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あと読みじゃんけん(1)渡海 壮 反転

ズバリ、著者の田中森一(もりかず)は元特捜検事・弁護士、つまり「ヤメ検」である。しかもただのヤメ検ではない。『反転』(幻冬舎、2007)のサブタイトルにあるように「闇社会の守護神と呼ばれて」いた。帯にはさらに「伝説の特捜エースは、なぜ<裏>世界の弁護人に転向したのか」、「極貧とバブルを赤裸々に生きた男の自叙伝」の惹句とともに
「従来のノンフィクション観を覆す作品だ!」佐藤 優氏(起訴休職外務事務官)
「今年一番面白い本だ!」中森明夫氏(コラムニスト)
「こんな本が出版されるなんて!」橘 玲氏(作家)
「体験した者にしか書けない直球の告白本だ!」井上 薫氏(元判事)
という4人の推薦コメントが並ぶ。
会社近くの大型書店をのぞくたびに「話題本コーナー」に三列に平積みされていたこの本が次々に買われていくのを目撃した記憶がある。佐藤 優氏(作家)の肩書きが「起訴休職外務事務官」とされているのもなつかしい。当時、鈴木宗男事件に連座した背任容疑などで起訴され、最高裁に上告中だった。著者のほうも「2000年、石橋産業事件をめぐる詐欺容疑で東京地検に逮捕、起訴され、現在上告中」と紹介されているから<あくまで否認を貫き通す同志>だった。

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田中森一著『反転』(幻冬舎)

これから始める『あと読みじゃんけん』は「あと出しじゃんけん」のもじりではあるが、勝ち負けのようにあとから読んで評価を決めようというのではない。いま読み返せばこんなおもしろさもある、みたいなノリで楽しんでいただければと思う。なかには進行中の事件やトンデモ本のたぐいも登場するかもしれない。ある時期、書店の店頭をにぎわせ、なかにはコーナーまでできた本を中心に選ぶつもりである。中身を詳しく紹介するというのではなく、気分転換に役立つというかさらりと読み飛ばせるように書くつもりじゃけん、おっと出身の広島なまりが出てしまった。そういうことでよろしく!こちらは同郷の矢沢サンだ。読んでみたくなったとなれば、単行本のほうがあるかどうかは保証のかぎりではないが、図書館で借りる際や、書店への注文用にその後文庫本になったものがあれば文末にて紹介する。

田中は昭和18年(1943)6月、長崎県平戸島に8人兄弟の長男として生まれた。父親は半農半漁というには名ばかりの漁師で、漁のない日は母親と食料自給のため借りた田畑を耕した。島にようやく電気が通ったのは小学生時代で、田中家では長いコードの先につけた40ワットの裸電球1個を各部屋で使いまわした。得意の算盤を教えながら夜間高校を出ると昼間の掃除などを条件に和歌山の予備校夜間部で1浪後、岡山大学へ。在学中は苦学生でもやらないという重労働のイ草の刈り取りから衛生車助手など様々なアルバイトをこなし司法試験に一発合格、検事になった。下積み時代からさまざまな苦労を重ね大阪・東京地検特捜部で活躍、海千山千の犯罪者から「落とし屋鬼検事」として恐れられた。

弁護士に転身したのはバブル最盛期の1988年。前年末に17年間勤めた検事を退官して古巣の大阪で開業すると顧問を頼む企業などが押し寄せた。その中にはバブル紳士たちや暴力団関連のアウトローも少なくなかった。アイチ・森下安道、イトマン元常務・伊藤寿永光、仕手筋や、リゾート開発会社、地上げ屋の面々、山口組若頭・・・あの許永中らとも親しかったから「闇社会の守護神」と呼ばれていく。納税額も<業界内>では常にトップクラスで金銭感覚も狂ってしまう。その最たるものが「節税のために購入した」ヘリコプターだったろう。「なにしろ、顧問料だけで、ひと月に1千万円以上入ってくるのだから、税金を納めるのも大変なのである。ヘリは7億円で購入した。それを5年で償却すれば、年間1億円以上の経費が認められる」と書く。

「凱旋」という章にはこのヘリで大阪から故郷・平戸へ向かったことが紹介されている。

高校の40周年記念に講演を頼まれたというのが表向きの理由だったが、実家のあばら家を取り壊し、建物だけで5千万円もかけたコンクリート造りの2階建ての真っ白い家を新築したのを母親に見せてやるためだった。脳梗塞で倒れた母親は半身不随になったので大阪に引き取っていたから平戸には誰も住んでいなかった。なぜそんな大仰なことをして故郷に帰ったのか。今になってみると、顔から火が出るほど恥ずかしい。でも、あのころは有頂天になっていた。とにかく気分がよかった。母を背負い、真新しいその家を見せたとき、母は涙を流しながら喜んだ。「父ちゃんが生きとったら、どげん喜んだやろうかね。いっぺんでいいけん、見せたかったなあ」。跡継ぎ息子が勝手に家を飛び出し、肩身の狭い思いをさせた両親に対する償い。あるいは平戸という貧しい島から世に出て、これだけの贅沢ができるんだ、という見栄もあった。このときの里帰りは、のちに週刊誌などで取り上げられ、大阪と東京をヘリで行き来する「空飛ぶ弁護士」などと皮肉られたが実は自家用ヘリコプターに乗ったのは、あとにもさきにもこの一度きりである。あとは管理会社に任せてリースし、その賃貸料で管理費用を賄ってきた。もともとヘリコプターをもつ意味なんてなかったのかもしれない。

拘置所の独房でせんべい布団に身を横たえながら考え続ける毎日。大阪から平戸に里帰りしたヘリコプターの凱旋旅行、吹きさらしの郷里に新築した家。「人を騙して金儲けすりゃ、あんくらいの贅沢な生活でん、誰でんできるたい」平戸の住人が口汚く罵っている声が聞こえる。思わず、目を閉じた。

はたして、田中が何度も書くように、古巣の検察から「田中はやりすぎだ。捜査の邪魔になるなら逮捕するしかない」と思われたのか。

石橋産業事件で逮捕・起訴されたときには、元の同僚検事や弁護士がえらく心配してくれた。「お前は利用されただけなのだから、許永中と別れて公判に臨むべきだ。こっちで弁護団を組むからな」(中略)それはわかっていた。だが、私は許永中に詐欺行為はない、という立証方針で公判を闘った。その結果、懲役3年の実刑判決を受けた。それは甘んじて受け入れなければならない。なぜそうまでして彼をかばおうとしたのか。よくそう聞かれる。その理由は私にもわからない。あえて言えば、
「田中森一はあれだけ親密にしていた許永中を裏切った」
世間からそう言われるのが嫌だった。彼からもそう思われるのが我慢ならなかった。それは、私の弱さでもあり、限界なのであろう。そういう生き方を選択してしまった代償が、懲役3年の実刑である。今はそう自分を納得させている。

400字詰めで820枚にも及ぶ原稿はこれで終わる。最初から「反転」の題名や「闇社会の守護神と呼ばれて」のサブタイトルはなかっただろうが「三列に平積みされたこの本が飛ぶように売れていくのを目撃した」と書いたように実に衝撃的な本だったことは間違いない。名前を書かれた人物にしてみればそれが告発でないことはわかっていても「いつ、どんな場所で」が気になっただろうし、関心をもった読者にしても同じだったから30万部以上の大ベストセラーになった。極貧から成り上がった人生、攻める側・正義の番人から闇社会を守る側へ「反転」したのはひとり田中だけではなかったはずで、われわれが生きた時代そのものが「反転」を繰り返したのではなかったか。

その後の田中は「塀の中で悟った」という論語の勉強塾などの活動を広げたが、がんのため昨年11月、71歳で没したと聞く。この作品はノンフィクションだから「索引」はないが、登場する政治家など現在も第一線で活躍する人物も多い。言い方は悪いが「亡くなった人物、消えた会社」を差し引く<消去法>で読み返すのもおもしろいのではあるまいか。

*『反転―闇社会の守護神と呼ばれて』田中森一、幻冬舎アウトロー文庫(2008)

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