おとなはみんな子どもだった

我が初恋の行方

                      長富忠裕  昭和一九年。私は生まれました。  小学校に入るまで私の町には幼稚園がなかったので、ほぼ無菌状態で小学生になりました。  同じクラスにとても可愛い女の子がいました。私...

松江城が遊び場だった

                      内藤伸之  昔、女ありけり。病親の介護とて西の国出雲へ・・・。祖父・伸の世話をしに松江へ行くという母に、父は「東京を離れたくない。別れよう。」父・四郎は師匠の長女をもらい養子に...

脱腸帯と天花粉事件

阿部年雄  広島への原爆投下当日、建物の疎開作業に動員されていた母が爆心地からわずか1.5キロで被爆、顔や手などに大やけどを負った。前年に17歳で陸軍中尉だった父と結婚、わずか1週間の新婚生活もつかの間に父は任地の満州へ...

思い出すままに

鎌倉勤(猿楽町の長老)   小生、当会例会の定席である蕎麦の名店浅野屋さんのすぐ裏手に住んでいるが、神田っ子でも江戸っ子でもない。但し、オカアちゃんは生粋の神田っ子。小生はサザエさんのマスオ。九州は宮崎の山出しである。...
広島原爆ドームの画像

戦争の風景

寺本幸司(音楽プロデューサー) 昭和十二年(一九三七年)七月七日、中国の北京市郊外の永定河にかかる盧溝橋で日中両軍が衝突し、太平洋戦争に繋がる日中戦争の発端となった。妻子ある者を問わず、日本全土に徴兵令が下り、多くの男た...

山あいの町

伊藤謙介  私は山あいの町で生を受けました。 中国山地の奥深く抱かれ、清流に沿って縫うように走る街道の両側に、張りつくように民家が立ち並んでいました。   そんな田舎町に、日華事変の年に生まれ、太平洋戦争の開戦を四歳で迎...

B29を見た男     浜井 武

一九三八年(昭和十三年)生まれの私は、敗戦の日を、小学一年生のとき、二度目の疎開地だった愛知県の山奥で迎えました。 祖父が日本の植民地政策に乗っかって、満州と朝鮮に、「大阪屋号書店」という出版社兼取次業(戦後の取次店・大...

ガキのころ       土山勝廣

「おまえ、俺の子供の頃の話、聞きたいか?」 「別に、聞きたかねえな」 「そりゃそうだろう。他人のガキの頃の話なんて、興味ないからな」 「なにか、特別面白い話でもあれば別だが」 「面白い話って、どういうことだ?」 「たとえ...