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池内 紀の旅みやげ(28)値切り方─新潟県塩沢町

越後の魚沼地方では「雪季市(せっきいち)」という。雪の多いところなので雪中に催されるが春の祭礼であって、長い冬の終わりを意味している。昔はあちこちで開かれたが、現在は塩沢の一宮神社のものが、ほとんど唯一だそうだ。

三月のその日を毎年のようにこころ待ちにしていたのに、なぜか用事とかさなって見送りにしてきた。やっと念願かなった今年二〇一三年、お昼前に市の立つ一宮神社にやってきた。道路わきに盛り上げた雪が三メートルちかい壁になっている。東京ではすっかり春の陽気なのに、越後では有名な川端康成の小説のいうとおり、トンネルを抜けると「雪国」だった。いかにも一面の雪景色だが、空気はほのあたたかく、雪そのものもゆるんだ感じで、水路を音をたてて水が走っている。

参道の両側に藁細工、竹細工、木工品、金物、カマやクワなどの農具、包丁などの店ができている。店といっても雪の上にぢかに品物を並べたのもあれば、即席の台をかまえたのもある。以前は駅までの道路全部が市になったというが、今は伝統的な雪季市にあたるのは、正面参道とその入口付近だけで、ほかは催しごとにおなじみの焼き鳥、風船、植木などの露店ばかり。

「一宮神社御祭禮 氏子一同」

大きなノボリが勇壮だ。極彩色の提灯が白い雪との対比で、なおのことはなやかである。拝殿の格子天井の一つ一つが絵になっていていかなる絵師の手になるのか、絵柄、色合いとも、なかなか見ごたえがある。縁起物や歴史のエピソードをあらわしているようだが、真上なので首を九十度折らなくてはならず、それに参拝人がぶつかってきて、じっくりながめるわけにいかない。

新潟県の塩沢町にある一宮神社の拝殿の天井絵。誰が描いたものか見事な絵柄です。

新潟県の塩沢町にある一宮神社の拝殿の天井絵。誰が描いたものか見事な絵柄です。

市の並びにもどってきて気がついたが、商う品物はあっても値札がない。もとよりバーコードがついているわけはない。客はまず竹籠なら竹籠、包丁なら包丁を手にとって、ひとしきり検分し、やおら値段を聞く。それから改めて手の品を吟味する。大きさ、重さ、持ちぐあい、手にしたときの感じ、値段とつり合うかどうか。本来はそれから値切りにかかった。二度、三度やりとりなり掛け引きがあって、双方が納得すれば売買が成立。そんなふうに聞いてきたが、値切るのが売買の習わしから姿を消して久しいのだ。若い人は値切りそのものをほとんど知らない。わずかに体験して知っている人も、やりとりの呼吸を忘れてしまった。だから品物をとり換えて、順に値を聞くだけで値切るまでに至らない。

もともとは農家の副業だった。長い冬に囲炉裏端で藁仕事をしたり、土間で竹を編んだ。手づくりの日常品を持ち寄り、物々交換したのがはじまりだったのではなかろうか。それが買い手売り手に分かれる露店市になった。売り手は作り手でもあって、材料は山などから切り出して揃え、水につけたり、たたいたり、家中で用意した.工場生産とちがって、材料費、労賃その他、いたって曖昧である。単純に原価計算して利益上のせというふうにはいかない。

それに商売は本来、客との対応のなかで値段がきまるものなのだ。長年のおなじみさん、身内や縁者、日ごろお世話になっている人、あるいは買い物上手……売り手は即座にそのあたりを勘案する。一日の時間によっても値が上下するもので、幸先がいい幕開けの客は、ドンと値引きしたり、モノ知らずと見ると利益に色をつける。売れ残るよりも売りつくすほうがいいので、一日の終わりは一挙に半値に落としたりもするだろう。市には経済の原初的形態が残っていた。

世才を全身に詰め込んだようなオバさんが、藁のむしろを持ち上げて製法を訊いている。魚沼弁で、よくわからないが、縁側の敷物にしたいらしい。織り方、藁の締めぐあい、光沢、手ざわり。売り手はタドンのように色の黒い人で、家代々のやり方で編んでいる。説明の途中に、やおらオバさんが値段をたずねた。意表をつかれたように売り手が値を言うと、オバさんは黙ってうなずいている。

「意表をつかれた」と思ったのは、こちらの思いすごしで、そのあたりも勘定に入れていたのかもしれない。むしろを受け取ると、タドンは放るように元のところにもどした。敷き物になりそうなのは、それ一点きりで、あとは藁袋か小さな細工物である。タドンおやじはつまらなさそうにソッポを向いている。

一宮神社の雪季市で「さるぼぼ」を売っていた。昔のお守りみたいなものかしら?

一宮神社の雪季市で「さるぼぼ」を売っていた。昔のお守りみたいなものかしら?

雪の上にザルばかり並べた人。「ぬか釜」といって、ストーブの胴だけのような金物にお釜がのっている。たきだしの道具だろう。「さるぼぼ」とは何だろう? 包丁を並べた人によると、作っていた人が亡くなって、売りつくすとおしまいだそうだ。非売品というのもまじっている。これ一つなので売るわけにいかない。売れないものをわざわざ並べているのも、商売のコツかもしれない。先ほどのオバさんが横手で包丁を目の上にかざしている。

しばらくまわりをひやかしてから藁細工にもどってくると、例のオバさんがいた。売買が成立したようで、万札を出し、釣を受け取っている。それによると先刻より二割方、値切ったようだ。買わないそぶりで、いちど離れるのも掛け引きだったのだろう。タドンのオジさんはむしろをきちんと巻いて、飾り紐でゆわえている。ボヤき口調だが、本心かどうかはわからない。大きな一点モノがさばけて、内心はしめしめだったのかもしれない。

【今回のアクセス:JR上越線塩沢駅より徒歩十五分。毎年、三月十二日と日が決まっている。】

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