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池内 紀の旅みやげ (35) アメ玉再会──新潟県糸魚川市

アメであるが、そこに「玉」をつけてアメ玉といった。玉の形をしていたからで、ピンポン玉ほどもあった。子供の口には大きすぎて、頬ばると口が風船のようにふくらんだ。そのままアグアグしていると、甘い唾液がたまってくる。それを呑みこむときのよろこびときたら!

昭和二十年代に少年時代を過ごした世代は、とりわけ印象深くアメ玉を覚えているのではなかろうか。戦争が終ったあとの窮乏のさなかに、最初の食べ盛りとぶつかった。水を飲み、ズボンのベルトをしめつけてひもじさを我慢した。砂糖の代わりに人工甘味料のサッカリンが使われていたころで、甘いものがない。だからこそのアメ玉なのだ。大きな甘い玉は夢の食品であって、風船のようにふくらんだ口は幸せのしるしだった。

駄菓子屋のガラス瓶、あるいはガラス蓋つきの箱に入っていた。青、赤、黒、黄などの色がついていて、「赤一つ」というと、店の人がつまみ出した。ザラメがまぶしてあるのは高級品で、別の容器に入っていた。いったい、何でつくっていたのだろう? 砂糖が贈答品になった時代だから、駄菓子に用いたりしなかったにちがいない。砂糖キビとよばれたキビ類や黒糖があてられたような気がする。色づけの染料が口びるや舌についてなかなかとれない。だから往来を青い唇や赤い唇の子供がとびまわっていた。

糸魚川は新潟県と富山県が境を接するところの海辺の町である。姫川の河口にあって、ここを起点に松本と結ぶ千国街道(ちくにかいどう)がのびていた。別名「塩の道」ともいって海のない信州へ塩を運ぶ路だった。塩問屋や、ボッカとよばれた運送業者のたまり場のボッカ茶屋の跡に道路元標がのこされている。

その近辺の電柱に「マキノのアメ」の看板が見え、矢印がついていた。矢印をたどっていくと、表通りから一つ裏手に入った。新しいビルの一階のオシャレな店がまえで、かつての駄菓子屋とは大ちがいだ。ノレンのアメは漢字で「糸魚川名物」と添えてある。何やら由緒のある飴と思ってのぞきこむと、われらのアメ玉が並んでいた。色ぐあいも昔と同じ。ガラス蓋に持ち手がついているのも同じ。念のために説明しておくと、つまんで蓋を上げ下げするための持ち手であって、全開するのではなく、片手で蓋を持ち上げ、必要分をしゃくい取ってパタリと下ろす。アメはくっつきやすいので長細い容器に薄く並べる。駄菓子屋では表面がネバつくのを防ぐため、はったい粉などが振ってあったが、現在はそんな必要がないのだろう。オブラートに包んであるものもある。こころなしか以前より小つぶで、個数ではなくグラムいくらの計量によるらしい。

なかなか由緒正しい?アメ玉屋さん、いい雰囲気ですねぇ。

なかなか由緒正しい?アメ玉屋さん、いい雰囲気ですねぇ。

奥が作業場で、午後の休憩時間なのかひとけがない。壁ぎわに材料を入れたブリキ缶が並んでいる。アメ玉にはブリキがよく似合う。「三ツ矢サイダー」の段ボールが椅子にのせてあって、アメ玉、ブリキ、サイダーとくると、時計の針が昭和二十年代でとまったぐあいだ。それにしては店が明るく、きれいで、何やら夢を見ているぐあいである。ショーウインドウに、たしかに記憶にあるが近年は見かけないものが置いてある。よく見ると押しボタンのたくさんついているレジスターとコンピュータが現われる前の計算機で、いま見ると幼稚だが、当時は画期的な商業メディアだった。糸魚川商店街が「懐かしの道具」展を開催中で、それぞれの店が使用していたもの、あるいは売れ残って倉庫に眠っていた商品を陳列したわけだ。文房具店は謄写版や計算尺、金物屋はネズミ取り器やモグラ退治器を並べていた。飴のマキノさんは最新の計算機を必要とするほどはやっていたのだろうか。

買おうか、やめにするか思案した。久しぶりに舐めてみたい気もするが、もとよりアメ玉にとびつく齢ではなく、すでに長らく飽食の世に生きて、すべてが甘味主体となり、塩まで甘い時代なのだ。やはりアメ玉は視覚で味わうだけにして店を離れた。

ガラスの瓶とは違うけど、ずらりと並んだ色とりどりのアメ玉は見事に子供のころの夢の世界だね。

ガラスの瓶とは違うけど、ずらりと並んだ色とりどりのアメ玉は見事に子供のころの夢の世界だね。

ひとつ、いまもってわからないことがある。アメ玉を頬ばり天にものぼるここちでいたところ、遊び仲間にドンと背中を叩かれ、口からアメ玉がとび出した。そんなとき、土まみれになったのを恨めしげにつまみあげ、つづいて誰もがこう言った。

「コラ、弁償せい、弁償せい」

アメ代を返せという意味だが、どうしてハナ垂らしが「弁償」などという難しい言葉を使ったのだろう?

【今回のアクセス‥JR糸魚川線駅より徒歩十分ばかり。電柱の看板に気をつけるか、人にたずねると行きつける

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