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私の手塚治虫(19) 峯島正行

  • 2014年4月13日 11:11

無性人間の大団円

 

総理大臣の許可が下りる

 

木座神は総理大臣に会う決意をする。「あの戦争ショーを成功させるところは日本しかない。俺の執念だ」と総理大臣に会いに行く。戦争ショーについて、それこそ熱烈に説明し、援助を乞うと、

「戦争ショーなどやると、わしの支持率がまた下がる」

佐藤栄作を思わせる顔の大臣は、あまり乗り気にはならない。すると木座神は執拗に食い下がる。

「戦争映画やテレビが、ヒットしていることを思い出してください。人間だれしも闘うことが好きなのです。だが戦争には必ず損得がつきものです。その上危険です」

 ここで一呼吸置く。

「しかし損得に関係なく危険でもない戦争があったら、誰でも見てみたいと思うでしょう」

「分ったよ,一体どこでやろうというのだ」

「近く返還される小笠原諸島!あそこのPRも兼ねて。一発、ぱあっと、全世界をアッといわせるこの手は如何?」

「ええっ」

この分だと脈はありそうだぞ、と木座神はにんまりして、大臣邸を辞したのであった。 

小笠原諸島は戦争中、米軍に占領されていたのだが、沖縄が返還されたように、日本の手

に戻ってきたばかりだ。日本としては、新たにその開発を進めねばならない時だった。父島、母島を中心に多くに観光資源に恵まれている島嶼群であった。そこを舞台にしようというのが、木座神の狙いだった。

それから各方面に運動して、戦争ごっこの準備を進めた。

 

彼の活動を探っていた未来も、自分の組織力を総動員して、情報を集め、ひそかに、妨害活動の準備を行う。

 

かつて太平天国を逃げ出した、九九九五四五二も、その配下となって、ちょろちょろやりだした。彼は思慮が足りず、失敗も幾つも重ねては、未来を困らせた。例えば、

或る朝ひとつの事件が報道された。「本日午前二時ごろ、新宿区四谷三丁目のマンションで、八人のモデルを惨殺するという事件が起きた。犯人は芸大在学中の画家で、周旋屋から女性型無性人間の九人のモデルを雇い入れて、自宅で仕事中、雇い主本人が突然、錯乱状態になり、いきなり銃を持ち出し、乱射した。九人のうち八人が即死、残る一人が行方不明であります」

それが放送されている最中、一人の女形無性人間が哀れな姿で、未来たちの反抗同盟の事務所に現れた。九九九五四五二はきいた。

「たった一人逃げたというのが君なのか、さあ水でも飲んで落ち着くんだ。どういうルートで、モデルに売られたのだ。」

「太平天国からアラブに売られ、紛争が終わったので、用が無くなって…、がらくたと一緒に闇商人に買われ、日本に流れて来て、モデルなったの」

「君だけが犠牲者じゃない。無性人間を殺して、何も思わないやつに思い知らせてやるんだ。君はいいところに逃げ込んできた。君も同志になれ、ここで同志が集まって、無性人間解放の運動をしているんだ」と女形の無性人間を口説いているとき、二、三の同志が飛び込んできた。

「99!一大事です、木座神がついに総理大臣を口説き落として小笠原を手に入れました」

「ほんとか」

「たしかな情報です、小笠原で、無性人間のショウをしていいという許可が下りたのです」

「その許可証と、そのほかの重要文書を持って今夜一〇時に、飛行機で羽田を立つはずです」

九九九五四五二はしばらく考えこんでいたが、「みんなを招集しろ」といった。

仲間が集まると、「今夜高速一号線鈴ヶ森で木座神の車を待ち伏せして、木座神をとらえ、監禁しよう」と申し渡した。九九九五四五二はすっかり指導者気取りでいうのだった。

「皆は、三々五々アベックのふりして集まり、木座神の車を襲うことにする」一同に言い渡して、出てゆこうとする彼を抑えたのは、この屋の主で、実質統領の未来だった。

「待ちなさい」と未来はいった。「もっと慎重に考え、行動した方がいい。聞いていると、あまり話がうますぎる」

「この機会を逃すと、二度と戦争ショウを抑えるチャンスがない」と九九九五四五二は強引に出て行った。

 

 

未来が部屋へ戻ると今朝某所で、モデルが8人殺され、一人だけが逃げたというニュースがあった。今日逃げ込んだ、其処に残っている一人の娘は逃げおうせた娘かも知れないと未来は思った。が、たちまち底が割れた。ラジオのニュースが、逃げたと思われた娘は、すぐ近くの塵処理場で、惨殺されていたことが分った。となると、未来の目はきらりと光った。

「あんたスパイだね、木座神に今のことを電話で報告しただろう」

万事休す。未来は天を仰いで嘆息した。

今頃は木座神の手下に、九九九五四五二はじめ、同志は一網打尽になっているだろう。

万事未来の予想通り、一番に突進した九九九五四五二の体は、蜂の巣のように、銃弾を浴びた。一人の女方は、顔を目茶目茶にやられた。他の無性人間は警察にとらわれた。木座神は、悠々と羽田へ。

九九九五四五二ら二人の死体は直ちに東京大学の病院に運ばれた。死体解剖のため、容疑者の死体は、法医学室に運ばれるはずだった。いかに法医学の博士が待っても到着しない。警察も病院も事件が頓挫してしまった。

 

その裏には、未来の慧眼と深慮があった。整形外科教室の八埼博士は、整形手術に深い造詣のある人だったが、博士によっても、他人の肉体の一部を、他人の体に植え込む研究は、遅々として進まず、悩んでいた。八埼博士は、無性人間ならば、他人の肉体の一部を受けいれるのではないか、と秘かに考えていた。そして未来にその研究の援助を頼んでいたのであった。一人の人間に、他人の肉体なり、臓器を植え込むという行為には、必ず抗体反応をというものが出来て、絶対に肉体の一部を第三者の体に埋め込む事は、うまくいかないというのが、博士の悩みであり、医学の悩みであった。

もしや無性人間ならば、それが可能かもしれないというのが、博士のアイデアであった。そこで、未来に依頼して、二体の無性人間の死体を手に入れてくれるよう、頼んであったのだ。

それで、九九九五四五二ともうひとりの犠牲者の女型が運ばれてきたのだ。二体が運ばれるとき、法医学教室でなく、整形外科の裏口に運ばせたのは未来であった。

「しかも二体も手にいるとはなんと幸運な.おまけに男の方は体がハチノス、おんなの方は脳天のど真ん中に致命傷、だから、男の首と女体をくっつければ、完全な体になって生き返るだろう」

「そんなことが!、二人とも死んでいるんでしょう」

[人間としては死んでいるが、組織としてはまだ死んどらん、体を冷下二〇度以下に冷やすと、組織を損なうことなく、大きな手術が出来る。死体を冷凍室へ]

そういって博士は悠々とラーメンを食べるのだった。

男の体をした、九九九五四五二がさて、どんな人間に生まれ変わるか、と考えながら、未来が家に帰ると、どやどやと人相の悪い人間が入ってきて「警視庁捜査一課のものです。今夜太平天国の外相が襲われた事件に関して、これが逮捕状」とつきつけた。未来は、途端に窓から飛び出し逃げ出した。

 

 大会のプログラム

 

史上最大の戦争ショー

THE GREATEST SHOW OF THE WAR!

無慮4万人の上陸作戦

無性人間特攻隊による大攻撃 大白兵戦!

4月1日

於・小笠原諸島

 

 

以上のような大広告が、世界中のマスコミに、一斉に出された。

大平天国からは、船団が何隻もの輸送船を従えて、小笠原に向けて出港。船中の兵たちはぎゅうぎゅうづめにされながらも、押し黙っている。小笠原に着くと上陸用舟艇で、続々と上陸、それが島いっぱいに配置される。

世界中の好奇の目が、小笠原に向けられ、この小さな群島に続々観光船が到着。島中、人が溢れ、万博とオリンピックが一緒になったような大騒ぎである。

望楼からその有り様を見た木座神は、「前評判も上々だ」と胸を張る。大伴黒主は「明日は招待客も続々やって来る」

木座神は「私は心配なのです、無性人間の反戦同盟の妨害が」

と、未来たちの活動を指していった。

「心配ない、あんな奴らに戦争のことは分らんよ、」と黒主が応ずる。

「君は今度の立役者なんだ、もっと泰然としろ、乾杯でもしよう」

というところに未来という書名で、なにかが届く。

「未来だと」と黒主が驚く。未来は銀座のクラブにいるはずだ。手紙がついていた。

 

「謹んで戦争ショウのお悔やみ申し上げる。四月一日、ショウは収拾のつかない失敗で幕を閉じるだろう。無性人間を代表して、この品物を進呈する」

 

箱を開けるとピストルだの首吊り縄、青酸カリなどなど、気味の悪いものばかり入っていた。

「奴らに何の力があるものか、四月一日までに疑惑分子を一掃しろ」と黒主は電話で運営本部に命じる。

「センスのない、いやがらせ」と木座神は首をすぼめる。未来の写真を以って探させると、「何処の現場でも、こんなツラの人はいくらでもいるよ」という有様で、未来をとらえることは不可能であった。

 

いよいよ世記の戦争のプログラムも発表となった。

 

三月三〇日、三十一日  開戦前夜祭 パレード、花火大会、仮想大会、軍歌祭、祝賀会を華々しく行い、華やかさを誇る企画が並べられた

いよいよ開幕の四月一日は、次のように進行する。

開戦式 午前9時 木座神挨拶、来賓祝辞祝電披露などのセレモニー

宣戦  午後1時 両軍司令官戦闘配置に着く。いよいよ開戦、両軍陣地攻撃。

翌四月二日から、陣地争奪戦。3日からは戦車出動、戦車一機討ち戦展開。

という日程だった。

 

 

開戦前夜の重大事件

 

予定通り決戦の日を迎えることになった。いよいよ明日の朝には戦争ショーが始まるという深夜、東大の八埼教授が、二体の無性人間を付けあわせ、生命のある一体の完全な無性人間を完成させたというラジオ放送があった。それを聞いた黒主はそれを見たさに

「明日の朝には帰るから航空機で、ちょっと東京に行ってくる」と言って飛び立っていった。

大伴黒主が八﨑の研究室についたとき、手術が終わり、患者であった九九九五四五二のベッドを覗いたところ、患者が眼をさまし、「お前は大伴黒主、よくも俺たち無性人間を虐待したな。木座神を羽田の近くで襲おうとした我々を、よくも殺そうとしたな」と立ち上がり、大伴に食って掛かった。

八埼教授が付いたばかりの首が取れてしまう、と止めるのも聞かず暴れるので、八崎教授が「黒主に此処を出てってくれ、実験が無茶苦茶になる」

それでも九九九五四五二は八崎を振り切って、車で逃げる黒主を、タクシーで追いかけて、ついに衝突、黒主は、瀕死の重症で、小笠原に帰還不能。つい朝の戦争ショーには出席不可能となった。

 

一方、未来たち反乱軍も最後の打ち合わせだ。パトロールの手が回り始めたのでもう顔を合わすことはない。「一日午前九時に奴らは開戦式をやることになっているが、我々はその時間花火を合図に、本部と放送センターを占拠する。日本政府が自衛隊を出動させても、観客を人質にすれば、手も足も出ない」そんな話し合いをしたところで、パトロールの危険が迫り、一斉にアジトから脱出。

 

4月1日の朝が来た。主催者が打ち上げる花火が、だん、だーんと鳴り響く。小笠原、父島を埋め尽くした一〇万人の観光客は、一斉に、島の中央にある特設ゲートをくぐった。

それと同時に4万を数える紅白軍が黙々と動き出した。前線基地で戦闘態勢をとるためだ。正午きっかりに戦闘の火ぶたが切られる予定なのだ。各兵団が位置に着いたところで、トテチテター、と高らかに進軍ラッパが鳴り響いた。相棒がいないので、木座神がたった一人天壇のような高い塔に上って行った。

その頃相棒は東京の病院で、目をさまし、「ここは?なんじ?」「ここは鉄道病院、今はちょうど9時」万時窮す。

 

木座神は壇上から「紳士淑女の皆様方只今より無性人間兵士による史上最大にして最初の戦争ショーをご覧に入れます。尚無性人間をお買い上げのお客様には、特別景品として、無性人間の精子を差し上げます」

昔の奴隷市場の親方みたいなことを叫ぶ。次いで各国の宗教による祝詞をあげる。

 

 

勝利か敗北か、ショーマンの死

 

 

まさに九時を過ぎた。観客の間から上流夫人が一人抜け出す。祭り気分を盛り上げ戦争開始の合図となる、花火の打ち上げ場にそっとよってゆく。

「奥さん困りますなあ、花火は正午に揚げるんです」と警備の男が言う。

夫人ははらはらと涙を落として、ハンケチで押さえながら、「私の主人は私をホテルにほっといて、この会場で知り合った女性と、特別席に行ってしまったの」と泣き出した。「だ

が、奥さん花火はいけません」「それじゃ私はどこかに放火をするかもしれません」と武者ぶりつく。警備員は「こういう人はどこに連れてっても始末におえねえなあ」と同僚の警備員と話し、「仕方がない一パツだけでもあげさせてやるか」

それを聞くや否や奥さんは、一発どころか四、五本の花火に火を点けてしまった。花火が戦争開始の合図と、警備員が知ってか知らずか、花火はドドーンと何発も揚がってしまった。

それが未来ら反乱軍の合図であった。

無性人間の陣営は、行動を開始、第一師団、本部に向かって突撃、砲兵隊は砲撃用意、目標本部、放送局及び桟橋、という具合に命令が伝わる。「歩兵部隊は散開、そのまま本部門に突っ込め」と命令が次々出される。本部にいた幹部を倒し、未来はベランダに出て叫ぶ。

「見物の人間ども、自分たちまでショーに巻き込まれたと知ったら……フフフ、これから面白くなるぞ」

見物客は、「なにかあったんですか」と未来に聞いたりしている。彼らは全く騒乱が起きていることを認識していない。

反乱軍の一隊は、放送局を襲う。放送の器具の前で、放送局員は放送の用意をしている。そこにどやどやと反乱軍が駆け上ってくる。局員に銃を突きつける。

「おいこんなのスケヂュールにはないぞ」

「黙れ、貴様たちは捕虜だ。一同屋上にあがれ」片方の技術の人間は「なァ、いくら脚本家の台本が遅いたって、こんなに急に筋が変わるなんてなァ」「まったく脚本家っていうのはでたらめすぎる!」とかなんとか、愚痴っているものもいる。

「こりゃ悪趣味な台本だぜ、ほんとに」という声を聞いて未来は、ほくそ笑んでいる。未来が屋上に上がっていくと、放送局から派遣されてきた幹部連中が、手足を動かさないように首のまわりに、手を上げさせられながら、食って掛かってきた。

「こりゃひどい暴力やないか、何の要求や、ベースアップかボーナスか、暴力はやめときなさい、円満に話し合いといこうや」

未来たちが応ぜず、ぎろりと、睨めつけると、「わかった、君たちの気持ちはよく分った、ワカル、ワカル」と今度は下手に出てきた。

「君たち無性人間は今まで差別に泣いてきた。日本人として申し訳ない、君たちの権利を擁護しよう。そんなら記者会見をして君たちの立場をしゃべってもらう」と、くどくどいまさらになって言い出した。

「いい加減に黙れっ、これはショーじゃないぞ、へらず口叩く奴は、本当に銃殺するぞ」

と筒先をその顔に押し付けた。

 

一方、一隊は開会式の真っただ中に乗り込んでいった。

「見物客諸君、手をあたま挙げてもらいたい」

会場の全員が手を挙げた。反乱軍は一斉に「大伴黒主。木座神、われわれ無性人間はあなた方を拘禁する」

木座神は初めて、この戦争ショーが失敗したことに気づく。彼の周囲には日本をはじめ各国からきた来賓が驚いて立ち尽くす。反乱軍の怒声は続いて、高らかに吠える。

「我々無性人間はあなた方を拘禁する」

こういう時こそ、悪知恵の働く、大伴黒主が必要なのだが、何千里離れた日本の病院で、意識もなく寝ていたのだからしようがない。

木座神に残されたのは、ショーマン木座神のメンツをいかに維持するかの問題だけとなった。まだショーの続きと思っている来賓は、「ありゃ一体何ごとです」と聞く。

「いや、ハハハあれもじつは。ショーの一部です。ショッキングな演出でしょう。その証拠に今日は四月一日ですよ」

「ひゃー、しかし悪ふざけが過ぎますよ」

その時「木座神、大伴出てきてもらおう」とラウドスピーカーに声がかかった。もはや万時窮す、木座神は、ちょっと席を外して、この場を逃げようとした。だがどの出口も、無性人間の兵で、塞がれていた。

 

これで完全に戦争ショーは終わった。逃げ回りながら木座神は、考える。俺は迂闊にも、

外部からの妨害だけを考えて、内からの反乱は考えなかった。俺は失敗した。せめてよびや木座神のメンツだけでも残そう…俺は何とかこのショーをやり遂げて見せる!と彼はとっさの間に考えた。その時未来が壇上に立った。

「観客の紳士、淑女にお伝えする。戦争ショーは中止!ただいまからこの会場は無性人間の臨時司令部が管理する」

と、宣言した。会場は混乱し、大騒ぎとなった。そこに

「待った」と木座神が駆け込んできた。彼はショーマンのメンツにかけて、あくまでこのショーのまま終わらせたいのであった。マイクのところに駆けよって「ただ今からスケジュールの一部を変更いたしまして、特別ショーを展開いたします。題して「無性人間のクーデター!主役をご覧にいれます。無性人間未来、彼は無性人間を率いてこの場所に乗り込みました。さていかな場面が展開するか、みなさんとくとご覧ください。ショー最後の場面です」

 

檀上に一人、木座神は、自らの額に,銃口をあてて、一発ぶっ放した。木座神は壇上から、弾みながら転げ落ちた。

戦争ショーは全て終わった。

 

 

無性人間の大蜂起

 

会場の人間は勿論、無性人間に襲われ、殺されるものも続出という始末。町では略奪のし放題。それを黒人が滑稽そうに眺めている。

総統の太平は、当時黒主や木座神とそりが合わず、放浪の旅に出ていたが、インドシナのビエンチャンという街の顔役の世話になっていた。その顔役は無性人間を、おんなドレイとして使っていた。その女形の無性人間を五、六人寝かせて座ぶとん代わりにして、その上に座り込み、ほかに女形には女の仕事をすべてやらせていた。

そんなことをしているとき、小笠原の情報が入ってきた。ショーが失敗し、無性人間が人間に反抗、憎悪のあまり殺すようになったという放送が入ってきた。その放送が終わるか終わらないうちに、ビエンチャンの顔役の立場も逆転し、顔役はよってたかって、おさえつけられ、たちまち裸にされ、無性人間たちにずぶりと刺されてしまった。

天下太平も人間である。これを見てこっそり放浪の旅に出て行った。

 

人間と無性人間とがくんずほぐれつの闘争する銀座の町中に、ラジオの放送が流れていている。

………ニューヨーク、シカゴ、ロンドン、パリ、マドリッドで、ほとんど同時に無性人間の暴動が起こり無政府状態になりました。

無性人間たちは商店を片端から壊し、放火しています!それを黒人があっけにとられて見ております。黒人暴動とちがう点は、彼等はそんなに貧しくなく、ただ一般民間人に対する酷い憎しみが、爆発したものと思われるだけに、事態は悪化しています!

なお国連のウ・タント事務総長は、無性人間の代表とあうために、単身オガサワラへ乗り込んだ模様です……

事務総長は、未来ら、無性人間の代表とか会談した。現場に乗り込んだ、ウ・タントは無性人間の代表と向き合い、国連本部からのメッセージを読みあげた。

「この度小笠原の反乱軍に対し、国連は甚だ遺憾に思う.速やかに人質を解放、武器を収めて、国連の指示に従うよう希望する。この通達を無視するなら実力を以って鎮圧する。

しかし聞き分けたら良い子だからゴホービをやろう。」

「なるほどなだめたりすかしたりというところですな。……残念ながらそのメッセ―ジどおり、いい子になる気にはありません。第一われわれは国連となんの関係もないんです」

「しかし君たちは国連に加盟している太平天国の軍隊でしょう?」

「それは総統や首相の話、我々は無性人間ですからね」

「だが無性人間とて人間に違いない」「ちがう無性人間は人間じゃない!!

その証拠に我々を殺しても罪にならない。我々無性人間は人間じゃない!だから人間の法律も、モラルも通用しないんだ」

と怒鳴り返すありさま。

ウ・タント事務総長の説得も効果がなかった。その後も世界各地で無性人間の暴動は続いた。

大平天国の総統天下太平も無性人間に追われる一人だ。ビエンチャンからただひとり放浪の旅へ出た。周りの人間たちは、暴れん坊の無性人間に、つつきまわされたりされている。その間を彼らにあわないように、逃亡、放浪の旅を続けていた。「町中が燃えてネロに火を点けられたローマの街みたいだ」と思いながら。

ある場所で、無性人間が「人間がいたぞ、殺せ」とつかまってしまった。講堂のようなところに押し込まれた。そこには人間の老若男女,老いも若きも一緒に、詰め込まれていた。「カルカッタでも、シンガポールでも、無性人間の革命政府が出来たっていいますね」「私なんか召使いの無性人間に叩きだされたんです」等等、お互いの不幸を嘆きあっているありさまだ。

やがて無生人間のやくざみたいな野郎共が現れて、男と女を別々に並べて、広場のすみにダブルベッドを並べた。

あいつら、俺たちに白黒をやらせて、みるんじゃないか」「そうなんだ、きっと」と人間同士ささやいている。

天下太平は、ビエンチャンのボスの家で知り合った男と巡り合い、そっと逃がしてくれた。

 

無性人間の革命

 

これから三ヶ月放浪生活をするのだが、その間の天下の情勢を簡明に伝えて置く。

無性人間と人間との話し合いが、もたれるようになった。人間の代表に、無性人間の代表が要求を突き付けた。無性人間の暴動に悲鳴を上げていた連中は、話は精々、待遇改善だろうから飲んでやってもよいといっていたが、その要求を見て仰天した。

その冒頭に世界中の人間、すべてに去勢手術をさせることとあった。

人間を滅ぼさないために、あらかじめ精液と卵子は冷凍しておく。其れを試験管に入れて育てればいい。わずかな男女はセックスの鑑賞用にそのまま残しておく。そんな要求を人間が承知するはずがない。それでまた両者間の武闘が開始された。その軍用に無性人間は、人工授精で育った少年兵をつかった。しかもその子達は人間の子供たちを味方に引き込んだ。

人間の子供たちは自分の親を摘発、強制的な手術をうけさせた。こうして3ヶ月にして世界中の人口の半分が去勢された。

去勢されると人間はしなしな、なよなよとした、喧嘩も争いもしなくなる。無性人間よりもっと従順で大人しくなってしまう。

その柔軟人間を、今度は無性人間として使おう、という方策であった。

 

そういう実態を、無性人間の一部から聞かされた天下太平は、俺だけは去勢せんぞ、と青い木々が茂る山のほうに、一人で去って行った。行き着いた草原は、どこかでみたことがあるような気がする。

「そうだ、パイパニアだ。俺が脱走兵の時散々逃げ回った土地だ。その間に大伴黒主と会い、協力してパイパニアのヘリコプターからの機銃掃射から逃げ回ったところであった。

今当時と同じようなことが、行われている。低空を飛ぶ無性人間のヘリから大音声が響き渡る。

「人間ども集まれ!この草原に逃げ込んだ人間どもに告ぐ!速やかに去勢手術をうけよ…。

十秒のうちに、ヘリコプターの下に集まれ」

だがそれに従うものは少ない。逃げ回る人間たちに、ダダダダと機銃の雨が降る.ここでも多くの人が死んでゆく。

「歴史は繰り返すか」岩の陰に隠れた大平の目から涙がこぼれる。 

 

一方、こちらは東京のど真ん中を、こそこそ逃げ回っている、背の高いほっかむりの男がいた。路地から路地へと駆け抜けてゆく。ひげをそる前の男の指名手配書が壁にかかっている。やはり大伴黒主であった。彼が逃げ込んだのは、八城教授の研究室だった。大伴博士、あなたの知識によって、あと一か月もすれば、無性人間に画期的な手術が出来るようになる、つまりホルモンと生殖器を操って、無性人間を有精人間にすることができるのです。それまで貴方にいて貰いたいのはやまやまだが、そうもゆかないのは、残念じゃ」

「ごきげんよう。ご成功を祈ります」

黒主は、様様な策を講じて逃げようとしたが、ついに捉えられ、太平天国に護送された。

その大法廷、黒主が無数の無性人間を、死の道にさばいた場所と変わらない。その大法廷の被告席に彼はたった。

「俺は無罪だ。俺は学究の徒だ。君たちに直接なにもしなかった、すべてキミたちを迫害したのは、木座神が命令したんだ。」

「後ろを見ろ」

「あの傍聴人の目を見よ。あなたを無罪と認めている眼ですかね」

証人として、今は去勢されて、婆さんになりきっているリーチ夫人が証人として出廷した。意志だけは何とか通ずる。「この黒主と知り合って、破廉恥な計画をたてのではないか、学術研究という美名に隠れて、無性人間の大量生産に乗り出したのですね」

老婆からは、肯定の返事が出された。そして第一期の無性人間の生きのこりが証人となって、ずらりと並んだ。かれらの苦労の証言が、決定的有罪の証言となった

 

 

 

総統太歓迎

 

 

そのあと、太平天国に到着したのは、元総統天下太平であった。厳重に目隠しされている。

「ここは太平天国だろう、海風の匂いで分かる。俺をとらえてすぐ去勢しないで、ここへ連れてきたのは、どういう了見だ」

「今にわかります、逃げたりなさるとよくありませんよ」

「この室内から出ないように」と目隠しも縄もとかれ、彼が自由に動けるようにした。「この部屋から絶対に出ないようにしてください」

「俺と一緒に捕まった男はどうしたね」「あれは要注意人物ですから別の場所に」

ひとりになった太平は考える。大平天国の総統ともなれば、本格的な裁判の上、有罪、死刑には恐らく、むごい方法が用いられるだろうな。それも運命か……。その時部屋に入ってきた者がいる。傍へ寄ってくる。何と未来ではないか。

「未来!」

「ぱぱ!」

二人は,ヒシと抱き合う。「会いたかったぞう」

「ほかの子はともかく、お前だけはおれのせがれだったのだ」

未来は合図した。「よーし、みんなにはいってこい」

隣の部屋から無数の無性人間が、パパと叫びながら、飛び込んできた。「わっしょい、わっしょい」と太平を担ぎ上げ、やんやの大騒ぎとなった。未来は言う。

「なぜ、未来だけがせがれなのですか?太平天国五〇〇万の国民は、皆あなたの子ですよ」

「じゃ俺を許してくれるのか」

そのころ大伴黒主に最終判決が下った。有罪。処刑は最高のせめ道具。死ぬまで其れに掛ければいかに苦しむか。それは天下太平が二〇兆という精子を抜き取られた、精子絞り機だ。「では諸君さらば、人生よ」黒主も最後は潔かった。

その時大伴黒主処刑の報が太平に伝わった。大平は「黒主よさらば」涙を流した。現場に行った大平は未来に、

「いくらなんでも絞りの刑とは酷すぎるよ。助けてやって」

すると未来は言った。「パパはママを殺した犯人を叩き殺せと言ったでしょう」

「大伴黒主が犯人だったのか」

「そうです、ママを消す計画を立てたのです。」

「リラ、これでお前も本望だろう、せがれが仇を取ってくれたんだぞ」と、涙を落とす。

「パパ、すべては明日だ、今夜はぐっすりおやすみなさい」

「しかし今日はいろんなことがあったし、俺は興奮して寝られそうもない」と太平は淋しくもあり苦しくもある。思い出されるのは、リラのことをはじめ大伴、起座神のことばかりである。

 

 

 

 未来のコペルニクス的転換

 

 

未来は一人進化始めた。こういう時には男女に分かれていれば、女の子を大勢呼んで、飲んだり、食ったりして、最後はセックスで楽しむことができる。やっぱり、セックスは大切な事だったかもしれない。月の浜辺に出て歩きながら、未来は真剣に考え始めた。

我々無性人間は、人間を皆去勢することで、気をなぐさめて来たのではないか、と考えこむ。

だけど、どうして逆に、我々が有性になろうと考えなかったのだろう……これが未来の考え方のコペルニクス的転換になったのだった。

それが可能か。セックスチエンジや心臓移植まで、できる今の医学なんだ。出来ないはずはない……そこまで未来が考えたとき、大勢の人がやってくる声が聞こえ、未来を大声でよんでいる声が聞こえてきた。

「この騒ぎは何?」

八、九人の男女だった。彼らを連れてきた、無性人間の青年が、「八崎博士のお蔭で、中年の男と無性人間の娘が恋に落ちて、結婚の話まで出て、お騒ぎとなった。男は去勢手術もせずに、逃げ回っておりました。」

「何故そんなことでここに連れ来たのさ」と未来が聞く。「女の方が無性人間だからです」

「無性人間と人間お恋とはめずらしいね」

「それはこの東大の整形外科の教授が、この女形無性人間に(起性手術)を、つまり性を持たせる手術をしてしまったのです。」

一緒についてきた八崎博士は 「これはわしの画期的な研究だ。」と胸を張る

これによって無性人間を有性にできることが証明されたわけだ。ことは重大だ。未来は教授に言った。

「教授、前に大学でお会いしましたね」「おお、あんたはわしの教室に無性人間を二体持ち込んでくれた女性じゃね、その時の無性人間がそいつだ、女にして生き返らせてやったんだ」

「あんた九九九五四五二かね」

相互に口もきけないほど驚く。「あいつ命を救ってやり、セックスの喜びを与えたんだ」

未来はすぐ決意した。わたしに起性手術をすぐやってくれ、その代りもう一度今度は去勢手術をやってもらう」「その手術をやらせるのに、実験台に誰がのるのだ」「私だ」「エッあんたが」

未来はそれにこたえて次のような演説をする。

「私は好きで手術を受けるのではない。性を持つことが、いかにグレツであるかということを、身を以って体験したい。男と女というものが、不潔で淫乱で、いかに犯罪的かということを、わが身を以って試してみるのだ。そのあとすぐまた去勢手術してほしい」

博士は二〇日ぐらいかかるだろう。それでよろしければ引き受けようという。これではなしはきまった。そこに、心配して天下太平が、飛び込んでくる。博士は太平をなだめて、ご心配なくと、自信を持って答える。

「飴細工だね、まったく」といって引きさがる。一〇日間手術室に入ったままだった。

 

未来は、パッと目が覚めた。歩き出すとズボンに何か引っかかって邪魔になる。そこに九九九五四五二がいた。

「私はセックスがいかにグレツであるかを証明するために自分から進んで男になった!すぐまた去勢を受けるが……」と女の顔を見ているうちに、今まで経験した事もない気分になってくる。

「気分が悪い」「こんな気持ちは……」と言いながら体は、九九九五四五二の方によってゆく。ついはふたりは抱き会う。そして口と口とが……。

そこに八崎が入ってくる。「こんな所で何をしている。さっさと病室に還らんか、」

そのときはすでに九九九五四五二の上にまたがり、男女の行為を始めている。「こいつもう女に手を出しゃがって、言うことを聞かんと無性人間に戻してしまうぞ」と八崎は脅かす。する未来が叫ぶ。

「いやだ、いやだ、無性人間に戻るくらいなら、舌をかんで死んでやるぞー」

 

一方、天下泰平は自分の部屋で、この世の味気なさに耐えられない、もう命を捨てようと、手記を書いている

人間の文明なんていろいろの暦に照らしてみれば、結局男と女の戦いで築きあげたもんや無いか。と歴史を振り返り、それが無性人間の世の中になってみろ…、恋もなく、しっともなく、情欲もない、浮気もない、Hな話しも、あの楽しみもない、そんな味気ない世界とはお別れだ……。そう書いてひとり旅に出ようとすると,道中、未来にぱったりあった。

「パパを驚かすことがあるんだ、パパ、俺、結婚するよ」

「結婚?」パパは大仰天「人並みな事を言うなよ」

「これが相手です。元九九九五四五二です。愛し合っているんです」「愛し合う?無性人間のくせにそんなこと言えたガラか」「もう無性人間ではありません。セックスも結婚もできます」

太平は、二人の愛しあう姿を見て、自分も嬉しい気分になる。パパ祝福してください」「でかした未来よ、どうやって祝福すればいい」

「パパに全世界の無性人間に放送してほしいんです。未来に習って前無性人間が起性手術をうけろと命令してほしいんです」

「そんな事言ったって誰も聞きゃしねー」

「いや絶対聞きます。無性人間はパパの命令には本能的服従するからです・」

早速その起性放送を始めた。

 

 

直ちに既成手術をうけよ

 

「全世界の無性人間たちに告ぐ!直ちに起性手術受けるために太平天国に集まれ。手術の前に男か女か、自分の性を選んでおけ!

それから人間の去勢手術は本日かぎり、中止せよ」

この放送は世界いたるところに染み渡った。

こうして無性人間はひとりひとり消えていった。去勢者も同じように……。こうして新しい男女が胸を膨らませて門出をしていった。八埼教授だけは目を回したが、世は平安となって、未来と九重(元九九九五四五二)は新婚旅行に旅立っていた。大平天国はその名の如く天下太平となった。太団円でこの漫画はおわった。

銀座のバーパイパニアは経営者も変わって続けてきたが、ニヒルな常連客が、何十年すれば、また新たなセックスの問題で、嵐が世界吹き荒れるよ」

と、常に言っているそうだ。

……………

以上で、大作「人間ども集まれ」という作品の概略とその解説を終わる。この概略を書いてみて驚いたことがある。手塚漫画の日本語の文章化ということが実に難しい、ということである。小説でいうと文脈、漫画だから漫脈と言ったらいいか。その漫脈を、日本語の文章化するときに、実に困難を感ずる、ということである。そこに手塚の個性の強い漫画表現の秘密があるように思えてならない。

この手塚作品の解説を書きながらその点に一番苦労した。要するに散文化しにくい表現、それも手塚の特色の秘密があるようだ。それはおいおいのちに進めるが、次回から、「人間ども集まれ」という大作の分析、、存在意義について書く。〈続く〉

 

私の手塚治虫(18) 峯島正行

  • 2014年3月9日 11:49

 史上最大の戦争ショー 

 無性人間の素顔

 

無性人間の見本

無性人間の見本

前回まで、縷々と述べてきた無性人間とは、一体どんな体形をしていて、どんな性格で、その心理的性格的側面は、普通の人間とどう違っているのか、改めて検討しておこう。

一見したところ上図で見るように、人間と変わりはない。しかしすぐれているところも多く持っている。

まず手塚自身の説明を聞こう。 

 

*無性人間とはセックスの無い人間だが,所謂,擬性半陰陽や、性転換した連中のことではない。つまり男でも女でもない。第三の性のことで、適当な漢字がないだけに説明がムツカシイ。

*みればギリシャ風の美少年だが、これ以上ふけないから、年を食えばひどいカマトトになる。この可憐な頭の中には、社会の悪の知識や雑学がギッシリ詰まっているのでありますぞ!

*オッパイはない。女性に化けるときは、胸に空いた穴にビニールの風船を埋め込み、空気でふくらます。

*髪の毛を伸ばし、目に細工して、あとは化粧だけで女のようになる。それが正真正銘の女より女なのである。

*下半身については、詳しい描写を避けるが、要は穴があいているだけ。

*無性人間のもっとも特色とされていることは、大平天国では無性人間に人権がないということだ。その生殺与奪の権利は、太平天国の人間の手にあるということである。

人間は無性人間を殺しても、罪にならない。つまり家畜、奴隷以下の扱いなのである。彼らが世界に広がっていっても、それはついて回るのである。 

 

 

二兆六千億人分の精液

 

この無性人間が太平天国から、すごい勢いで輸出され、世界中に散らばって行った。

太平天国の大臣、大伴黒主はこう嘯いて、天下太平に、威張って見せた。

「太平天国は目下、国威上昇中なんだ。十年前は、二束三文だったこの島へ世界中の大物が続々注文に来るんだ。この商売はやめられんね。年間輸出額二百二十億円、いまや冷凍精液は、二十兆六千億人分、貯蔵されている」

「えっ、俺の精液がそんなに!」

「精子の数なんて縮緬雑魚より多いんだ。もう太平天国は安泰だね」

しかし、大平天国から、無性人間が、最初は軍の要因として輸出された、また労務者として、買われていったのが、買った先が戦争に負けて、軍隊が解散となり、無性人間の兵隊が解放されたり、彼らを雇う会社がつぶれて、労務者が解雇されたりすることは、しばしば起きる。

そういう無性人間が色々な形で、世界中に散らばり、様々な下賤な職業に携わり、生きて行くようになってゆくのも、自然の成り行きと言えよう。

また、国家としては、絶対的な組織と権力持つ太平天国においても、ぼつぼつと、上部組織に、反抗感情を持つ無性人間の青年も現れ始めている。

子どもの時から、同時に寝て同時に寝て、同時に排泄、という保育が施され、全く同様に育った無性人間の中にも、あまり上からの苛斂誅求が厳しいと、人間への反抗感情を持つものが、ぼつぼつと現れてくるのも当然と言えよう。それから発する犯行を見せると、人間は懐中に持っている短銃で、容赦なく、打ち殺す。

そういう中にあっても運よく人間の作った規則ギリギリのところで、助かっているものもいる。標識番号9995452号は若き無性人間だが、当局から危険な存在と目されている一人だ。

それは外国に奴隷として売られるのが嫌で、ひそかに売られる一団から逃げ出し、追っ手

に追われるうちに、天下泰平の総統室に入りこんだ。

ピストルを太平に向けながら

「へん、お前が父親か、子供を十把一絡げらげに売りとばして、何が父親か」

と食って掛かる。大平は「こんな例は初めてだ」と驚く。相手は

「親父さん、俺は自由が欲しいんだ。あんたの国という日本に行きたい」

とまで言い出す。

そこで、大平は、妻のリラの敵を探すように言いつけて、日本に残してきた未来のことを思い出した。その後の未来の行動を知り、仇が見つかったかどうかを知るために、この男を、利用するという感がひらめいた。

大平は、その青年九九九五四五二号を、連れて、山陰に作られた秘密の港に連れて行った。そこには小さな帆船が隠されていた。それは大平自身が大伴らと離反した時、島を抜け出すためのものであった。

「さっきのことは水に流そう。元気でな、これに乗って日本に行け、いいか、これから北に北に進めば、黒潮に乗ることが出来る。黒潮に運ばれてゆけば、いやでも日本近海に到着する。後はお前の腕次第だ」

青年は承知で、自ら帆船に乗る。

「これをやろう」大平はネズミの番いが入った籠を渡した。

「こいつを殖やして、いざという時に食うのだ。いいか。日本に着いたら、未来を探し出し、未来にリラの敵を探し出したら、必ず仇をうつように伝えてくれ。いいな。」

青年は承知して、海に出て行った。

 

 

マダムの真実とは

 

話は、日本の東京に飛ぶ。世界の大都市、東京には何十万という風俗営業が栄えている。その中でバー・パイパニアを知らない奴がいたら、プレイボーイとしては偽物である。それは銀座のシャンゼリゼ通りにある、ちょっとしたビルの地階にある。その風情は、あの有名な「数寄屋橋」を思い出してもらえばいい。

この店の特色は、女形の無性人間が、ホステスとなって、人間のホステスにない無性人間特有のサービスの良さが、客を呼んでいるのであった。とくに中年の男客は、常連になると普通の女性ホステスのサービスなんか馬鹿らしくなる、という評判だった。ここを作り上げたのが、無性人間第一号の未来であった。ここを根城に、仇を探していた。

やっと仇の目星がついて、その男と今夜、秘かにデートをしようという日に、無性人間の風来坊が飄然と現れた。

「未来という人を探している」

「未来は私よ」

すると、成年は太平天国から脱出したことを述べ、今朝東京湾に着いたことを語った。

「総統があなたに力になってもらえって」

「パパのそういう話ならゆっくり聞くから、今日は食べものを取って、ゆっくり休みなさい。何日も食べていないのでしょう。

私は、今まで東京を転々としながら、ママの敵を探ってきたの。パパが何年かかっても仇を打ってくれという相手が、ようやく浮かび上がってきたの。その男はママを殺した下手人のボスなの。今夜はその男とデートの約束をしてあるからこれから出掛けるの。だから待ってなさい。あなたの話はそのあとで聞くわ。」

と未来は言って聞かせ、外出の用意を始めた。

 

「ママ、黒滝さんがお待ちです」

とボーイが呼びに来た。黒滝はかつて太平一家が、木座神や黒主の仲間達から逃げ出した時、殺し屋を雇ってリラを殺すことを、木座神が頼みに行った暗黒街の大ボスであった。黒滝は太って、頬に傷のある、いかにもそれとわかる大男であった。二人は高級車で、一路、箱根の仙石原へ。一風呂浴びてのんびり長椅子に横たわる。

「お前と知り合ってから7年、お前が無生人間とは知りながら、お前の気立ての良さに惚れてこうして長い間、付き合う羽目になった……」

「ねーパパ今日こそあの事教えてよ」

「だが何故そんなこと知りたいんだい、あるやつに女を消してくれと頼まれてな、後をつけさせたがうちの若い者が、女はやつけたが、どういうわけか二人とも首をつっちゃいやがった」

「それをパパに頼んだ人まだは生きている」

「木座神とか言ったな、あいつ南洋の島を買って、天下泰平とかいう人間を連れて移住しちまいやがった。」

「うーん、パパ、寝る前にもうひと風呂入らない、私も一緒に入るから」

その風呂場の中で、未来は黒滝の背中ら思いきり短刀をさしこんだ。返す刃で、自分の胸に短刀をちょいとさした。女形無性人間の胸は、空気が入っているだけだ。シュウッと音がして、空気ぬけて出るだけで、男型に変わってしまう。

彼はそっと宿を男として抜け出してしまえばあとは分らない。現場には黒滝の死骸だけが残り、事件となった。

その報道を耳にする頃、未来は紳士として、新幹線の中いた。被害者と一緒にいたクラブ・バイパニアのマダム山下春子が行方不明と伝えられる。未来はスーツケースと、オッパイ用のビニール玩具を新幹線の窓から捨てて、紳士然として、クラブ・バイパニアに出勤した。するとホステスの一人が、「今警察が来ているの、ママが犯人だといっているわ、いくら男になっていても危険よ」

「きょうからわたしは、ママの兄なのだ、警察などごまかせるよ、安心しな」

早速刑事に会うと「お前が犯人だ。いかに男に化けても、マダムの顔にそっくりだ」

「あははは、そんなことは証拠になりませんよ。大体ね、無性人間というのは、殆ど似た顔をしている、妹に似ているからと言って私が犯人になりませんよ、よく似た女形無性人間は、今は十万人ほどいるわけですよ。それを全部集めて、だれがここのマダムか決めるのは太変でしょう。ゼンブ調べるのに十年はかかろうというものでしょう。その十年にうちには新たにどのくらい無性人間が入ってくるかわからんじゃないですか、それでも捜査なさいますか、私は逃げも隠れもしない。此処にいますから」

「うーん、あんたはわしをからかっているのかね、しかし大変なことだ」

 と、刑事も音を上げる。

「それよりここのマダムが口を滑らしたことがあるんだが、黒滝という男は十四年前、人を殺していて、後一年で時効になるから安心だといっていたと聞いてます。そういう犯人は逃していいのですか、なんでも木座神という男に頼まれてやったとか」

出直してくると刑事は去って行った。それから、未来を頼って小帆船で日本に、太平天国からやっと脱出してきた、九九九五四五二号の青年は、太平天国の総統が、どんどん無性人間をつくり、家畜のように売りまくり、その上、自由を要求すればすぐ死刑にする、ひどい奴だと主張する。天下泰平は独裁者で、我々は自由を獲得すまで戦うと息巻いた。未来はあなたの気持ちはわかるが、パパはそん人ではないと説明しても、どうしても納得しないのであった。いずれわかることとして放っておくことにした。

 

冷凍精液丸焼け

さて、肝心の太平天国でも、時の流れとともに、大事件が進行してゆく。ある日、大伴黒主は、太平と雑談の折、冷凍精液は二十兆六千万人分も貯蔵できて、太平天国は安泰だと威張ってみせたうえ、これで太平の役割は果たされたも等しい、太平が、日本に帰国したいなら、日本へ里帰りしてもいい、と太平にいった。望郷の念に堪えてきた、太平は黒主の話を聞くや、飛び上がって喜んだ。黒主は「君が望むならばだ」という。「俺はこの日を待っていたのだ」早速荷造りに取り掛かろうとした。と、黒主が押しとどめるような手つきをした。

「盛大に引退式をやろう。その前に去勢手術をする」

「去勢?」

「そうだ。君にあちこちで精子をばらまかれてはたまらんからな、二度と精子を作れないようにする!」

この言葉に天下の太平も我慢ならなかった。

「ふざけんな!もうこれ以上俺の体に手を触れさせねーぞ」

「手術を受けないのなら、島から出て貰うわけにはいかんっ」

太平はその小さな体ごと、大きな黒主の体に渾身の力で打ち当たって行った。

「ああ友情もこれまでだ」

黒主の上にのって、噛みついた。

 

ちょうどその時、まさにその時を同じくして、すぐ近くで、どっかーん!と物凄い爆発音がした。そしてゴーッと巨大なものが燃え上がるような音がした。それが大火事になってゆくのが、手に取るようにわかった。

「あれは無性人間製造工場だ」

窓から覗いた黒主が叫んだ。伝令の報告も来た。黒主が、

「総統!精子貯蔵庫が火元らしい、行ってみましょう」といって駆け出した。

「じゃ20兆6千億の精子は、モロにやけちゃったんだ」

この場になっても悪党は悪党である。黒主は

「総統、おめでとう、どうやらあなたは去勢されるどころか、またぞろ冷凍精子をつくるために頑張って頂くことになりますぞ」

この一言が、太平の黒主に対する気持ちを決定的にしたのだった。そうとも知らず黒主は

「故意に誰かが爆発させたんだ、必ず犯人を取らえるぞ」と現場に急いだ。大平も駆けつける。

なにもかも灰になってしまっていた。

「こりゃひでえな、20兆6千億のものわが子の元よ。安らかに昇天せよ、われが妻、リラのフトコロに還れ」と祈った末に、太平が、足を運んだのは酒をのむ場所だった。

 

大伴黒主のところに、木座神昭も飛んで来た。焼け跡を見ながら

「大損害もいいところです。二十兆六千億も性が焼けたことは、少なくとも、あと十年後の太平天国の存続を危なくします、がこの商売にはツキもあれば、はずれもある、そこが呼屋の醍醐味でしてな、アハハハ」

と余裕を見せた。そして「総統にも一度、冷凍精子をつくってもらえばよろしい」と平然として自家用車に乗った。そこから電話で命令を下した。

「今日から総統の食事はA級強性食にきりかえろ、レバーとウナギは超特急輸入品に切り替えろ」

 

 

 

 総統の逃亡

 

黒主はまず犯人を捜すことの方に頭がむいた。近頃は無性人間人の中に反抗分子もいるらしいし、また外からバイヤーの誰かか、それともスパイか、と黒主は様々に考える。つい組織を上げて犯人探しの徹底を命じた。

その結果、一人の可憐な女性役の若い無性人間が挙げられてきた。9904151号という、食堂で働く者だった。

「時限爆弾とは知らず、容器をおいてしまったのです」

黒主もこんな少女のような人間が、爆弾を爆発させるとは思えない。彼女を問い詰めてゆくと、その鞄を危ない場所に置かせたのは、リーチ総統夫人だということ分った。かつての端正なパイパニア医学将校も今や、総統夫人として威張り散らしていた。身体もブクブクと太り、鬼のような権柄づくの女に成りきっていた。

裁判の結果わかったことは、天下泰平が、昔の妻リラに似ているところから、その若い女性型を酒舗に連れてゆき、しばしのあいだ疑似恋愛の時間を取っていたことが分った。それに嫉妬した総統夫人が、9904151号を亡き者にしようとして、時限爆弾を詰めた袋を、どこかに運ぶように命じた。その間に爆弾は破裂して、9904151号は、死ぬという計算だった。

所が、精子倉庫の場所に彼女がその袋を忘れたため、20億の精子が燃えてしまった、という事実が判明した。

9904151号が裁判にかけられることになった。すると無性人間多数が一斉に立ち上がり、「無罪」の旗をかかげ、そのデモ隊が裁判所を取り囲み、抗議デモで、大騒ぎとなった。

総統夫人が証人として呼ばれることになった。総統夫人は自分が9905141号を亡き者にしようとした原因は、大平総統にもある、だから彼も証人台に立たせるべきだと都合のいいことを言った。これで裁判は目茶目茶になった。

裁判長の黒主は、9904151を有罪にすることで、事を決着した。死刑の判決を出した大伴黒主は木座神の抑えるのも聞かず、デモ隊に向けレーザーガンを備えさせた。

おさまらないのは、裁判所を取り囲むデモ隊が、「無罪」「無罪」と一層騒ぎ立てるのだった。死刑の執行を知ると、デモ騒ぎは大きくなった。そこを大伴は一斉射撃して、デモ隊を皆殺しにしてしまった。

一方、太平の方は何とか報復したい。食事のとき、一つの手を使った。彼女に食事のとき常用していた強壮剤を黙って、欲望を抑える強力な鎮静剤に変えて置いた。ベッドに入って意気盛んだった彼女が急に動けなくなった。

「あーたどこへゆくの

「うるせいな、こんな国からは、もうおさらばだ」と逃げ出していった。

大平が行った先は、外国に売られるため、延々と岸壁に並んでる無性人間の行列のなかだった。

彼らは半分は北ヴェトナムに、半分は南ヴェトナムに、売られてゆくのだ。狭い船倉にぎゅう詰めにされて、送られてゆくのである。そういう彼らは何もかも捨ててきた、大平を大歓迎してくれた。

「総統、ぼくらに出来ることは何でも」

「総統なんて水臭いこと言うなよ、だ、父ちゃんと言ってくれ、皆はおれにとっちゃ、みんな息子なんだから」

狭い船室も和気藹々としてきたが、彼らの半分は、北ヴェトナムに、半分は南ヴェトナムに売られるのだ、兄弟が近代兵器で殺しあう運命にあるのだ。それを思い、あかない窓に顔を押しつけて、涙を流す太平だった。

 

 

木座神のとっておきのアイデア

 

その頃太平天国、太平が消えていなくなってから半年、リーチ夫人はノイローゼで寝たきり。大伴黒主は「太平が消えてから上手くゆかんことばかり、太平はベトナムに行ったということ以外にあとは分らん。何とか行き先を突き止めて、引き戻さんと、国の一大事」と嘆けば、木座神も「私の商売も順調にいかん、それも総統がいないために不安がられるからです。」

とは言いながら、木座神は「私にはとっておきの手がありますからな」と悠然としている。

今まで無性人間を売っていたバイも三倍も儲かる方法です。つまり木座神明一世一代のユメですよ。戦争ゴッコですよ。

史上最大の戦争ショウ

ですよ。無性人間の軍隊を二つ、ぶっつけ合して戦争させる、お金を取って、それをお客に見せる」

「なんだって!」

流石の天下を狙う大伴黒主も仰天する。しかし、悪玉の木座神は悠々としている。

「昔陸軍の大演習というのがあった。あれです。つまり無性人間を紅白二つにわけて、戦争ごっこをやらせるのです。勿論、ただの戦争ごっこではない。重火器も戦車も使います。無性人間も何千人かは、死ぬのです」

と、木座神は熱弁をふるうのであった。

「これをお客さんに見せるのです。テレビにも中継し、どっちが勝つかクイズもやるんです」

「いったい、どうやって見せるんだね」

まだ科学者の大伴黒主には見当もつかない。

「大ヘリコプターで空中から見せるとか、安全地帯みたいな物を作ってそこから見せる、または一日に何回か観光バスを出すとか…」

「いくらなんでも危険極まりない、流れ弾にでも当たったらどうするんだ」

「一発大当たり、無性人間の看護婦を差し上げる、また無性人間何人でも殺す権利を差し上げる」

「馬鹿、弾に当たったらおしまいだ」

確かに人間は、戦争を第三者として、見るのは、大好きなことは確かだ。

 

ここで漫画を離れて現代の日本の世相の一端に触れて置く。

最近「戦争という見世物……日清戦争祝勝大会潜入記」なる、単行本を出版(ミネルバ書房)した変わった大学の先生がいる。初めて対外戦争に太勝利をしめて、有頂天になっている日本人を描いて興味を引く。

現実に憲法改正の問題をはじめ、対中国、対朝鮮半島始め、アジアだけでも、権力者と民衆が対立している国がいくつもあり、国際情勢は何やらきな臭い匂いが、漂い始めた昨今、こんな本を出す大学教授の心境は恐ろしいような気がする。それはそれして後で論じよう。

 

ここでまた漫画の世界に戻ろう。漫画の中ではあるが、木座神という男が実行しようとしていることは、その戦争の実際見本を見せようとしているわけだ。日本の万博開催にひっかけて、日本でやりたいと考えている木座神は、ついに総理大臣を口説きに出かけることになる。

その黒主と木座神の密談は人のいない山の散歩道で行われたが、太平天国の支配者の動向を探っている青年が、藪の陰で、彼らの話に聞き耳立てていた。

「この話は絶対に秘密ですよ」

「もちろんさ、無性人間どもに知られたら大サワギになる」と言って二人は分れたが、黒主が官邸の玄関まで下りて来たとき、一人の警護の青年にあう。その履いている長靴が泥に汚れているのを見た黒主は、懐中から電動銃を出して「お前は我々の話を聞いたな」と一言のもとに殺してしまった。

「この頃の無性人間もヘンに目覚めてきたからな」と黒主は言いながら何事もなかったように去る。

 

当時、太平の最初の息子の未来は、母親の敵を探すうちに、次第に権力に近づき、その堕落振りと、無性人間に対する無法な対処の仕方に、憤りを感じ始め、ひそかに同志を集めて、無性人間の人権を確立する運動を起こしている。そのアジトに、黒主に殺された青年の遺書が郵便で送られてきた。おそらく彼が殺された場所の近くに、ポストが偶然存在したのだろう。

アジトに集まった同士の前で、未来はその遺書を読む。

「この遺書によれば、身の毛もよだつような恐ろしいプランが進められているらしい、その名も『史上最大の戦争ショウ』というのだ。それに対するわれわれの対策も、立てておく必要がある」(続く)

私の手塚治虫(17) 峯島正行

  • 2014年2月3日 12:31

太平天国の輸出品

 大伴の真黒な腹の中

 

手塚 畢竟の大作 「人間ども集まれ!」

手塚 畢竟の大作 「人間ども集まれ!」

パイパニア戦争が終わり、生物学者大伴黒主は、天下太平、ゲリラだったリラ、パイパニアの軍医大尉だったリーチ、それから、生まれたばかりの第三人間の赤子とともに故国に帰国した。大伴はそればかりでなく、太平の精液を搾り取る、精液搾取機、その精子と卵子を受精させる設備、受精卵を成育させる装置、生まれた赤子を育てるベッドなどを持ち込むか、日本で調達した。
大伴の腹は太平の精子を独占し、それをもとに大量の第三人間を生産(?)し、これを商品として売り出す、という計画である。
その商品というのは、第三人間とは言え、人間であるから、奴隷商人と変わりない。第三人間の使用法は、第一に兵隊、あらゆる低級労働者や、ロボットの代用、芸や闘争を仕込み、さまざまの娯楽の演技者にすることなどである。そのうち最も大きい需要としては、戦争が絶えない世界中に、兵士として売ることである。
男の性器から放出される一回の射精液体には、1億から4億という精子が、精漿(液体成分)の中で泳いでいる。精子の形はおたまじゃくしのような形で、頭部はDNAの詰まり、運動エネルギーの詰まった中部、その下に推進運動を行う長い尻尾という形である。これは全生物みな同じである。
この性の群れが、女体の膣の中に放射されると、ただ一つの卵子に向かって突進して、それと合体し、受精しようとするのだ。ただ一匹の精子だけが、卵子に受精を果たす。そこから赤子へと成長する。他の精子も受精能力がないわけではないが、生存競争に負けた何億の精子は、すべて死に果てる。
ところで天下太平の精子に限っては、尻尾が二本あることを、大伴黒主がパイパニアの研究室で発見したのである。彼が勝ち誇ったように、これは新種の発見であって、人間の突然変異だと断定し、彼の子供を試験管ベイビーとして育てると、はたして生殖器の無い子供が生まれた。
学者として偉大な発見だと気負った黒主は、その第一の赤子に未来(みき)と名づけ、パイオニアのゲリラの女兵だったリラに育てさせ、太平と一緒に住まわせた。
二人で一つ家に住み、子供を育てるとなると、自然の成り行きから夫婦のような存在になってゆくのも、やむを得なかった。
しかし、男女の交わり結ぶことは、前に述べた、契約を盾にとって、絶対にさせなかった。その契約書の内容をもう一度説明すると,天下太平は、その精子をすべて黒主に提供すること、その精子を種に出来た子供は共同して育てる、その子供が生みだす利益は、すべて太平の所有になるというものであった。
その第三人間の子供を生産するため、太平を、セックスを刺激するような食物を与え、同居しているリラに性行為を仕掛けるようになると、精液搾取気に放り込んで、彼の精液を搾り取るのであった。
その精液から精子を、化学的に搾取して、それを冷凍保存させる、これが、頭目の黒主の仕事であった。そしてとき到れば、手を尽くして、手に入れた卵子に受精させて、第三人間を培養するのであった。
如何にして卵子を手に入れるかという問題は、最初のパイパニアで卵子を搾取したこと以外は、手塚はどこにもよく説明していない。
その太平が、リラ、その他の女性と一切の性交行為をさせないための監視の役目を、パイパニアの女性将校だった、リーチが務めた。大平はリーチの魅力にひかれていることも、事実だった。
パイオニアの戦場にいるとき、彼の精液を抜き取るために、このリーチ大尉が,寝室で、女としての挑発行為をして、太平を刺激して、精液搾取機に、太平の肉体を放り込んでいた。リーチは軍人であっても、女として化粧すると黒主でも、ちょっとイカれるほどの、美貌の持ち主であった。
黒主は自分たちが故国に帰るときに同行してきて、東京の銀座を想定させる盛り場にクラブを作り、そのマダムを装っていた。
そのクラブというのが、手塚さんがよく遊びに行って、マダムと親しかった、銀座に今も健在の「数寄屋橋」の店が連想されるような作りに描いているところが微笑ましい。
何かと、太平に接して、彼の家庭的な気持ちを捨てさせようとするマダムリーチと、次第に太平とセックス関係はないにしろ、夫婦然としてきたリラとは、犬猿の仲になるのも当然だった。
黒主が、第三人間の商品化にとって、もう一つの障害だと思っているのは、太平が育てている子どもをすべて自分の子供、家族と思い、家長として、リラに協力して育てていることである。
大伴黒主は、そういう太平を洗脳し、第三人間を、商売の種、所産と認めさせなければ、この商売は、うまくゆかないと考えていることだ。
その洗脳の役目まで、マダムリーチに負わせていた。
なにもかも同じ子ども

帰国以来、6、7年の年月が立った。
大伴は試験管で作った子供をつぎつぎと誕生させ、長子の未来を含め、五十七人の赤子が生まれた。大平は,未来(みき)からこの大勢の赤子まで、すべて自分の子、つまり家族としてリラととともに育てている。
長子の未来は、自然、周辺の子供から、特別に好かれ、子供同士が未来の取り合いをしでかし、近所の大問題となった。子供ながら、女でもない男でもない、中性的魅力が他のこどもをひきつけたのかもしれない。当時の日本の風俗としては同性愛が流行し、男女の差別が無くなってきた世相に対応して未来が、子供から好かれたのかも知れない。これはそのあと生まれてくる、第三人間に共通した性情であることが分ってくる。
未来はまた、子供の仲間にはっきり男女の区別があるのを知り、「自分は男か女かはっきりさせてくれ」と迫って太平たちを困らすのであった。
泣きわめく未来に、大伴博士は「馬鹿、なんだ、お前が不幸なもんか、あと一〇年たってみろ、未来のような人間が、東京中にうじゃうじゃ生れてくるんだ、お前はその総大将だぜ」
と慰めにもいいわけにもならないようなことを嘯くのみであった。
ところで五十七人の赤子たちは、それぞれ育児籠の入れて育てられているのだが、泣き出すときは一斉に泣き出す。泣きやむのも一緒だ。排泄の時も一緒だ。リラなどは、「次に泣くのは五時ね」など周囲のものに言って、その用意をさせている。
大伴博士は「同時にミルクを欲しがり、同時に排泄し同時に寝て同時に起きる、あの子たちは先天的に団体行動をとる性質がある、そこが売り物だな」
と秘かに口にする。太平の方は「俺の息子はみんなバケモノばかりだ」と嘆息する。
それを聞いた黒主は「バケモノじゃない。立派な新人類だぞ」と返す。太平は
「それがおれにとって何の得になるのかっ」
「なんの得といったな。天下太平、ついに損得を考えるに至ったか。OK,それなら教えてやろう、その言葉を君から聞くのを待っていたのだ。これからすぐリーチの店に行こう、引き合わせたい人物がいるのだ」
太平はリーチが今は、好きではないし、そのクラブにも行きたくなかった。だがこの際は仕方がなかったろう。リラが猛烈に反対したが結局行くことになる。
残されたリラは、未来にしみじみ言う。「パパがママやあんたから気持ちがはなれてゆくのはさみしいのよ……」

銀座の繁華街らしきネオンで彩られた騒がしい街へと黒主は太平を連れてゆく。店では華やかに装ったリーチが待っていた。すぐに奥の部屋に行く。そこには久しぶりの人間が待っていた。木座神昭である。いまは外国から芸人や芸術家を呼んで興行する、いわゆる「呼びや」となっている。既にアメリカの有名歌手などを呼び成功させているという。怪訝な顔の太平に、木座神は、おもむろに話すことは次の通りであった。
1、 今や戦争は一種のショウみたなものである。
2、 センセーショナルなゲバルト、残酷なスペクタクル……
3、 血、スリル、涙、感動等賞の要素は十分にある
4、 だから戦争を見世物にすれば大儲けができる。
 
大平は「大演習でもやるんですか。だけど本物の迫力にはかなわんでしょう」と聞く。木座神は答える。
「本当の戦争を買う。政府と取引して、戦争を始めてもらう。国交断絶したり、一触即発の国があればその戦争を買う。適当に戦争をやらせてお客に見せてお金を取る。」
「だが人が死ぬぞ、兵隊はどうする」
「第三の性人間がいるでしょう」
「君はあの子たちを使うのか」
「先生、この話は真面目なのかい」と黒主にも食って掛かる。
「あの子たちは女でも男でもない。いわば兵隊アリだ。そういうために使ってもおかしくない」
そして大伴は立ち上がって、「では諸君この新事業のために乾杯しよう」という。
「では第三の性、いや無性人間のため天下太平さんのために乾杯、あなた方はじゃんすか生産してくだされ」
流石の大平も、「大伴黒主先生!俺は君を見そこなった。偉そうに聖人面して研究しても、一皮はげば只の商売人じゃないのか。
「うるさい!学者だって金が要るんだ」

木座神も黒主も去った後、リーチと太平の二人だけになった。リーチ大尉、黒主とい
う男は、ありゃ大変悪党だよ、きをつけろよ」とやっと黒主の正体がわかったというようにいう。
「今にはじまった事じゃないわよ、さあ二人だけの時間になれたのよ、」とリーチは女の手練手管、言葉の限りを尽くして、自分になびかせ、多くの赤ん坊を、単なる商品と思うように、口が酸っぱくなるほど口説いた。太平はついに、なびかず帰って行った。
深夜、リーチは黒主に電話をした。
「太平は今帰ったわ。あなたの言われたとおりにしたわ。あの男だいぶ心がぐらついたようよ。」
「早く天下泰平を君になびかせて、洗脳するんだ。やつはまだミキやほかの赤ん坊を、わが子だという気持ちを持っている。それを早く切り返させるんだ!あの子たちは単なる『商品』だとわりからせろ。そう思いこませろ、でないと、事業は成り立たんからな」
「分ってるわ、でも困ったの、あんまり彼が純情なんで辛いわ」
「ばか!」
しかしこのことの失敗が、結局彼らが将来、破滅の到る元になるのだ。
そして、リラと住む太平を心から優しいのは、長男のやはり未来しかいなかった。未来は言う。五十七人お兄弟がいるけれど、パパは僕たちが、一〇〇人になって捨てないでね。パパはママをサディスティックに扱わないでね」
「なにを抜かしゃがる。がきのくせに」
「でもパパとママは一度も肉体関係を結ばないんだってね、一人ぐらいママのおなかから生まれた兄妹を作ってよ。ずっと人工授精で、子供を作ってるなんて、それじゃ夫婦として淋しいと思うんだ。」
早熟な子供の言葉に大平は泣かされるのだが、大伴との契約によって太平は生きているかぎり、黒主の言いなりにならなければならない。その契約書をもとに、大平、大伴、木座神とともに、第三人間育成会KKという会社を作っている。
大伴は言う。
「君は種馬だ、種馬は体が大事なんだ、精液は一滴なりとも残らず採れ、冷凍して保存しなければならない」
或る時リラの体に性欲を感じて近寄ろうとすると、天井からするすると錨が下りてきた、太平の体を掴まえると、するすると天井にのぼり、太平の体を精液搾取機に放り込んでしまうのだった。大伴はそんな恐怖の装置まで作って、太平を抑え込んでいるのだった。
南海の孤島を買う

そのころ丸の内のような場所にある木座神の事務所では、真っ黒な皮膚の巨体の男と、交渉中だった。巨体の男は南方に領土を展開するネグロジェ王国のガラモン事務官である。彼の国が持つ太平洋上の無人島を、木座神は買おうとしているのだ。相手側は、島を坪50ドルで売るというのを、50円に値切って買おうというのだ。その時のドルは、まだ円より強かったのだろう。ついに交渉は成立、木座神は、安く買ったと威張っている。
木座神がただちに黒主に電話、太平も一緒に、すぐに現地に三人で飛ぶことにした。太平の家ではリラは、リーチも一緒と聞いて、ゆるさないと大喧嘩となったが、未来がいつか仇をとってやるからと慰め、やっと出発となった。リーチは、母を想う未来の妨害にあって、ついに参加できず、結局、三人で出掛けることになった。
空港で、向こうの事務官を紹介され、その恐ろしい姿に、太平は怖気をふるうが、とにかく小型旅客機に載った。飛行機は南西に向かって飛び続ける。ニューギニアを過ぎ、東に向きをかえ、東へと飛ぶ。やがて美しいサンゴ礁が見えてくる。木座神はその無人島に降りるよう指示する。
降りると、王国の皇帝ネグロビア32世が出迎えた。ネグロジェ国は極端な財政難に陥っているので、島を買ってくれて感謝していると、王様自信が説明する。
「シマカッテクレテカンシャスルアルネ、ワガクニハザイセイキンパク、ニクカエヌ、タンパクシツ、シボウフソク、オオムカシノシュウカンニモドリニンゲンノニクヲクウヨリシカタナイ……」
一同ゾーッとする。
「トコロガニホンジンガシマカッテクレタノデタスカッタ。クンショウヲサズケル」という歓待ぶり。
木座神は得意、依然として、私はこの島を坪五円で買ったと自慢し、黒主と太平を相手に「よろしいか、ここに無性人間の国家を建設するんです、総予算五〇億円、これはテキサスの成金が出してくれました。凄いでしょう。」
とぶち上げる。
黒主は驚いて
「この島は我々のものなのか」
「さようあの王様のものでもない、日本領でもない、私どもの名義です。だからあなた方は日本国籍から抜けてもらう。」
「日本人じゃなくなるのかい」と太平が聞く.「そうです。第三の人間を増やすには、日本の法律が厄介すぎる…。まず移民でもしてもらいまして」
さすがに黒主も、うーんとうなり大きな体を震わせる。
「そしてここに政府をつくり、新国家として発足させます。ここに宮殿と官庁街を造ります」
それを聞いてさすがに、太平はおれ帰る、と言い出すが、無理やり宮殿建造式の杭を打たされ、真っ黒な肌に日本の着物を着た娘の接待まで、受けさせられる運命となる。

それから7年の歳月が過ぎた。
太平の子供二百十四人にふえた。未来以外の最初の子供が学齢期に達している。太平は彼らの様子見ながら、つぶやく。
「起床も同じ食事も同じ排泄も同じか、トイレをもっと増設しなければならねえか」
大平は彼らを眺めながら言う。
「そんなこといいたかねえけどな、彼らの成績というのが五十六人が五十六人とも、同じと来てやがる。せっかく無理をして越境入学させても、別な学校に入れてやったのによ。お前たちの学校の成績は体育四、国語四、算数四、図工三、お前たちの成績は五十六人が五十六人がとも一点もたがわず、同じ点を取ってきやがる。あそこまで調子を合わせなくとも、一人くらいつむじ曲がりがいないのかい。」
笑い出すにも、止めるのも一緒、言い合から、飯を食ってこいと言えば全部一緒に立つ。
「あいつらは一日の行動を統制されているんだ、と黒主のおっさんが言ったよ」と未来が言う。
「また黒主が言うには、深層意識によって、生まれつき同じ行動がとれるんだって。弟たちはお互いにピーンと通じて、何事も全員揃って同じことが出来るんだって、それを無意識中の強制っていうんだってさ。バレーやダンスの集団演技みたいなものだって、と黒主のおっさんが教えてくれた。」
「またもや黒主か」

 

リラを狙う殺し屋の銃弾

ある日忘れたころに木座神が現れた。
「お待たせいたしました。準備万端整いました。あの島に宮殿も町造りも済みました。国名を一応太平天国と名づけました。」
「いよいよ引越しと行くか」と大伴黒主。
「そう、天下さん御一家は、すぐ島に移住してください。手続一切私がやります。
天下さんには総統になってもらいます。大伴博士には国防相兼国務省兼科学庁長官、私は大蔵・宣伝相を務めます」

家に帰った太平は、すでに決心がついていた。
「リラ、俺と逃げよう、俺たちは島に連れていかれる。そうすれば奴らに一生くっつかねばならん。見つかったら契約書を盾に取られるから、見つからないようにどこかの山に隠れる」とようやく決心がついたことを、リラに話す太平だった。
「だけど子供たちはどうする」
「ミキだけ連れて行こう、遠足じゃあるまいし何人もゾロゾロ連れてゆかれるか。未来だけはおれたちの子供だ、いうことははっきりしている」
未来を起こし、ことの次第をのべ、三人の人間は、闇に消えた。
感の鋭い、大伴はかすかな自動車の走る音を聞いた。太平は直ちに起きあがると、太平の寝所にやってきた。そこはもぬけの殻だった。大伴は仰天、直ちに、木座神に電話した。
太平を泳がせておくと、どっかで子供を産ませてしまう、そうすると太平天国が儲けを独占できない。また自分たちの科学知識を悪用したことにどんな反動が、押し寄せるか、分ったものではない。彼が最も恐れるのは、神の所業を横取りした、罪の意識を世間にばらまかれることだ。
「なるほど、これは大変なことだ」
やっと事の重大さに目覚めた、木座神は早速暴力団の大物と連絡した。
一方、山奥の温泉地に着いた三人はそこで一泊、あとは徒歩で、山を越えし、知らぬ山里で暮らす方針であった。山中の温泉宿だが、結構設備も整っていた。
その夜、太平とリラは初めて夫婦に契りを結んだ。前から二人に同情していた、息子の未来は、喜んで二人を祝福した。
三人の逃亡を知った、黒主と木座神の二人は、驚き、あわてた。何しろ金の元になる太平に逃げられては今までの苦労は水の泡である。木座神は暴力団関係に詳しいはガタナベプロの社長に電話をかけて、苦情を訴え。殺し屋の親分黒滝組の組長を紹介してもらった。直ちに黒滝にあい、相談に乗ってもらう.黒滝は二人、その筋で知られた男に、天下太平一家を襲わせた。
太平は宿から山越えして、隣国に逃げ込む計画であった。残念なことの肝心の太平が山越えで伸びてしまい、三人でなんとか山を越えようとするとき、足が痛くて、予定どうり進まない。
そこを殺し屋に付け込まれ、一発の銃弾で、肝心のリラが拳銃を食らってしまった。動けるものは、未来一人だ。先天的な怪力を持つ未来は殺し屋をあっさり、縛り首にして、大木にぶら下げた。
後は殺し屋を頼んだ人間を探すことだ。。
二人は、元の旅館に一応帰ることにした。そこには既に、大伴黒主と木座神昭が待っていた。
途端に未来は逃げ出した。「俺は本当の敵を探すからな」と言った。「頼む」と言って太平は、再び大伴、木座神の軍門に下った。
未来がごみ運びトラックに乗り、逃げてゆくのをみてから、太平は空港に向かう高級乗用車に乗った。
これが運命の分かれ目となることも知らないで、「もうクヨクヨしたってしようがない、あなたは日本人じゃない、あなたはもう太平天国人でしょう。過去は忘れなさい」
「そんなちってもリラのことが忘れられるか、リラはに女房だ!」
「これから先は私よ」とそこに顔を出したは
「リーチ大尉!

 

 木座神の死の商人振り

何時の頃からか、そこに大平天国という独立国が出来た
この国が世界のひのき舞台にのし上がったのは、その国の輸出品だった。なにを輸出するのかって。
勿論人間であった。
バイヤーがやってくる日、まず迎えるのは売り物の軍隊が行進から、バイヤーたちに見せる。一糸乱れぬ行進である。全員鉄砲を肩に担いでいる。
先頭の指揮官が、「総統に敬礼!かしら右!」という号令がかかる。総統はしずしずと壇上に登る。そして右手をさっと揚げる。
総統はマイクに載せて声高らかに喋りだす。
戦時中のどこかの国の総統と同じ格好、その著「わが闘争」の一節を声色そっくりにがなり立てる。大平総統もかなりきつい訓練を強制されたものらしい。

「アルゲマイネ ナハト マインカンプ!」

バイヤーの群れの中では、木座神宣伝相がしきり説明する。
「あの方はこの国の総統です」
一人のバイヤーが感動の声を漏らす。
「あの演説はヒトラー総統そのままじゃないか。わしは懐かしゆうて、懐かしゆうて」
すると宣伝相は、
「さようこれはバイヤーの皆さんへのサービスです」
「それにしてもありゃ全く、ヒトラーとおんなじだね」
その中の一人は感想を漏らす。
「では次に参りましょう」という、宣伝相に案内で行った先は「ほう、こりゃローマの決闘場だ」と見学者の一人が驚愕の声を上げる。宣伝相の合図とともに、ズーンという音が響き、赤い灯火がちらちら瞬く。その瞬間二つの門から短刀を持った男がでてきて、二人は対峙する。
「決闘だ」
と一人のバイヤーが叫ぶ。二人の戦士のうち一人は倒され、とどめを刺される。
「殺人だ!」
木座神宣伝相は得意然として、ぶち上げる。
「この国では殺人は完全に合法的です。なぜなら彼らは、闘うために生まれてきたからです」
「しかしあれでも人間だ!」
「無性人間です。いや人工人間ですな。世間一般の人間とは違います」
「でも殺人には違いありますまい」
すると宣伝相はいかり気味に
「あなた方なんです。戦争に使うためにこの国へ軍隊を買いに来られたんでしょう。戦争には、人間や軍隊を必要なんです。
そういう人間や軍隊を、私どもの国では格安に、お売りするのです!」
ここを先途と、宣伝相の言葉はだんだん熱を帯びてくる。
「規律正しく忠実で、勇敢で死をも恐れない無性人間だ、買った、買った」
いまや宣伝相の言葉は町の商人と変わらない。
「黒人のためにも死ぬかね」
「当然ですとも。主人には忠実なもんです」
「よし買った、我が国は五千人」
「わしの国は一万だ」「三万は欲しい」
 完全なる売手市場と化した。
宣伝相は得意満面。
「結構ですな、それではどうぞこちらの見本市へ、Aクラス、Bクラス、特級、いろいろあります」
ついで天下太平国の壮大なる太平天国新京の大パノラマ、諸施設を遠望できる高台に案内する。都市の一番奥に天下泰平の宮殿、その周囲に諸官庁,手前が無性人間製造工場となっている。この施設が最大の施設である。
一同はそこにつれてゆかれて、卵子が孵化させる工場から少年たちが闘う姿まですべて説明しながら、歩く。母親の卵子は世界中に出張員をおいて集めるのだ、と説明する。「こうして十五歳にしてあっぱれ一人前の戦士が出来上がるのです」と宣伝相はしつこく説明する。
島の岸壁では順列正しく、粛々と兵士らが大貨物船に乗船してゆくところを、見せる。何しろ一糸乱れぬ秩序ぶりである。
中には「気に入った男がいるが、私用に使っていいか」と聞いている変態バイヤーもいる。
「貴方が買ったもんですから、ご自由に!」
(続く)

私の手塚治虫(16) 峯島正行

  • 2014年1月6日 15:10

生殖ロボット第1号誕生

不可能な計画

医学博士・大伴黒主が本性を現す(漫画「人間万歳」より

医学博士・大伴黒主が本性を現す(漫画「人間万歳」より

「さて、次なる部屋じゃが」と言いながら所長のクランプ博士が,黒主を連れて行った部屋は、列車のように、真ん中が通路になっていて、両側にベッドが並び、取っ手がついていてベッドを引き出せるようになっていた。その通路で白い作業服を着た女たちが立ち働いていた。

赤子の寝ているベッドを説明して、クランプ博士はいう。

「試験管を親代わりに育った満1歳までの新生児だ。どの子もその親を知らない」

「今、子を育ててどうするんだ」と黒主は質問。

「さよう、今度の戦争は、二〇年は続く。二〇年たてば、この子たちは二〇歳になる。兵隊として使える」

さすがの黒主も、

「ええ-っ」

と言ったきりだった。

「教育にも気を配っている。三歳にして教育をはじめ、一五歳にして、あっぱれ一人前の兵士になる。これがスムースにゆけば、月産二千人の軍隊が送り出せる」

その教科書に、旧日本軍の軍人勅諭も利用している。

「あなたはこの計画が非人道的だと批判するでしょうね」

黒主はせせら笑って言う。

「この計画はうまくゆきません。どんなに兵士教育をやっても、ロボットじゃないんだ。彼は人間の男なんです。年頃になれば恋もするし…」

「女は与える、人工授精の慰安婦を」

「そんなもので男が満足するというのですか。恋愛問題が、戦意を消滅させる…」

黒主はクランプ博士の実験に、否定的だった。

尾が二本ある精子

ところがそこに新たな大発見が生まれた。それによって、クランク博士の恐ろしい悪夢が可能になったのだ。そうなると黒主はだまっちゃいられない、ということになった。

男性の生殖器から出す精液の中には、無数の精子がいる。その精子の一匹が、女性の卵子を受精すると、子宮の中で人間に育ってゆく。

すべての精子はお玉じゃくしのように足が一本生えている。ところが、足が二本ある精子が、この軍用医学研究所で見つかったのだ。人間は勿論どんな動物でも、生き物の精子は足が一本である。足が二本あるというは大変な突然異変であり、世紀の大発見だ。

その精子がどんな男のものか調べてゆくと、図らずも、天下太平の精子だった。クランプ博士と大伴黒主は、興奮して話し合っていた。

「この精子が受精するとどんな子が生まれるか」

「われわれは科学者として、この発見を探求する義務がありますぞ」

と大伴黒主。

「もし太平が断ったら」

「その前に彼と話をつけるんだ。ふふふ」

彼等は密談する。このとき日本の医学研究者大伴黒主は、悪魔に魂を売り渡していたのだ。

大平の精子を独占し、新人類を作り出し、それによって大儲けをするという構想が頭に浮かんでいた。

契約書の策略

パイパニアの兵士に連れられてきた天下太平にむかって黒主は、「安心しろ、もう死刑囚扱いはおしまいだ、我々は罪を許された」という。

「じゃ、もう人体実験はおさらばだね」と太平が喜ぶと、「いや別の目的で、このまま続けてもらう」と返され、大平は激怒する。

「裏切ったな、大伴黒主は!仲間を売りやがった」

怒って逃げ出そうとするが、太平は、いかに暴れてもパイオアニアの兵士によって取り押さえられてしまう。それからクランプと黒主がいかに説得しても、太平は応じない。

クランプと黒主は、太平うまく丸め込んで契約書を取り付けようとする。

黒主は

「頼む太平君、俺と一緒にこの研究に力を貸してくれ」

と猫なで声で、一通の書類を広げる。

この研究が生むすべての権利は君のものだという契約書だ。

「一切の成果は天下太平の所有となす」と読み上げると

「俺のものね、ここにサインか」

とサインしてしまう。サインを終わって

「成果とはどんなものか」

「ここで生まれる何万人かの赤ん坊は一切君の子だ」

「そんなの厭だ」と言ってももう遅い。その他の項目に、太平は今後、いかなる場合も、性生活をしてはならない、という項目もある。

太平の精液は、すべて、契約相手のものとなる。それを実現するために、太平は常時大伴黒主の管轄下に置かれる、というような項目もあったが、太平は読んでなかった。

この契約が、太平の一生を決してしまったし、人類に不幸が襲うことになるのである。

詐術的契約を結ばされた太平は無我夢中で、その収容所から逃げ出す。追いかける兵士を死体焼却炉に隠れて、やり過ごした。鉄条網を潜り抜けると、金網で囲まれ、小屋がいくつも並んでいた。女囚の収容所だ。彼女らも排卵の時期に、卵子を抜きとられるのである。

寄ってきた女の中に若いパイオニア美人がいた。彼女はゲリラで捕まったという。爆撃で一家皆殺しになり、復讐のためにゲリラになった女であった。彼女の卵子は皆太平の精子と結ばれるのだと聞いて、太平に好意を示し、いつか二人は愛を語るようになった。

「君を見たら脱走を止めて、ときどき君に逢いたくなった」

実験場の爆発

黒主の実験装置

黒主の実験装置

その時彼女が彼のポケットに、何かを滑らせたのを気付かなかった。戻ってくると、黒主が兵士たちと彼を探していた。太平と黒主との話を聞いていた兵士が、その女はゲリラだという。

「俺は初めて女にもてた。ゲリラでも女、熱いキスの夜行軍とくら」と、

ベッドにふんぞり返った刹那、ポケットでカチカチと音がした。取り出すと、時限爆弾だ。

「早く捨てろ」の黒主の声も間に合わず、爆発した。一瞬にした研究所は灰燼に帰した。

その事故で、柱の下敷きとなり、死を前にしたクランプ博士から、契約書と天下太平の研究資料を受け取り、黒主はかろうじて逃げおうせた。

そこに焼け残ったのは、あの精虫絞り器だけだった。その焼け爛れたたタンクの口から、天下太平が顔を出した。リーチ大尉とともに、絞り機に逃げ込んでいたのだった。

黒主は太平を抱いて「ああよかった、生きててくれれば何も言うことはない」と喜ぶのだった。太平は、「あんたがそんな友達思いたあ、しらなかったよ」とオイオイ」と泣く。

しかし黒主の気持ちは違った。

「俺は最後まで君の精子をがっちり握って離したくなかったんだ」

「いやだ!」

太平は渾身の力を込めて叫ぶ。だが黒主は冷静だ。

「この契約書がある限り君は俺の所有物なんだ。君は一生かけて俺に全部の精子をくれなきゃならんのだ」

「そんな契約はしていない」

「いや、ちゃんと書いてある。よく読んでからサインするものだ」

「大伴先生、あんたとおれとは生死をともにしてきた親友じゃないか、そんな契約書破ってしまえ」

「そうはいかない。友人は友人、ビジネスはビジネスだ。俺は割り切っている」

天下を狙う大悪人、大伴黒主の本領がここに発揮されたのだ。天下を狙うために、黒主は、太平などは問題ではなく、もっとでかい目的に向かって、権謀術数を尽くすのだった。

焼け跡には、トラックが一台、焼け残っていた。それに黒主は逡巡する、太平を載せて、そこから逃げ出した。太平も実験工場の焼跡に一人残れば、ゲリラに捉えられ、殺されるに決まっている。

やっと太平が乗って走り出すと、リーチ大尉が現れ、自分も載せろと強圧的に言う。拒否して黒主は走り出す。どこまでも走って追いかけてくる。大平が、乗せてやろうといっても、黒主は応じない。

そのうちにゲリラの女隊長、リラの一味に見つかった。そして黒主の持っている重要書類を奪うべく、小銃を撃ちかけてきた。

まだ必死になって女大尉は、追ってくる。あのまま彼女を見殺しに出来ないと、車のドアを開けて、大平は飛び降りた。大平は優しい男なのだ。しかたなく黒主は車を止めた。太平は荷駄の幌の中に、瀕死の大尉を担ぎ上げた。

「人がいいにもほどがある」と、黒主は怒りながら、出発したが、道路は峨々たる山中に入ってゆく。

ゲリラは、烽火を上げた。黒主の車が山道に入ったら、道路をふさげという合図だ。黒主の行く手の岩山が、どどーっ、と崩れ落ちた。大平はスペルマを入れるゴム袋に、ガソリンを詰めて、火炎瓶を造り、迫りくる敵に投げて対抗するが、トラックの幌の中でその手榴弾が、大平の過ちで自爆したため、結局は、三人は捕えられてしまう。

彼等を捕えたのは、あの女収容所にいて、太平に色目を使い、時限爆弾を彼のポケットに入れたゲリラの女隊長リラだった。

ゲリラはトラックの中から、ついに重要書類を見つけ出す。書類には尻尾が二本ある精子をすべて、天下太平は黒主に引き渡すとあるだけだ。

意味のわからぬ女ゲリラは、「本当の重大機密があるはずだ、それを吐かすために、三人を拷問にかけろ、と命ずる。

太平は、「やい、この爆弾魔、俺は貴様に好意を抱いたばかりに、こんなことになった。貴様に恨みを受けることはしてねーのに、なぜあんなことをした」

「私の家族は何の罪もないのに皆殺しにあった。関わりの無いもの同士が闘うのが戦争というものよ」

と言いながら黒主、大尉、太平の体を砂地に寝かせ、両手、両足を開かせ、その手足の先を地に結びつけた。三人は大の字になったまま、地に縛りつけられたのだ。その上、口に上から砂を垂らした。

しかしほかに重要書類があるわけではないので、彼らのされるままであった。夜中に拷問も一休みとなった。

隠れ家で具三つの実験

[おい、もう三,四時間すると大雨が降る」と黒主が言った。

「地面の下で蛙が泣き出した。雨が降ったら手足を抜いて、逃げ出すのだ」

やがてぽつりぽつりと雨が降りだした。

「ヒー、雨だ」

と一同喜ぶが、やがて大雨になり、ついには、雷鳴が鳴りだした。すると刺激に弱くなっている太平の一物が、たち始めた。そんに立てると雷が落ちるぞ、と黒主に脅されて、ひー、ひー泣き出したが、その直後その大雨のせいか、突如周囲の岩山が崩れ、凄まじい水流がなれこんだ。

谷間は大洪水に蹂躙された。縛られた三人もゲリラも、洪水に押し流され大河となった川を、滝から落下したりしながら流されてゆく。やっと湖に入って、流れも止まった。辺りは死屍累々。ぷかぷか浮いている土座衛門の群れの中に、瀕死の女体があった。スケベ心で寄ってゆくと、それはかのゲリラ女リラだった。引き上げると、女は驚きの声を張り上げた。まことに縁は異なものである。

黒主と太平は、結局はその土地生まれのゲリラの家に居候を決め込まざるをえなかった。

事が収まると、黒主は、一人で丸太小屋を建て、ここには誰も入るなと宣言し、ひそかに、どうして隠し持っていたかわからない試験管で、太平の精子と、リラの卵子とを以って、人工授精の実験を始めた。それから幾日かたって、ゲリラ娘リラが水を運ぶふりをして、その実験室を覗いて見てしまった。彼女は、太平を攻る。

「あんたがただの日本人で、軍の機密なんかに関係のないことはわかったわ、その上あんたに助けられたから、私のうちに来てもらったのよ、まさかあんな実験をするとは!私見ちゃった。あの試験管の中にいる虫みたいなものが、胎児って言うの。あんなかわいそうなことする男に協力するの。恥知らず!出てお行き、さもないと撃ち殺す」

と、銃を向ける。「人間の子供を試験管で作るなんて、殺してやる」と銃を突きつけられても黒主は平然たるもの、「なにかと言えば人を殺す、君たちの方が悪魔じゃないのかね」

「私たちには正しい目的があるんだわ」

実験の中身

黒主は仔細には構わず、実験室に彼女と太平を呼び入れ、実験具のそばに連れてくる。試験管の中の液体の中に、虫のような小さな人間らしいものが、浮かんでいる。

「人工羊水だ。胎盤の変わりに栄養の補給コードがへその緒とつながっている。

「発育は順調だ。いま5ヶ月だ。あと5ヶ月たてば、無事空気呼吸をはじめる。見よ、この生きようとする者の偉大な力を!これでも実験をののしるか」

こんな理屈で二人は言いくるめられていく。

大平はそこで肝心の質問を発する。

「こいつの親というのは」

「もちろん天下太平、君が父親、リラ、お前が母親、腹を痛めず子供を作ったんだ」

「そんなのひどいや。浮気せず、女と接することもなく、セックスの快楽も味わえず、何にもなくして、子供ができるなんて、あんまりだ」

と言ってワーワーと泣き出す始末。

それから5ヶ月ほどたった或る夜、大平は実験室に呼ばれる。

「いよいよ生まれるのか、親の正式認知がいるんだろ」

「そんな事どうだっていいんだ。この際君にだけ話しておくことがある。」

そういわれながら、太平は大きな虫眼鏡を渡される。

「この試験管の中の赤子を見てみろ。この子はまともな子供じゃない、ということだ。

君の二本足の精子がどんな太変な子供を作ったか、よく見てみろ」

「それってどういうことだ」

と太平はぎくりとしながら、聞く。

「君の精子が突然変異をおこしているんだ。見てみろ生殖器の形が、我々と違うんだ」

太平は、眼鏡で覗き込んで、飛び上がって驚く。

「あれって男か女か、」

「どちらでもない」

「ばっきゃやろう、男でも、女でもない人間なんてあるかい」

「事実だからしょうがない,いいわば第三の性だ。だからミュータント(突然変異)なんだ。いいか、君の精を使って子どもを作ると、みんなああなるんだ」

大平は外に駆け出す。俺の子供が、男でもない、女でもない、ふざけやがって、と地団太を踏む。

平和は来たが…

そこに新たに興味ある人物が登場する。彼は「大同小異通信」の記者と称し、戦場に、ネタを探しに来たという。四角い頭に、色眼鏡をかけたキザな男で、カメラを大事そうに抱えている。名前を木座神明といい、この男が、後に、大伴黒主と組んで、世界を覆す極悪事件を起こすことは、誰にもこの段階では想像もできなかった。彼はその辺をうろつきまわって、ついに秘密の実験室を発見し、何が行われているか突き止めようとする。掴まえて追い出そうとすると、するりするりと逃げて、ついに実験室を覗く。彼はこの大実験が重大なものであることをかぎ取ったらしい。彼も優秀な記者だったのだ。

その時、駆け込んだ来た、ゲリラ娘、リラが、「戦争が終わった、平和が来た」と叫びながら、飛び上がって大騒ぎをする。その女がゲリラの娘と知って木座神は、終戦が本当なら大変だと街の方に駆け出してゆく。それはしつこく秘密に迫る、木座神を追い払うためのリラの気転だった。

ここでこの物語の主役がそろったわけである。悪魔の企画の立案者、その企画の宣伝役、企画をもとになる材料の提供者、天下太平、その女房役となるリラ。それをけん制し、悪の方策推進の幇助者となる元パイパニア将校リーチである。

やがて黒主は、「今の騒ぎで、試験管の子供が産気づいたようだ」といって、大平に湯を沸かすように命じ、リラに産着の用意などをめじる。命じられた太平は、

「こんなバカげたことにゃ、おりゃ関係ねーこった、手を貸す必要がない」という。

いよいよ分娩(?)という時に実験設備の倒壊など、いろいろ障害が起こるが、ついに分娩に成功した。

手塚の漫画の上の話とはいえ、ここに先の頁で田才益夫が、その出現の憂慮していた、

生殖によるクローン人間的なロボット第一号が誕生したのだ。手塚がこの漫画を発表したころはまだ、クローン羊やクローン牛、ましてやクローン人間的な情報は持っていなかったと思われる。しかし彼の想像力は、クローン人間のロボットをついに生み出したのである。

ホモ・パイパニアと命名

「お互いの子供よね」と太平と、リラが、今となっては仲良く、子供を抱くのであった。が、子供を裸にしてみたとき、またも太平の感情はゆすられる。

「ぎょっ」

その下半身には男のものも女のものもついてない。

「この子の下半分はおれの子じゃねーよ」と黒主に食ってかかる。

「まだそんなことを言う。間違いなく下半身も君の子だ」

「だって親の俺に似てもうつかないものがついている」

「だからミュータントだといっただろう。その子は新しい人間、新人種の第一号なんだ。並みの人間の事は、学名でホモ・サピエンスというだろう。学者として私はその子に、 ホモ・パイパニアと名づける」と、黒主は嘯くばかりだ。そこにまた、鼻のきく記者の木座が戻ってくるが、ちょうどその時、終戦のニュースが入る。リラはゲリラたちと大喜びして踊り狂う。木座神は誰にも相手にされず、何処かへ立ち去る

「戦争が終わった、これでおおおっぴらに結婚でもなんでもできる」と、リラは大平をひっぱりまわして、歓喜の踊りに夢中だ。

戦争は一方が勝てば一歩が敗ける。敗けた側の医学将校、リーチ大尉は尾羽打ち枯らした姿で、軍用医学研究所に戻ってくる。然したちまちパイパ二アの民衆に取り囲まれる。戦犯としてリンチにあい、体中目茶目茶にされる。戦犯として牢獄ぶち込まれる。

一方大友黒主は、暢気に戦勝に沸くパイパニアの街を歩いて行く。

「平和か、何が万歳だ、平和が一〇年もったためしはないのに。なぜ人間は平和と戦争を繰りかえすのか」そんな独り言を呟きながら戦勝に沸く街を歩いて行く。「おーい、B級戦犯の公開処刑が始まるぞ」という民衆の叫び声が上がる。

黒主はそこに向かって急ぐ。戦犯の女たちが、広場に並べられ、軍隊による銃殺を待っている。

将校の声がかかる。

「よーい」

その瞬間であった。

「待て」

との声がかかった。

「右から三番目の女、あれは無罪だ、私は大伴博士だ。あの女を私に引き渡してほしい」

「博士が保証されるなら」と女戦犯は、黒主にひき渡された。

女は医学研究所の軍医リーチ大尉だった。彼女を助けた黒主の心には、彼女を使った

腹黒い計画が浮かんでいた。

(続く)

私の手塚治虫(15) 峯島正行

  • 2013年11月5日 15:52

スペルミウムの採取

 

  女性将校リーチ大尉

 

おんな大尉にしぼりとられる天下大平

おんな大尉にしぼりとられる天下大平

ここは、アジアの片隅にあるパイパニアという国の戦場。とある建物の中、戦場とは思えぬような豪華な寝室のベッドに、パイパニア美人といえばいいのか、すらりとした大柄な女性が、姿態をくねらせて、誘うような目つきで、座っていた。

太平が部屋に入ると、立ちあがって、「気を付け」と命令した。馥郁たる香りを振りまきながら、直立する小柄な天下太平という捕虜の全身をなめるように、見つめた。長く戦場をさすらってきた太平の肉体のある部分は、おのずから直立不動の姿勢を取っていた。

「姓名、階級は」

「陸上自衛隊パイパニア駐屯部隊二等陸士、天下泰平」

「よし、休め、私は当研究所所属看護将校リーチ大尉」

太平は、これから彼女が、パイパニア兵士に命じて、大平の死刑を執行するのだと思い、震えが止まらない。

「安心したまえ、勿体ない、死刑なんかにはしない。これからお前のスペルミウムを採取する」

「な、な、何です、オスペナントカって」

「精子だ!この研究所では人工授精の特殊な実験をしていて、よい標本がうんと必要なの」

 

「服をぬげ、下もだ、裸になれ」

と大尉は命じた。

大尉は乳房を露わにしてあられもない姿で、柔らかな毛布にくるまり、艶やかにベッドの裾にいる太平に

「前へ」

と命ずる。べッドに震えながらたどりつくと、

「そこから匍匐前進!」

かぐわしいリーチ大尉の女体が仰臥する毛布の中に入れと、いうのだ。おずおずと前進すると、全裸に近い女体を思わず抱くことになる。ハッとして身を引くと

「おどおどしないで、私は女なのよ」

と今までと急変、いとも優しい態度に変わり、一瞬優しい言葉が出る。太平も男一匹、それならと猛烈にアタック、「うっふーん」と最後を促す甘い声、絶頂に上り詰め、いざとという間際、元の大尉に戻って、

「ダメ“それから先はダメ」

大平が躊躇した瞬間、太平の裸体は大きなしゃもじのような機械で、ぐいと救い上げられ、大きな口径を持った巨大タンクの中に、するりと流し込まれた。

するとその巨大タンクがガタガタと巨体をねじるように、蠕動を始めた。大尉が時間を図って機械を止めると、タンクの後ろの口から、チーンという鐘の音とともに太平の裸体が吐き出された。その細くやつれきった太平の肉体は、自動的に元の金網の牢獄に投げ込まれた。

牢獄のベッドで、沈思していた大伴黒主は、ふらつく太平を掴まえて、聞いた。

「しっかりせい、一体なにを加えられたんだ」

「加えたんじゃない、絞られたんだ。機械でしぼりとりゃがった……。いい女だったけどな…」

と、おんぼろベッドの上でやっと寝ころびながら太平は言う。大伴黒主が太平の脚を持ち上げて、こんなに細くなっていると、ゴボウのようになった太平の脚をつくづく眺めながら、何やら考えこむのだった………。

 

 

大伴黒主の風貌

 

 

この辺りの漫画描写は、快調な手塚調でおもしろい。この連載に「私の手塚治虫」というタイトルをつけたが題名通り、私の勝手に、時々脱線することをお許し願いたい。今回もこの辺で少々脱線する。

或る時、おそらく昭和三八年(一九六三年)のことだったと思うが、数時間にわたって、お互い三〇代の頃で、まだ青年客気のようなものが残っていたせいであろうか、芸術から政治、戦争まで、手塚といろいろと語り合ったことがった。話はたまたま漫画の表現に、ドイツ映画の影響をうけたことに及んだ。ベルリンオリンピック(一九三六)の記録映画「民族の祭典」が、一九三八年(昭和一三年)に完成し、日本にも輸入された。モンタージュの手法をふんだんに取り入れた、この映画のカメラワークの斬新さに世界中が沸いた。中学生ながら漫画を描き貯めていた手塚も勿論、衝撃をうけた。そのモンタージュの手法や、カメラワークの動きを漫画に取り入れられないかと、一生懸命、工夫をしたことに手塚は熱弁振るった。

それ以後ドイツ映画が封切られると、必ずそのカメラワークを研究したことを語り続けた。

当時ドイツは、日本の同盟国で、ドイツ、日本、イタリーを中心にした枢軸側は、米、英、仏の自由圏と覇を競っていた。

「あの映画を見たときも衝撃だったね」

「うんあの映画ね」

その映画の題名を出さずとも、その映画の題名は、二人は分っているのだった。それは昭和18年に日本で公開された「世界に告ぐ」という映画だった。

この映画はそのころの映画フアンならだれでも知っていた、ドイツの「トービス社」の作品で、監督はハンス・スタインホフ、主演は名優、エミール・ヤニングスであった。

手塚と話していると、二人の頭にそのエミール・ヤニングスの風貌が浮かび上がり、あの「ヤニングスはよかった」と二人は思わず意気投合したのだった。

この章を書くにあたり、この映画の資料を探した。当時に輸入昨品は東和映画一社が扱っていたと聞いていたので、東和の社史、その他の資料を見たが、この映画のことは出ていない。

そこでフィルムライブラリーに電話をかけて、学芸員の方に、フィルムや資料の有無を調べて戴いたが、フィルムなど、資料と呼べるものは一切見つからない。ただ当時の「キネマ旬報」に批評が載っている、この雑誌はここにある、という返事だった。

その批評を見ると、筆者は清水晶という人で、さすがはキネジュンの執筆家らしく、ナチス批判の横溢した文章であった。昭和一九年という、軍部の統制が厳しい時でありながら、こういう文章が発表されていることは、驚きであった。

配給会社は東和でなく、外国映画株式会社となっている。輸入映画の統制を強化するため、作られた国策会社なのであろう。その会社の輸入品だから、終戦のどさくさの中で、処分されてしまったのかも分らない。

いずれにしろ、この記事で、映画のストーリーを大体再認できた。この映画はドイツ側から見た、英国の悪逆非道ぶりをこれでもかこれでもか、と自慢のカメラワークを使って見せるのである。

南アフリカの南端、喜望峰付近に住んでいいたオランダ系の移民が,英国の勢力に押され奥地にのがれ、英邁な老大統領パウル・クリュウガーのもとにトランスバール共和国を、建設した。このクリュウガーの役を担ったのが、エミ-ル・ヤニングスであった。

トランスバールに世界的な大金鉱が発見されるや、大英帝国が乗り出して、この国を奪おうとする。残忍きわまりない軍隊と、世界に植民地を築いた、権謀術数をもってこの国を乗っ取ろうとする。

クリュウガー指揮のもとにボーア人の全勢力を上げて、これに応戦する。いわゆるボーア戦争である。クリューガーは欧州諸国の世論に訴える、それに応ずる国もなくジュネーブで病魔に襲われ死病の床で、ボーア軍の哀切な敗戦の報を聞くのであった……。

「天神共に許さざる英国の悪逆はいずれ我我の遺志を継いだものによって鉄槌が下る。その時に世界の平和は来る!」とクリュウガーは最後の叫びをあげるが、この映画を戦時中から否定的に描いた清水晶という左翼的な批評家も

「自らこの映画の総指揮に乗り出したエミール・ヤニングスは、さすがに堂々の貫録だ」と褒めている。

こんな話は、戦後は存在しない。戦後の戦争映画というと、いつも悪逆非道なのは日本か、ドイツであり、現代の読者にはこの話は、奇異な感じを持たれるかもしれない。大英帝国を築いた英国が犯した罪も本当なら、日本の犯した罪も本当なのだ。だから戦争はいけない。

 

私の手塚はそんことではなく、ドイツの映画技術をいかに自分の漫画に取り入れようか、と、苦心した話や、エミール・ヤニングスの演技の素晴らしさを、いかに漫画に取り入れようと、手塚が苦労した話を、私は夢中になって聞いたことを、明瞭に覚えている。

私はこの度、「人間ども集まれ」を解説するために、何回もこの作品を見ているうちにあることに気づいた。この漫画の主役、涼しい顔をした大悪人、頭はボウボウの蓬髪、顔中太い髭にまっ黒く覆われた容貌、そのくせ人を魅するところがあると戸の太容貌をしている大伴黒主は、もしや「世界に告ぐ」のヤニングスをモデルに手塚が作った人物なのではないか、と。

 

 

助かる道は一つ

 

そこで漫画に戻って、不可思議な、もごもご動く機械が止まって、チーンという音とともに、吐き出されて来た、やせ細った太平の体を見ながら、黒主が考え込んでいると、食事だ食えと、豪華な栄養たっぷりの食い物が,牢屋にさし込まれた。

勿論太平はがつがつ食い出す。「次回はあと二時間のちだ、いいかね」と牢管理者の命令が続く。

「スペルニウムを取って何の実験か、精子と軍用医学と何の関係があるんだ」

ここら辺りは、作者が精子の研究の博士らしいアイデアが飛び出してくる。

「女の方もおなじことをやっているのか」

と太平に聞く。

「女は別の方法で、別の部屋でやっているらしいよ」と太平が言う。

 

やがて看守が太平を呼びに来る。

「時間だ、出ろ!」

「こうなりゃやけくそだ、どうでもしろい」

と、言いながら、引率されてゆく。行く先では美人の大尉が待っている。

「いよっ、ねえちゃん、じゃない、大尉どの、今までに何人ぐらいの俺みたいな捕虜を扱ったい、あのお手並みじゃ…」

ばしっ!と大尉は大平を殴りつけ

「百一三人だ」

のんきな太平も肝を奪われる。大尉は続ける。

「大体五十回前後で使いものならなくなり、強い男でも八十回ぐらいで死んでるわよ」

「とんでもねえ伏魔殿だ、もうこれで俺はご免こうむる」

大平は逃げ出そうとする。

「気を付けえ!君は脱走兵として銃殺になるところを特に選ばれてここに回されたのよ、いやなら直ちに銃殺。それでもお勝手に」

びくっと立ち止まった太平に、回れ右!の声がかかる。「君も運さえよければ死なずに済むかも知れないわ、例えば…」

「例えば」

大平は、一心に大尉を見つめる

「私を死ぬほど満足させてくれれば」

大平はやる気になる。

「服を脱げ。突撃、まえぇ!」

と、命を受けるや、大平は肌も露わな大尉の肉体に向かって突進する。

その時の姿をここに紹介するが、両手にお盆を持った格好をしているが、これは手塚のチョットした作画上のパロデイーである。この昨品を描いている当時、手塚は漫画集団の仲間とよく付き合っていたことは、前に書いた通りだが、集団の名物の一つに、箱根の環水楼で、毎年開かれていた忘年会において、必ず、余興に、永井保の裸踊りというのがあった。

やや小太りの色の白い体の永井が、盆を二枚持って三味線に合わせて、素っ裸で踊るのだが、その二枚の盆を巧みに使って観客にも楽屋の周辺の仲間にも、一モツを絶対に見せることなく踊るので、毎年やんやの大喝采を受ける。それが観客の口から、参加した報道陣の記事から、世間に知られて、漫画集団の裸踊りと言えば有名であった。この裸踊りは小野佐世男が創案、自ら踊っていたのだが、小野が急逝した後、永井が芸を引きついたのだといわれる。

この踊りを天下太平の姿で、パロデイー化したのである。こんな所にも手塚のユーモア根性は滲み出ているわけである。

大尉の肉体に突撃した大平が大奮闘宜しく、大尉の肉体を翻弄し、大尉もそれに応じて最後の瞬間に到ろうという刹那、

「ダメ、それまで」

という大尉の悲鳴とも聞こえる命令が出る、と同時に興奮しきった大平の肉体は巨大タンクのような、精子吸収機の中に流し込まれる。

器械が止まると、絞りつくされぼろ雑巾のようになった太平の体が、元の牢獄に放り込まれる。

牢獄の隣の部屋で、それまでじっと様子をうかがっていた、大伴黒主が、やおら動き出す。

 

 

 手塚の天性の先見性

 

「またか、しっかりしろ」とくたくたになった太平の体を抱きしめ、

「許せん、囚人虐待、人権蹂躙だ。断じて抗議する」と、牢獄の鉄格子の中から、黒主は叫び続ける。この時、この牢獄の管理者が何を狙って、太平らの精子を搾り取って蒐集しているのか、黒主にはある程度予測していたと思う。

やがて騒ぎ立てる黒主の前に責任者が現れる。すると黒主は、

「俺は医学博士、大伴黒主だ、ここの所長に合わせろ」

と怒鳴りつけた。黒主が人間の生殖に関する研究家として有名な存在だったことは、その世界では知られていたらしく、すぐに白衣をひっかけたデブデブした所長という男が顔を見せた。

「ほほー、貴方がかつて例の秘密警察長官を打ち殺して、手配中だった大伴博士ですか、これは失礼しました」

デブの所長は、黒主を下にも置かぬ態度に豹変した。

「私は所長のクランプ博士です。優生学の権威者大伴黒主博士をお迎えしたことは欣快にたえん、こうしてお目に掛かった以上は、我々の研究の成果を見て戴こう」

「あの、異常な捕虜虐待の理由ですかな」

「定めし驚嘆されるであろう」

黒主はその実験場に入ると、さすがの、腹黒い黒主も、その先駆者のやっている一層腹黒い実験に目を見張るのだった。

其処には試験管がずらりと並び、何やらうごめくものが試験管の中の液体に浸かっている。その試験管が無数に並んでいるのだ。一本の試験管を、覗くと、それが何者かがすぐわかった。

「胎児だ!」

「一か月の胎児じゃ、一か月から九か月の二百体ずつ、人工羊水の中で育てとる」

と所長は胸を張る。

「さて次の部屋じゃが…」と言いながら所長は黒主を連れて歩いて行く……。

 

ところで、この作品を手塚が書いたのは一九六七年(昭和四二年)である。当時世界中の生殖学会、優生学界では、盛んに人工授精、体外受精が研究されていた。人工受精が日本で成功したのは、一九四九年だという。体外受精が成功したのは、やっと英国で一九七三年、日本で成功したのは一九八三年位なってからだ。

当時試験管ベイビーと言って、社会的に話題になったことを、記憶している人も多いであろう。この時以来、いわゆる試験管ベイビーとして受精した卵を、女性の子宮に戻して、体内で育てたものである。

生まれるまで試験管で育てるなどいうことは、考えられなかったのである。「体外受精」はあくまで肉体の機能や精子、卵子の生れる構造に、故障のある夫婦の救済のための研究であった。

今黒主の目の前に展開された実験は、人道を外れた恐ろしい実験である。独裁国の魔手がそういうことをさせているのである。

 

それはそれとして、手塚がこの作品を描いたのは先に述べた如く、一九六七年である。実際に体外受精が日本で成功した時より二〇年早い。生殖についても、手塚ははるかな先を読んで、物語を創造していたわけで,タニシの精子の研究で医学博士となった経歴が、ここに生かされているといっても、過言ではないと思う。

しかし現代の医学ではクローン人間をつくることに成功しているから、それが人間の大量生産を呼ぶかどうかは、は別として、科学というものの進歩は、手塚の天才的空想による創造を超えてしまっているわけである。現代の医学の進歩の速さと進展は、計り知れないものがあるといえよう。

 

話を作品の内容に戻して、第二の実験室を見せられた黒主が、いかなる大望を抱いたかは、次号に譲ることにしよう。