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新・気まぐれ読書日記  (8)  石山文也 粋人粋筆探訪

久しぶりの紹介本は<ヒネクレ戯文体>を自称する随筆家・坂崎重盛の『粋人粋筆探訪』(芸術新聞社)を選んだ。同じ出版社から2年前に出された『名著再会「絵のある」岩波文庫への招待』が的外れ覚悟で分類すると<硬派>なら、こちらは<軟派>のほう。話題になった『「秘めごと」礼賛』(文春新書、2006)の延長線にある一冊といえる。
坂崎重盛『粋人粋筆探訪』(芸術新聞社)

坂崎重盛『粋人粋筆探訪』(芸術新聞社)

「この人たちを忘れては、あまりにもったいない!」と帯にある。長く続いた戦時中の軍国的抑圧をはね返すように人々が、社会が、本来の人間性や人間賛歌を取り戻そうとうごめき出した時代に生き生きと活躍した面々である。もちろん玉石混淆ではあったが、<石>はやがて淘汰されていく。敗戦直後のラジオ全盛からテレビの創生期にかけて、いかにも遊び心に満ちた、人生そのものを楽しんでいるような何人ものオトナが輩出されていった。彼らは「文化人タレント」と呼ばれ、性的なことからの解放、エスプリ、ユーモア、反体制・・・とさまざまなジャンルで戦後の混乱期を席巻していく。
まずは戦後最高の名座談会といわれる『文藝春秋』(1949=昭和24年6月号)の「天皇陛下大いに笑う」に登場する徳川夢声、サトウ・ハチロー、辰野隆(ゆたか)の3人から。無声映画の弁士からスタートした漫談家の徳川夢声と詩人のサトウ・ハチローはよくご存知だろうが、辰野は夢声らとの『随筆寄席』の常連で『凡愚問答』など多くの名エッセイもある。本職のフランス文学にとどまらず博覧強記で、江戸っ子的ダジャレからフランス小咄のうまさまで定評があったから「巴里と江戸気風のハイブリッド・辰野隆という懐深い文人」と一項を割いている。父は東京駅や日本橋、日本銀行などの設計で知られる近代建築史上のドン・辰野金吾博士である。
同じ仏文系では『おたのしみ艸紙』の矢野目源一と『風流粋故伝』や自伝的随筆集『女木川界隈』の田辺貞之助の両巨頭を紹介。『ふらんす手帖』や『ふらんす小咄大全』でフランス仕込みのエスプリとユーモアで人気があった河盛好蔵とは中央線文化人を集めた「カルヴァドスの会」の音頭をとった石黒敬七を「河盛好蔵とクロスした一代の遊戯人・石黒ダンナ」として取り上げている。柔道家にして<がらくた>コレクター、戦後はNHK「とんち教室」で人気タレントになった。黒メガネがトレードマークと書けば「ああ、あの」と思い出す方も多いだろう。
実家が銀座「天金」の名物教授・池田弥三郎や漫画家では杉浦幸雄、清水崑、横山隆一、画家・東郷青児、岩田専太郎とあげるときりがないからこのくらいにしておく。雑本コレクターの著者が高校時代から「地を這う蟻」のようにせっせと古本屋通いをして部屋に運び込んだおびただしい本たちの奏でる「人間賛歌の花園めぐり」に引き込もうという企画だから下手するとこちらもその<迷宮>で迷いかねないから。
紹介された2百数十冊のなかにはわが書斎にも同じものが何冊かある。懐かしくなって思わず取りに行ったのが尾崎士郎の『ホーデン侍従』(暁書房、1949=昭和24年)。父の本棚にあった一冊で、早熟な小学生の私がこっそり開いてみたものの書き出しの
ペニス笠持ち
ホーデンつれて
入るぞヴァギナの
ふるさとへ
からしてさっぱり<意味不明>だった思い出がある。
あらためて手に取るとこの年の年末12月30日発行の初版で定価180円也。挿画は清水崑で「崑」の署名もある。作品の第一稿は同年3月の『小説新潮』に紹介すると予想外の大反響となり、ただちに単行本になったという。
この歳にならなくてもその意味はとっくにわかったが、冒頭の即興詩にその場に居合わせた<豪直、いやしくもせざる人柄>の北原白秋が「おのずからにして湧くがごとき感興を禁じ得ざりしもののごとく、たちどころに筆をとって次韻を付した」のが
来たかヴァギナの
このふるさとへ
ペニス笠とれ
夜は長い
であったという。雅味あふれる文人同士の艶笑滑稽のやりとりがおもしろい。
尾崎士郎『ホーデン侍従』(暁書房、1949=昭和24年)

尾崎士郎『ホーデン侍従』(暁書房、1949=昭和24年)

カット写真は外函裏の「ペニス大公」のほうを紹介するのはさすがに遠慮しておくけれど父から引き継いだ本はそのまま広島の実家に置いてきたはずなのに、と思って裏表紙をめくると古書店のシールが。なーんだ、どこかの均一棚で著者と同じように手に入れたのを忘れていただけだった。
ではまた

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