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“10月7日” 「蚤の目大歴史366日」 蚤野久蔵

*1975=昭和50年  1隻の<漂流ボート>がサイパンを出港した。

「ヘノカッパⅡ世号」という。乗っていたのは映画監督で自称・漂流実験家、当時44歳の斎藤実だった。正午の出発予定は台風の襲来で風速18メートルもの北東風が吹き荒れていたため風が弱るのを待つうち午後3時半に延びたがどうしてもこの日に出港しなければいけない理由があった。

ちょうど10年前のこの日、同じマリワナ諸島北部にあるアグリガン島近海で静岡の遠洋マグロ船7隻が台風の直撃を受けて遭難、209人の命が奪われた。「マリアナ海難」と呼ぶ。ドキュメント映画を中心に漁船遭難の悲惨さを取材していた斎藤は遭難・漂流しながらも奇跡的に助かったケース、短時間に亡くなったケースに生還への境目があると気付き漂流実験を思いつく。解明できれば多くの命が救えるはずという思いもあった。

第1回目は1966=昭和41年7月、沖縄諸島の鳥島から漁船の救命ボートに7人が乗り組み黒潮にのって鹿児島を目ざした。うち斎藤を含む3人が海水・真水を飲み、4人は真水だけで体調がどうなるかを検証する計画で海水を少しでも飲むことができれば蓄えの真水が節約できる計算だった。しかし、台風に巻き込まれてSOSを発信する羽目になり4日目にようやく海上保安庁に救助されて事なきを得た。

2回目は5カ月後の同年12月に静岡県伊豆下田の須崎湾に浮かべた救命ボートで人体実験。3回目は1972=昭和47年7月に沖縄・那覇港沖から帆走用に改造した救命ボート「ヘノカッパⅠ世号」に6人が乗り組み伴走船をつけて行った。飲用実験は体調不良者が出て3日目にドクターストップがかかったがこのときの実験で「海水1+真水2」の混合なら人体には無害で、少ない真水を節約できるという結果が得られた。へこたれない斎藤の第4回目の漂流実験が3年後の「ヘノカッパⅡ世号」だった。友人たちとの手づくりで全長4メートル、幅1.8メートル、鉄骨の骨組みにベニヤ板を貼り、発泡スチロールを内側に入れた。救命ボート用の天幕とマスト、セール、舵などを取り付け最低限の食料や飲料水、食料用に魚釣りの道具、ラジオ、SOSブイなどを積んだが無線機はあえて積まなかった。

漂流実験は1カ月半後までは一応順調だった。もったいぶらないで続けると11月22日朝、台風20号に巻き込まれて転覆してしまう。沖ノ鳥島の西の海上で激しい波にもみくちゃにされながらも船底にしがみついてまったく飲まず食わずのまま耐えること3日目、たまたま通りかかった和歌山県那智勝浦漁港所属の遠洋マグロ船「第五亀甲丸」に救助された。漁を終えて母港に帰る途中で19トンの小型漁船だったから運よく発見につながった。

なぜこの話を知っているのかというと行きつけだった京都・山科の居酒屋で斎藤の親友で同じく漂流実験家の金子健太郎と一緒になったから。金子はヨット「マーメイド号」の堀江謙一が太平洋横断に出発する3カ月前の1961=昭和36年2月にドラム缶いかだによる太平洋横断を企て九十九里浜を出て3日目に巡視船に捕まった。密出国の罪で留置場に入れられたが、もし横断に成功していれば堀江以上だったのにと残念がられた。以来、漂流実験家。斎藤の3回目の実験に参加していた。その時に聞いたのは斎藤が次の=第5回漂流実験を計画しているという話だった。病気治療中だが完治したらこんどはハワイからアメリカを目ざすらしいと。あきれるよりもどこまで<自力生存・ヘノカッパ人生>なんだろうと感服したものだ。

1999=平成11年没、新聞に訃報を見つけた。職業は記録映画監督に加えて冒険家とあった。

*1849年  作家エドガー・アラン・ポーが4日間の昏睡のあと、謎の死を遂げた。

10月に再婚を控えており自身の選集の出版準備も兼ねてニューヨークに戻る途中だった。前月27日にリッチモンドを出発し丸二日の船旅でボルティモア着、なぜか数日滞在した。ちょうどメリーランド州議会選挙のまっただ中で3日が投票日だった。夕方、ライアン区の酒場で泥酔状態のところを旧知の文学者に見つけられ、ワシントン大学病院に運ばれたがはっきりと意識が戻ることはなく、7日早朝に息を引き取った。発見された時には他人の上着を着ており時たま「レイノルズ」という名前をつぶやいたとされる。新聞各紙は当時の<通例>で脳溢血や脳炎と報じたが<外聞の悪い死にかた>だったからだ。

『モルグ街の殺人』は初の推理小説と言われるし『黄金虫』は暗号小説の草分けだ。『アッシャー家の崩壊』『モルグ街の殺人』『黒猫』『黄金虫』・・・漁師の兄弟の悲劇『大うずまき』は繰り返し読んだファンとしてポーの死因の謎にもう少し迫ろう。

有力な説は当時よくあった「身代わり投票」に誘われたのでは、というもの。選挙立候補者の運動員が旅行者などに酒をおごって買収、投票させる、これを何度か繰り返すうちに泥酔したというものだ。他にも急性アルコール中毒、心臓病、狂犬病など。とはいっても死亡証明書や診断書は残っていない。

ポーが酒を飲んでいる姿が最後に目撃された酒場(=泥酔での発見場所)はボルティモアに現存しており雨降りの静かな夜に「エドガー」という幽霊が酒場の部屋に出没するとか。ならばこの幽霊が<死の謎>を語るかも。いやこれ以上はくわばらくわばら。

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