『季語道楽』① 〔前口上〕 坂崎重盛
ちょっとでも俳句を作ろうとする人なら必ず一冊は持っているはずの(最近は電子辞書などを利用する人もいる)「俳句歳時記」あるいは「季寄せ」、これが実は、日本の伝統文化や、失われつつある言葉の貴重な辞典だったりする。
日本の四季折々の、時候、天文、地理、生活、行事、動植物などなどの様相を表わす言葉の、いわば総字引が歳時記であり、その言葉が俳句の中に登場するものを集めたのが俳句歳時記です。
俳句歳時記は日本文化のイメージの百科事典ともいえます。
ときどき遊びで句会を開いたりするのですが、これが思わぬ恥をかく。季語を間違えてしまうんです。
まさかいくらなんでも「小春日和」の「小春」を「早春のぽかぽかと暖かい日」などとは間違いはしないでしょうが、「氷雨は?」と問われればどうします?
「うーん、みぞれのような雨だろうから、冬の季語とは思うけど、わざわざ言うのなら、晩秋あたりかな」となると、これが違うんですね。
「氷雨」(ひさめ)といったら俳句歳時記では、まずは「夏の季語」なのです。なぜって、氷雨は雹(ひょう)のことだからです。
ただ、霰(あられ)やみぞれのように冷たい雨のこともあるので、この場合は冬の季語となります。前後の言葉のつながりで、夏か冬かがわかるはずです。
だから夏の句の中に「氷雨」が入っているからといって、「夏の句なのに冬の季語が入ってる!」などと、オセッカイな指摘をすると墓穴を掘ることになります。
ことのついでに、では小津安二郎の監督作品のタイトルとしても知られる「麦秋」は? 初歩コースです。
「麦秋」は「麦の秋」ともいいます。秋と言うんだから、秋の季語——ではないんですね。夏なんです。しかも初夏。麦は初夏、それこそ小麦色となり刈り入れ時となります。ちなみに「麦の芽」は冬。
では「夜の秋」「秋隣」(あきとなり)は? こちらも夏の季語。「秋の夜」ならもちろん秋ですが、「夜の秋」「秋隣」は、どことなく秋めいてきた夏の夜を表わす季語です。
きれいな言葉じゃないですか。「秋隣」なんて。
きれいな言葉といえば、句会に参加するようになって初めて「木下闇」(こしたやみ、このしたやみ)という季語を知りました。青葉がうっそうと茂って夏の光の中でも暗い樹下、という、句会では初歩の初歩の季語のようですが、知るとたちまち使いたくなる。
「山笑う」も一度知れば絶対に忘れない印象的な季語。若葉が萌える春の山を表わす。どうやら由来は漢詩からのようですが、見事な表現です。
……ということで、『季語道楽』と題して、美しい季語、珍しい季語、面白い季語、難解な季語、そして間違いやすい季語などなどを季節に合わせて取り上げてゆきたいと思います。
といっても、俳句もほとんど素人、季語についても重要基本季語すら要領を得ない身ではありますが、「日本の言葉」また「言語遊戯」の世界については人一倍の関心はあるつもり、自分自身の「覚え帖」を編むつもりでコツコツとお勤めを果たしたいと思います。
と、以上は〔前口上〕。次回、第一回は「新年」の季語から拾ってみましょう。