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“9月19日” 「蚤の目大歴史366日」 蚤野久蔵

*1991=平成3年  チロルアルプスの氷河で一体の奇妙な<ミイラ>が発見された。

現場はオーストリアとイタリア国境稜線のシミラウン峰(3,607m)から400m下の氷河上で通常ルートを外れて下山中のドイツ人夫婦見つけた。体のほとんどは氷に埋まっていたがうつぶせで手には見たこともない形の斧を持っていた。やがてこれが「石器時代人」の凍結ミイラと確認されたことで世界中の注目を集めることになる。

山岳救助用ヘリで収容されたミイラはオーストリア・インスブルック大学付属病院に運ばれた。外見所見で虫歯は1本もなく腰や両足に小さな記号状の刺青があった。レントゲン撮影やCTスキャンで身長は160cm±1.2cm、年齢25歳~40歳の男性で推定体重は約50キロで法医学教室に運ばれて学術解剖されたが特段の病変は見当たらなかった。翌年の雪解けを待って考古学者や植物学、地質学、人類学などの特別チームによる広範囲な発掘調査が行われ遭難当時身につけていた服装や持ち物まで細かく解明された。炭素年代法などが示したのは石器時代に当たる約5,500年前というとんでもない古さでDNAだけでなく当時の人間の<ナマの>サンプルという意味でも貴重な宝物となった。

服装から紹介すると毛皮を縫い合わせ革製のあご紐2本が付いた帽子、上着も同じく毛皮製でいまの毛皮コートのように何枚もつなぎ合わせ樹皮などの植物成分でごわごわせず長持ちするようになめしてあった。同じようにズボンと腰巻と長靴も革製で靴のなかには防寒用の干草が詰めてあった。さらに服の上からは雨除けや防寒になる植物の縄で編んだマントを着込んでいた。所持品は銅の成分の金属刃の付いた斧、製作途中と思われる弓と矢筒入りの矢、石刃のナイフ、腰のポシェットには発火道具と火種の「おき入れ」、果肉はなかったが西洋スモモの種もあった。

この男はいったい何者なのか。猟師、シャーマン、山師(鉱山師)。旅行者など諸説を抜いて有力なのは羊飼いである。家畜とともに山に入り放牧していた時に敵に襲われた。逃げようと登った高地で悪天候に遭い遭難したのではないか。考古学者たちが<推定>した死に至る状況だがもちろんこれにとどまらなかった。

発掘されたミイラは「エッツィ」と名付けられマスコミの話題をさらった。50以上の漫画に登場し、絵葉書やワイン、靴などのブランドになり、ちょっと気持ち悪いが本物そっくりのフィギュアまでつくられた。日本の某自動車メーカーはヨーロッパ仕様の車にその名を冠した。「エッツィは自主性を大事にする人向けのクルマ。どんな天気でもヘッチャラ。日光も雨も、雪も氷も何のその。両サイドとボンネットには特別な装飾。価格は2万8千9百スイスフラン」当時のレートで日本円にして220万円ほどだった。

*1930=昭和5年  俳人・種田山頭火は生涯約1,300通もの書簡を残した。

そのほとんどがはがきだった。封書は便せんと封筒に切手も要り当時3銭、それに比べはがきは持ち運びに便利で1銭5厘と安かったから。何を書いたか。近況報告に次いで多いのは句作の添削依頼にかこつけての借金の申し込みだった。近況を細かく知らせたのは孤独をまぎらわせるためで食べ物がなく食事ができなくてもはがきを書かない日はなかった。

9月19日消印のはがき。
霧島がまともにそびえてゐます。行乞は時々つらいと思いますけれど、死んでしまいひたいやうな気分になることもありますけれど、山はゆったりしてゐるので、人間もまたのんびりとしてきます。

  焼き捨てて日記の灰のこれだけか

九州・小林(宮崎県)から、木村緑平あて。それ以上にやはり寂しかったのだろう。

*1902=明治35年  俳人・正岡子規が深夜1時すぎに東京・根岸の子規庵で死去した。

結核や脊髄膜炎などを患って闘病の末の35歳の死だった。根っからのくだもの好き、「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」を残したほどだからとくに柿を愛した。死の前年に「柿くうも今年ばかりと思いけり」と詠み、手回し良くというか「墓誌」をあらかじめ書き残した。

正岡常規又ノ名ハ処之助又ノ名ハ升又ノ名ハ子規又ノ名ハ獺祭書屋主人又ノ名ハ竹ノ里人
伊予松山ニ生レ東京根岸ニ住ス父隼太松山藩御馬廻加番タリ卆ス母大原氏ニ養ハル日本新聞社員タリ月給四十円  明治三十☐年☐月☐日没ス享年三十☐  法名、子規居士

<予定稿>だから☐に没年月日を入れるようにと。この遺言どおり北区田端の大龍寺には墓のそばに墓誌が立てられている。

忌日を「獺祭(だっさい)忌」という。獺祭はカワウソが捕った獲物を食べる前に並べる習性があるところから書きものをする際に参考資料や書籍などを部屋いっぱいに広げる自分に例えた。近代短詩形文学の改新者といわれる。

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