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“4月8日” 「蚤の目大歴史366日」 蚤野久蔵

*1923=大正12年  日本ではじめて「ロボツト」という活字が新聞に登場した。

「ロボツト」はチェコの作家カレル・チャペック(1890-1938)が作った<新造語>で、もとはそれを製造する会社の名前を指すチェコ語=ロッサムス・ユニバーサル・ロボッツの略。<労働者製造会社>の意味だから作る<製品>の呼び名ではなかった。

ニューヨークでその<製品たちが出演者>として登場する演劇『R・U・R』を観た作家・鈴木善太郎は斬新さに衝撃を受けた。ところが新聞に紹介する段になってハタと困った。いったいどう書けばいいのか。<人造人間>でも分かってもらえないだろうし、そもそも人間じゃない。悩んだ末に会社名をそのまま使って<ロボツト>とした。鈴木は作家だけでなく翻訳や劇作も手がける当時最先端の文化人だったが、新しいものを紹介する難しさは今も昔も変わらない。
鈴木にならって以下<ロボツト>にしておく。

チャペックが考えた劇中の<ロボツト>なるものはどんなものだったのか。
・ロボツトには機械的に完全ですばらしい理性と知性を備えているが<魂>は持たない。
・ロボツトには20年もつ繊細なのと、すぐに消耗する荒削りなのと2種類ある。
・ロボツトは<死ぬ>のではなく<消耗>するだけである。
・ロボツトは見た目には人間と変わらずうぶ毛まである。
・ロボツト自身が「私はロボツトです」と言わない限り人間は見誤る。
・ロボツトには<愛の気持ち>はなく死を恐れない。
・ロボツトは売買される。
いくつかは当たっているかな。もう少し紹介してみよう。
・ロボツトはできたばかりのときは「学校」で学ぶ。
・ロボツトは記憶力がいいからもし20冊の百科事典を学ばせると初めから順に繰り返す。
・ロボツトは何にも関心はなく、笑うこともなく意思、情熱、反抗、歴史認識はない。
・ロボツトの製造能力は1日1万5千体、不良品は粉砕機にかけられる。
・ロボツトは喜びを感じない。賃金を払っても何に使うかがわからない。
・ロボツトは味覚がないから何を食べさせても同じ。
・ロボツトはいつ仕事をやめるかがわからないから正午に工場の警笛・サイレンが鳴る。

チャペックはロボツトをなぜ作るかを「仕事をさせるため」と書いている。「人間は不完全なうえコストが高い<機械>だからいずれ最終的には除去されなければならない」とも。そこから彼のロボツト観というよりも人間観や文明観、世界観が見えてくるような気がしないでもない。

*1457=長禄元年  太田道灌が旧江戸城の前身、武蔵江戸城を築城した。

道灌は室町幕府の武蔵守護代、扇谷上杉家の重臣で「江戸城を築城した」ことで広く知られる。現在は全域が皇居になっているが元の城と位置はほとんど変わっていないとされる。築城名人と言われ「道灌がかり」と呼ばれる独特の築城術を編み出した。家康の旧江戸城築城時に大半が破壊されたのが残念だが近世の城郭を先取りした掛け値なしの名城で城内には道灌の居館で京都・金閣寺を模した「静勝軒(せいしょうけん)」があった。

それを自慢する道灌の歌がある。
    我が庵は松原つづき海近く富士の高嶺を軒端にぞ見る

当時の江戸城はこの歌からもうかがえるように海岸線が今よりずっと内陸に迫っていて松原の先にはすぐに海が広がっていた。ということは道灌の銅像が立つ東京国際フォーラムも、丸の内一帯のビル群も、JR東京駅もみんな海の底だったわけです。

*1569=永禄12年  イエズス会の宣教師ルイス・フロイスが織田信長に謁見した。

キリスト教徒らはそれまで堺に追放されていたが「魔法である」と反対する公家らの反対を抑えて<新しいもの好き>の信長が再入洛を許した。フロイス38歳、信長36歳。このとき京都での布教を全面的に許可し、諸役免除や自由滞在、彼らに対する不法行為の禁止まで盛り込まれた「朱印状」が与えられた。同行した黒人の皮膚の色に興味を持った信長が「生まれたときからそうなのか」とたずねる一幕があったことが伝わる。

「南蛮屏風」に描かれたフロイスらイエズス会とドミニコ会の宣教師の法衣は黒、フランシスコ会は茶、アウグスチヌス会は灰色で、京都に建てられた彼らの拠点・南蛮寺は活況を呈した。

*1941=昭和16年  食肉営業取締規則改正で警視庁管内では犬肉やオットセイ肉の販売も解禁に。

食肉資源の減少による措置だったそうで他には海馬も。セイウチ、トド、アシカのこと。

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