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“2月18日” 「蚤の目大歴史366日」 蚤野久蔵

*1946=昭和21年  太平洋戦争のあいだ、長く休止していたプロ野球が復活した。

東京巨人軍はこの日から四国・松山でキャンプを張った。戦地からようやく復員した者、国内徴用を終えた者、もういちど野球に自分の人生を賭けようという選手たちが参加した。ところが立川航空隊の整備教官で陸軍少尉だった川上哲治はこのとき家族を連れて郷里の熊本県人吉で農業に専念していた。球団はやいのやいのと復帰を迫ったが「家族を養うのが先」となかなか首を振らなかった。ようやく球団側の粘り強い説得に折れて戦列に復帰したのは6月だった。それでもこの年に打率3割をマークした。

食糧不足が深刻な時代だったからキャンプでの最大の課題は何よりも「食いものの確保」だった。地元、愛媛県西条市出身で主将の千葉茂は、連日、早朝から知り合いの農家などを回って頭を下げ続けた。とにかく食えるものをと米や野菜、乾燥イモなどをかき集めるのに奔走した。キャンプの思い出といえば「明けても暮れても食いもの集めが先、その合間にようやく練習できた」と述懐した。

*1564年  イタリアルネサンスの<三大巨匠>のひとり、ミケランジェロが89年の生涯を閉じた。

ダ・ヴィンチ、ラファエロとともに最盛期のルネサンスを彩った。フィレンツェ共和国=現イタリア・トスカーナ州生まれで本名はミケランジェロ・ブオナローティ。彫刻家、画家、建築家、詩人と多彩な才能を発揮した。彫刻では代表作とされる『ピエタ』や『ダヴィデ像』がある。絵画のほうはローマ教皇・ユリウス2世の命でヴァチカン宮殿のシスティーナ礼拝堂の天井に巨大フレスコ画『天地創造』、教皇・パウルス3世の依頼で祭壇背面に『最後の審判』を残した。建築ではメディチ家のラウレンツィアーナ図書館や礼拝堂などが知られる。<教皇の命で>と書いたのは彫刻家だったミケランジェロとしては初めのうち絵のほうにはあまり気が進まなかったとされるから。

文豪ゲーテも驚嘆したその絵画群は徳島県鳴門市の大塚国際美術館に原寸大の陶板複製があり国内に居ながらにして圧倒的スケールを体感できる。
「全体にわたる詳細な<設計図>はすべて彼の頭のなかにありました。高さ20メートルもの巨大足場を上下しながら制作に没頭してわずか4年で完成させたのです」と聞くとそれだけで天才ぶりに驚嘆する。

*1877=明治10年  <川蒸気>と呼ばれた「通運丸」の試験運転が午後2時から小名木川などで行われた。

運送業者の内国通運会社が注文した蒸気機関を動力にした「外輪船」で築地にあった石川島平野造船所で建造された。全長約22メートル、幅3.2メートル、34トン。薪を燃料にして20馬力、平均速力は時速約6キロと速足程度だった。東京曙新聞は「駅逓局の長官前島君(前島密)始め掛の官員ならびに通運会社の役員等数人乗り込み、府下の川筋所々を乗廻して六時に帰船したるに、一時間に十一哩(マイル=約20キロ)を走る今未曾有の早船なりとぞ。何程か運輸の便利にはなりませう」と紹介している。

八:「熊さん、こんど小名木川にでっかい水かきをつけた蒸気船が走ることになったんだってよ」
熊:「蒸気船って何だい」
八:「わかっちゃいねぇなァ、ポッポッと湯気が出るだろ。あの蒸気で走る船のことよ」
熊:「へーえ、湯気でかい。するてぇと八っあん、汽車ポッポが陸(おか)蒸気なら、そいつはさしずめ川蒸気ってとこかね」

運行開始は5月1日からで東京の深川・扇橋を午後3時に出ると小名木川、中川、新川、江戸川に出たら流山、野田、関宿で利根川筋を栗橋、古河から生井村(栃木)までを往復した。所要時間は野田まで8時間で午後11時着、生井には翌日の昼前だった。というのも水量によって遅れるのはしょっちゅうで荷物の積み下ろしにも時間がかかった。反対に流れに乗る下り船は所用時間が短かいから東京と生井間は下等で上り60銭、下り40銭と料金に差があり、上等はこの倍だった。

時代は下がるが田中正造が足尾銅山の鉱毒事件を議会に陳情するための上京には何度も通運丸を借りきって各地で演説しながら川を下った。明治天皇に直訴したのは1901=明治34年12月10日だから、それ以前の話だろうが鉱毒に苦しむ村人たちを定員いっぱいに乗せていたから「直訴船」と呼ばれ流山などでは両岸が見物人で埋まったという。

最盛期には24隻が就航し、銚子や霞ケ浦の土浦、潮来などを結んだが鉄道の開通やトラック輸送に押されて大正末期から昭和の初めにかけて姿を消した。たとえば東京―銚子間は蒸気船で18時間かかったのが明治30年6月に全線が開通した総武線ではわずか5時間だったから太刀打ちできるはずもなかった。常磐線(当時は日本鉄道)や成田線などが次々開通・延伸されて世は「鉄道時代」になっていく。川蒸気は陸蒸気=蒸気機関車のように惜しまれつつ姿を消したのではなく、まさに時代の荒波に翻弄されてあっけなく<沈んで>いったわけだ。

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