史」から

探検隊員を求む。至難の旅。わずかな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。成功の暁には名誉と賞賛を得る――アーネスト・シャックルトン
(1900)私がシビレたコピーで、ロンドンの新聞に出された広告だからもちろん英文だが和訳で。

貰ひ子 よき人の〇をとしだね 凡二歳内届前、四ツ谷七軒町五番地荒川六太郎迄御来談
(1892、明治25)「をとしだね」だから育てられない事情アリ、ですか。

俳優見習募集 志望の者ハ来る三十一日限毎日正午迄に申込あれ 但し書状にての照会ハ謝絶す 日本橋区住吉町三番地 上音二郎
(1894、明治27)あの川上も新聞広告で俳優見習いを募集した。

〇モデル 体格よき婦人を求む 当方彫刻家午前在宅 本郷区駒込林町二十五 高村光太郎
(1914、大正3)「体格よき婦人」はそのまま作品に反映されています。

南米ブラジル移民募集 生活向上を計らんとするものは海外に雄飛すべし海外発展は国家の為一身一家の為である 政府の規定により一切無料で手続きをします 海外渡航相談所
(1936、昭和11)「生活向上」どころかとんでもないことに。同じ年には「満州行少年少女募集」というのもあります。

「求人広告半世紀」
1940年(昭和15)

大社交場 池袋處女林 初心の女給募集 相当の収入を保証す

1941年(昭和16)

大陸ノ花嫁並ニ開拓民大募集 東京府

1942年(昭和17)

海軍志願兵徴募 今だ!皇国の運命を決定する秋!! 海軍省

1945年(昭和20)

ルソン島=米奴撃滅の天王山 急ぐ補給=増産、飛行機と弾薬、船がいる 船員が要る 父兄と教導者は海上輸送拡充の緊迫を知れ 船舶運営会船員局

1946年(昭和21)

緊急募集 一. 大工二〇〇名 一. 焼跡整理労務者大募集 株式会社新生社

大映新スタア募集 大映東京撮影所企画部

美貌のダンサーを求む 六〇〇名 白木屋

急募ダンサー三〇〇名 明石町ダンスホール

日本人専用高級ホール ダンサー急募五〇〇名 キャバレメイフラワー
大工さん200名はわかるが、ダンサー600名、300名、500名の面接はどうやったのだろう?

1949年(昭和24)

連合軍要員緊急募集 楽ニ英語ノ話セル方(最高給優遇シマス) 神田公共職業安定所

1952年(昭和27)

警察予備隊員募集 平和と治安はわれらの手で!採用人員三万二千五百人警察予備隊本部

1955年(昭和30)

スチュアデス募集 当社は国内のみならず、ハワイ、桑港、沖縄及び香港へ就航していますが、更に将来の飛躍に備へて優秀なスチュアデスを募集します 日本航空

「前史」はともかく、最初の15年分の<選りすぐり>をかけあしで紹介しただけで紙数が尽きた。天野サンは「見落としはかなりある」と書いているが、こちらはほんのちょっと紹介しただけだから残念極まりない。

ところでこの本が発行されたのは<戦後最大級の疑獄事件>といわれた「リクルート事件」(昭和63年、1988)の2年後。巻末の『年表とデータ――人は世につれ、世は人につれ』の『年表・仕事の50年史』にはこの年の出来事として「青函トンネル開通」「瀬戸大橋開通」「天皇重体報道、列島<自粛>」と並んで「リクルート事件」が大活字で掲載されている。事件の影響で経営が大きく揺らいでいた時代、編集を急いだのもこうした社内事情が影響したのだろうか。

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