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池内紀の旅みやげ (8)控訴院の飾り (北海道・札幌)

ヨーロッパの町歩きが楽しいのは建物に味があるからだ。鉄とガラスの現代建築も悪くないが、その前の古風な石造りがおもしろい。そこでは壁の彫刻はただの飾りではなく、一つ一つがしかるべき意味を持っている。美術史では聖画を絵解きする学問があって、イコノグラフィー(図像学)と呼ばれているが、往来の図像にも応用できる。基本を知っていると、建物を見るのが何倍かおもしろくなる。

控訴院の飾り

控訴院の飾り

たいてい正面に建てられた年が刻んである.VやXやCやDを組み合わせたローマ数字の場合が多い。壮重な感じがするからだろう。文字と並べ方に約束があって、ちょっぴり勉強すると、すぐさま読み解きができるものだ。

公共の建物だと、正面には年号とともに象徴的な像が刻んである。ギリシャやローマの神だったり、教訓的なシンボルだったり、民間伝承にちなんでいたり、さまざまだが、様式化された装飾であるとともに、その建物の担っている役割なり性格を示している。アテネ=ミネルヴァ神だと知恵と勉学、クロノス=サトゥルヌス神だと穀物の実り、ヘルメス=メルクリウス神だと均衡と調和といったぐあいだ。

剣と秤は正義をあらわしている。壺から水が垂れていて別の壺に入っていくヘンなのがレリーフになっていたりするが、ちゃんと意味があって、「節度と自己心」をあらわしている。ライオンは「力」、トランペットは「審判」を伝えている。ただのリンゴのようでも、多産と豊穣、バラの花は愛にあたる。古い石造りでは建物自体が多くの情報を発信している。

日本ではまずお目にかかれないと思っていたが、札幌で出くわした。町の中央を走る大通公園の西のはし、バラ園の向こうに風格のある石造りの建物がある。現在は札幌市の資料館といって、展示や研修にあてられているが、元々は札幌控訴院としてつくられた。今の高等裁判所であって、大正十五年(一九二六)竣工。札幌郊外で産する軟石とレンガを組み合わせたというが、擬古典的で、ヨーロッパ中世の建物を思わせる。左右に並ぶ機能一点ばりのビル群の中に、おとぎの城があるかのようだ。

正面玄関が車寄せとして突き出している。ひさしの部分に大正期にはやった飾り書体で、右から左へ「札幌控訴院」とある。すぐ上に女性の顔のレリーフ、よく見ると目隠しされている。裁判の建物に目隠しされた女とはおだやかならぬ気がするが、犯罪にかこつけるからであって、ヨーロッパのシンボル学では「えこひいきしないこと」公平をあらわしている。

その上は遠くからだと判別できないし、近づくと車寄せがかぶさってきて見えにくくなるが、剣と鏡が刻み出してある。剣は正義、鏡は真実の意味。念のためというふうに飾り書体の左右に二つの秤。目隠しの女とともに公平を伝えるもの。

車寄せからさらに石段をのぼり、重々しい天井の下を通っていく。建物のつくり自体は明治調でいかめしいが、大正期には正面玄関に飾り物の遊びをする雰囲気があったのだろう。玄関とっかかりのステンドグラス、白い漆喰天井につけられている照明用の飾り金具などにも、当時の職人の技術の高さが見てとれる。控訴院の判事たちはどんな人種だったのか知らないが、下級審から大審院への足がかりを得たような出世主義者が多かったとしたら、実にモッタイナイ建物だったと言えそうだ。

内部は刑事法廷が再現してあって、被告の椅子に座ることができる。法と司法の展示室に、裁判官や弁護士に定められていた黒い制服が展示してある。それはまあいいとして、珍妙なかぶり物も義務づけられていたらしい。人間が考え出したなかで、もっとも滑稽でフシギな帽子である。御用とお急ぎのない方は、とくとご覧になるといいだろう。大のオトナが、こんなものをかぶって人間の運命を審議していたのかと思うと、玄関ひさしの女のように目を覆いたくなる。

おおば比呂司さんの旅イラスト

おおば比呂司さんの旅イラスト

「資料館」とは名ばかりで、たあいない展示があるばかりだが、奥の「おおば比呂司記念室」には是非寄っていこう。札幌出身の漫画家はヒコーキと旅行が大好きで、夢のようなイラストをどっさり描きのこした。ペン画には矢印つきで短い説明がついている。一回の旅ごとに一冊の画帖が絵で埋まったようだ。ホテルでもカフェでも公園でも鉛筆や画ペンが動いている。旅する人はより多く楽しみ、記憶を深めるための自分の流儀をもっていることがよくわかる。

【アクセス: JR札幌駅から美しい通りをブラつきながら約三十分。あとは大通り公園のレストランで本場サッポロビールの生中といきたい】

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