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私の手塚治虫(16) 峯島正行

生殖ロボット第1号誕生

不可能な計画

医学博士・大伴黒主が本性を現す(漫画「人間万歳」より

医学博士・大伴黒主が本性を現す(漫画「人間万歳」より

「さて、次なる部屋じゃが」と言いながら所長のクランプ博士が,黒主を連れて行った部屋は、列車のように、真ん中が通路になっていて、両側にベッドが並び、取っ手がついていてベッドを引き出せるようになっていた。その通路で白い作業服を着た女たちが立ち働いていた。

赤子の寝ているベッドを説明して、クランプ博士はいう。

「試験管を親代わりに育った満1歳までの新生児だ。どの子もその親を知らない」

「今、子を育ててどうするんだ」と黒主は質問。

「さよう、今度の戦争は、二〇年は続く。二〇年たてば、この子たちは二〇歳になる。兵隊として使える」

さすがの黒主も、

「ええ-っ」

と言ったきりだった。

「教育にも気を配っている。三歳にして教育をはじめ、一五歳にして、あっぱれ一人前の兵士になる。これがスムースにゆけば、月産二千人の軍隊が送り出せる」

その教科書に、旧日本軍の軍人勅諭も利用している。

「あなたはこの計画が非人道的だと批判するでしょうね」

黒主はせせら笑って言う。

「この計画はうまくゆきません。どんなに兵士教育をやっても、ロボットじゃないんだ。彼は人間の男なんです。年頃になれば恋もするし…」

「女は与える、人工授精の慰安婦を」

「そんなもので男が満足するというのですか。恋愛問題が、戦意を消滅させる…」

黒主はクランプ博士の実験に、否定的だった。

尾が二本ある精子

ところがそこに新たな大発見が生まれた。それによって、クランク博士の恐ろしい悪夢が可能になったのだ。そうなると黒主はだまっちゃいられない、ということになった。

男性の生殖器から出す精液の中には、無数の精子がいる。その精子の一匹が、女性の卵子を受精すると、子宮の中で人間に育ってゆく。

すべての精子はお玉じゃくしのように足が一本生えている。ところが、足が二本ある精子が、この軍用医学研究所で見つかったのだ。人間は勿論どんな動物でも、生き物の精子は足が一本である。足が二本あるというは大変な突然異変であり、世紀の大発見だ。

その精子がどんな男のものか調べてゆくと、図らずも、天下太平の精子だった。クランプ博士と大伴黒主は、興奮して話し合っていた。

「この精子が受精するとどんな子が生まれるか」

「われわれは科学者として、この発見を探求する義務がありますぞ」

と大伴黒主。

「もし太平が断ったら」

「その前に彼と話をつけるんだ。ふふふ」

彼等は密談する。このとき日本の医学研究者大伴黒主は、悪魔に魂を売り渡していたのだ。

大平の精子を独占し、新人類を作り出し、それによって大儲けをするという構想が頭に浮かんでいた。

契約書の策略

パイパニアの兵士に連れられてきた天下太平にむかって黒主は、「安心しろ、もう死刑囚扱いはおしまいだ、我々は罪を許された」という。

「じゃ、もう人体実験はおさらばだね」と太平が喜ぶと、「いや別の目的で、このまま続けてもらう」と返され、大平は激怒する。

「裏切ったな、大伴黒主は!仲間を売りやがった」

怒って逃げ出そうとするが、太平は、いかに暴れてもパイオアニアの兵士によって取り押さえられてしまう。それからクランプと黒主がいかに説得しても、太平は応じない。

クランプと黒主は、太平うまく丸め込んで契約書を取り付けようとする。

黒主は

「頼む太平君、俺と一緒にこの研究に力を貸してくれ」

と猫なで声で、一通の書類を広げる。

この研究が生むすべての権利は君のものだという契約書だ。

「一切の成果は天下太平の所有となす」と読み上げると

「俺のものね、ここにサインか」

とサインしてしまう。サインを終わって

「成果とはどんなものか」

「ここで生まれる何万人かの赤ん坊は一切君の子だ」

「そんなの厭だ」と言ってももう遅い。その他の項目に、太平は今後、いかなる場合も、性生活をしてはならない、という項目もある。

太平の精液は、すべて、契約相手のものとなる。それを実現するために、太平は常時大伴黒主の管轄下に置かれる、というような項目もあったが、太平は読んでなかった。

この契約が、太平の一生を決してしまったし、人類に不幸が襲うことになるのである。

詐術的契約を結ばされた太平は無我夢中で、その収容所から逃げ出す。追いかける兵士を死体焼却炉に隠れて、やり過ごした。鉄条網を潜り抜けると、金網で囲まれ、小屋がいくつも並んでいた。女囚の収容所だ。彼女らも排卵の時期に、卵子を抜きとられるのである。

寄ってきた女の中に若いパイオニア美人がいた。彼女はゲリラで捕まったという。爆撃で一家皆殺しになり、復讐のためにゲリラになった女であった。彼女の卵子は皆太平の精子と結ばれるのだと聞いて、太平に好意を示し、いつか二人は愛を語るようになった。

「君を見たら脱走を止めて、ときどき君に逢いたくなった」

実験場の爆発

黒主の実験装置

黒主の実験装置

その時彼女が彼のポケットに、何かを滑らせたのを気付かなかった。戻ってくると、黒主が兵士たちと彼を探していた。太平と黒主との話を聞いていた兵士が、その女はゲリラだという。

「俺は初めて女にもてた。ゲリラでも女、熱いキスの夜行軍とくら」と、

ベッドにふんぞり返った刹那、ポケットでカチカチと音がした。取り出すと、時限爆弾だ。

「早く捨てろ」の黒主の声も間に合わず、爆発した。一瞬にした研究所は灰燼に帰した。

その事故で、柱の下敷きとなり、死を前にしたクランプ博士から、契約書と天下太平の研究資料を受け取り、黒主はかろうじて逃げおうせた。

そこに焼け残ったのは、あの精虫絞り器だけだった。その焼け爛れたたタンクの口から、天下太平が顔を出した。リーチ大尉とともに、絞り機に逃げ込んでいたのだった。

黒主は太平を抱いて「ああよかった、生きててくれれば何も言うことはない」と喜ぶのだった。太平は、「あんたがそんな友達思いたあ、しらなかったよ」とオイオイ」と泣く。

しかし黒主の気持ちは違った。

「俺は最後まで君の精子をがっちり握って離したくなかったんだ」

「いやだ!」

太平は渾身の力を込めて叫ぶ。だが黒主は冷静だ。

「この契約書がある限り君は俺の所有物なんだ。君は一生かけて俺に全部の精子をくれなきゃならんのだ」

「そんな契約はしていない」

「いや、ちゃんと書いてある。よく読んでからサインするものだ」

「大伴先生、あんたとおれとは生死をともにしてきた親友じゃないか、そんな契約書破ってしまえ」

「そうはいかない。友人は友人、ビジネスはビジネスだ。俺は割り切っている」

天下を狙う大悪人、大伴黒主の本領がここに発揮されたのだ。天下を狙うために、黒主は、太平などは問題ではなく、もっとでかい目的に向かって、権謀術数を尽くすのだった。

焼け跡には、トラックが一台、焼け残っていた。それに黒主は逡巡する、太平を載せて、そこから逃げ出した。太平も実験工場の焼跡に一人残れば、ゲリラに捉えられ、殺されるに決まっている。

やっと太平が乗って走り出すと、リーチ大尉が現れ、自分も載せろと強圧的に言う。拒否して黒主は走り出す。どこまでも走って追いかけてくる。大平が、乗せてやろうといっても、黒主は応じない。

そのうちにゲリラの女隊長、リラの一味に見つかった。そして黒主の持っている重要書類を奪うべく、小銃を撃ちかけてきた。

まだ必死になって女大尉は、追ってくる。あのまま彼女を見殺しに出来ないと、車のドアを開けて、大平は飛び降りた。大平は優しい男なのだ。しかたなく黒主は車を止めた。太平は荷駄の幌の中に、瀕死の大尉を担ぎ上げた。

「人がいいにもほどがある」と、黒主は怒りながら、出発したが、道路は峨々たる山中に入ってゆく。

ゲリラは、烽火を上げた。黒主の車が山道に入ったら、道路をふさげという合図だ。黒主の行く手の岩山が、どどーっ、と崩れ落ちた。大平はスペルマを入れるゴム袋に、ガソリンを詰めて、火炎瓶を造り、迫りくる敵に投げて対抗するが、トラックの幌の中でその手榴弾が、大平の過ちで自爆したため、結局は、三人は捕えられてしまう。

彼等を捕えたのは、あの女収容所にいて、太平に色目を使い、時限爆弾を彼のポケットに入れたゲリラの女隊長リラだった。

ゲリラはトラックの中から、ついに重要書類を見つけ出す。書類には尻尾が二本ある精子をすべて、天下太平は黒主に引き渡すとあるだけだ。

意味のわからぬ女ゲリラは、「本当の重大機密があるはずだ、それを吐かすために、三人を拷問にかけろ、と命ずる。

太平は、「やい、この爆弾魔、俺は貴様に好意を抱いたばかりに、こんなことになった。貴様に恨みを受けることはしてねーのに、なぜあんなことをした」

「私の家族は何の罪もないのに皆殺しにあった。関わりの無いもの同士が闘うのが戦争というものよ」

と言いながら黒主、大尉、太平の体を砂地に寝かせ、両手、両足を開かせ、その手足の先を地に結びつけた。三人は大の字になったまま、地に縛りつけられたのだ。その上、口に上から砂を垂らした。

しかしほかに重要書類があるわけではないので、彼らのされるままであった。夜中に拷問も一休みとなった。

隠れ家で具三つの実験

[おい、もう三,四時間すると大雨が降る」と黒主が言った。

「地面の下で蛙が泣き出した。雨が降ったら手足を抜いて、逃げ出すのだ」

やがてぽつりぽつりと雨が降りだした。

「ヒー、雨だ」

と一同喜ぶが、やがて大雨になり、ついには、雷鳴が鳴りだした。すると刺激に弱くなっている太平の一物が、たち始めた。そんに立てると雷が落ちるぞ、と黒主に脅されて、ひー、ひー泣き出したが、その直後その大雨のせいか、突如周囲の岩山が崩れ、凄まじい水流がなれこんだ。

谷間は大洪水に蹂躙された。縛られた三人もゲリラも、洪水に押し流され大河となった川を、滝から落下したりしながら流されてゆく。やっと湖に入って、流れも止まった。辺りは死屍累々。ぷかぷか浮いている土座衛門の群れの中に、瀕死の女体があった。スケベ心で寄ってゆくと、それはかのゲリラ女リラだった。引き上げると、女は驚きの声を張り上げた。まことに縁は異なものである。

黒主と太平は、結局はその土地生まれのゲリラの家に居候を決め込まざるをえなかった。

事が収まると、黒主は、一人で丸太小屋を建て、ここには誰も入るなと宣言し、ひそかに、どうして隠し持っていたかわからない試験管で、太平の精子と、リラの卵子とを以って、人工授精の実験を始めた。それから幾日かたって、ゲリラ娘リラが水を運ぶふりをして、その実験室を覗いて見てしまった。彼女は、太平を攻る。

「あんたがただの日本人で、軍の機密なんかに関係のないことはわかったわ、その上あんたに助けられたから、私のうちに来てもらったのよ、まさかあんな実験をするとは!私見ちゃった。あの試験管の中にいる虫みたいなものが、胎児って言うの。あんなかわいそうなことする男に協力するの。恥知らず!出てお行き、さもないと撃ち殺す」

と、銃を向ける。「人間の子供を試験管で作るなんて、殺してやる」と銃を突きつけられても黒主は平然たるもの、「なにかと言えば人を殺す、君たちの方が悪魔じゃないのかね」

「私たちには正しい目的があるんだわ」

実験の中身

黒主は仔細には構わず、実験室に彼女と太平を呼び入れ、実験具のそばに連れてくる。試験管の中の液体の中に、虫のような小さな人間らしいものが、浮かんでいる。

「人工羊水だ。胎盤の変わりに栄養の補給コードがへその緒とつながっている。

「発育は順調だ。いま5ヶ月だ。あと5ヶ月たてば、無事空気呼吸をはじめる。見よ、この生きようとする者の偉大な力を!これでも実験をののしるか」

こんな理屈で二人は言いくるめられていく。

大平はそこで肝心の質問を発する。

「こいつの親というのは」

「もちろん天下太平、君が父親、リラ、お前が母親、腹を痛めず子供を作ったんだ」

「そんなのひどいや。浮気せず、女と接することもなく、セックスの快楽も味わえず、何にもなくして、子供ができるなんて、あんまりだ」

と言ってワーワーと泣き出す始末。

それから5ヶ月ほどたった或る夜、大平は実験室に呼ばれる。

「いよいよ生まれるのか、親の正式認知がいるんだろ」

「そんな事どうだっていいんだ。この際君にだけ話しておくことがある。」

そういわれながら、太平は大きな虫眼鏡を渡される。

「この試験管の中の赤子を見てみろ。この子はまともな子供じゃない、ということだ。

君の二本足の精子がどんな太変な子供を作ったか、よく見てみろ」

「それってどういうことだ」

と太平はぎくりとしながら、聞く。

「君の精子が突然変異をおこしているんだ。見てみろ生殖器の形が、我々と違うんだ」

太平は、眼鏡で覗き込んで、飛び上がって驚く。

「あれって男か女か、」

「どちらでもない」

「ばっきゃやろう、男でも、女でもない人間なんてあるかい」

「事実だからしょうがない,いいわば第三の性だ。だからミュータント(突然変異)なんだ。いいか、君の精を使って子どもを作ると、みんなああなるんだ」

大平は外に駆け出す。俺の子供が、男でもない、女でもない、ふざけやがって、と地団太を踏む。

平和は来たが…

そこに新たに興味ある人物が登場する。彼は「大同小異通信」の記者と称し、戦場に、ネタを探しに来たという。四角い頭に、色眼鏡をかけたキザな男で、カメラを大事そうに抱えている。名前を木座神明といい、この男が、後に、大伴黒主と組んで、世界を覆す極悪事件を起こすことは、誰にもこの段階では想像もできなかった。彼はその辺をうろつきまわって、ついに秘密の実験室を発見し、何が行われているか突き止めようとする。掴まえて追い出そうとすると、するりするりと逃げて、ついに実験室を覗く。彼はこの大実験が重大なものであることをかぎ取ったらしい。彼も優秀な記者だったのだ。

その時、駆け込んだ来た、ゲリラ娘、リラが、「戦争が終わった、平和が来た」と叫びながら、飛び上がって大騒ぎをする。その女がゲリラの娘と知って木座神は、終戦が本当なら大変だと街の方に駆け出してゆく。それはしつこく秘密に迫る、木座神を追い払うためのリラの気転だった。

ここでこの物語の主役がそろったわけである。悪魔の企画の立案者、その企画の宣伝役、企画をもとになる材料の提供者、天下太平、その女房役となるリラ。それをけん制し、悪の方策推進の幇助者となる元パイパニア将校リーチである。

やがて黒主は、「今の騒ぎで、試験管の子供が産気づいたようだ」といって、大平に湯を沸かすように命じ、リラに産着の用意などをめじる。命じられた太平は、

「こんなバカげたことにゃ、おりゃ関係ねーこった、手を貸す必要がない」という。

いよいよ分娩(?)という時に実験設備の倒壊など、いろいろ障害が起こるが、ついに分娩に成功した。

手塚の漫画の上の話とはいえ、ここに先の頁で田才益夫が、その出現の憂慮していた、

生殖によるクローン人間的なロボット第一号が誕生したのだ。手塚がこの漫画を発表したころはまだ、クローン羊やクローン牛、ましてやクローン人間的な情報は持っていなかったと思われる。しかし彼の想像力は、クローン人間のロボットをついに生み出したのである。

ホモ・パイパニアと命名

「お互いの子供よね」と太平と、リラが、今となっては仲良く、子供を抱くのであった。が、子供を裸にしてみたとき、またも太平の感情はゆすられる。

「ぎょっ」

その下半身には男のものも女のものもついてない。

「この子の下半分はおれの子じゃねーよ」と黒主に食ってかかる。

「まだそんなことを言う。間違いなく下半身も君の子だ」

「だって親の俺に似てもうつかないものがついている」

「だからミュータントだといっただろう。その子は新しい人間、新人種の第一号なんだ。並みの人間の事は、学名でホモ・サピエンスというだろう。学者として私はその子に、 ホモ・パイパニアと名づける」と、黒主は嘯くばかりだ。そこにまた、鼻のきく記者の木座が戻ってくるが、ちょうどその時、終戦のニュースが入る。リラはゲリラたちと大喜びして踊り狂う。木座神は誰にも相手にされず、何処かへ立ち去る

「戦争が終わった、これでおおおっぴらに結婚でもなんでもできる」と、リラは大平をひっぱりまわして、歓喜の踊りに夢中だ。

戦争は一方が勝てば一歩が敗ける。敗けた側の医学将校、リーチ大尉は尾羽打ち枯らした姿で、軍用医学研究所に戻ってくる。然したちまちパイパ二アの民衆に取り囲まれる。戦犯としてリンチにあい、体中目茶目茶にされる。戦犯として牢獄ぶち込まれる。

一方大友黒主は、暢気に戦勝に沸くパイパニアの街を歩いて行く。

「平和か、何が万歳だ、平和が一〇年もったためしはないのに。なぜ人間は平和と戦争を繰りかえすのか」そんな独り言を呟きながら戦勝に沸く街を歩いて行く。「おーい、B級戦犯の公開処刑が始まるぞ」という民衆の叫び声が上がる。

黒主はそこに向かって急ぐ。戦犯の女たちが、広場に並べられ、軍隊による銃殺を待っている。

将校の声がかかる。

「よーい」

その瞬間であった。

「待て」

との声がかかった。

「右から三番目の女、あれは無罪だ、私は大伴博士だ。あの女を私に引き渡してほしい」

「博士が保証されるなら」と女戦犯は、黒主にひき渡された。

女は医学研究所の軍医リーチ大尉だった。彼女を助けた黒主の心には、彼女を使った

腹黒い計画が浮かんでいた。

(続く)

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