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季語道楽(29)宮坂静生の『季語の誕生』と虚子 坂崎重盛

  • 2019年12月3日 17:11

宮坂静生の“地貌”論と『季語の誕生』と虚子の横綱相撲

 

北海道の最北端、稚内(わっかない)に近い浜頓別(はまとんべつ)に住む俳句作者からの、自分の住む土地と一般歳時記の季語感のズレに対する悩みを訴えられた『季語の誕生』の著者宮坂静生は、あらためて歳時記と実景の関係について考えざるを得なくなる。

季語の誕生 著:宮坂静生

季語の誕生 著:宮坂静生

そして、

私たち俳句を作る者はいつのまにか、歳時記に囚(とら)われ

てしまっているのではないか。歳時記を開き、季語を探し、季

語の解説と現実に見たものとを比べ、そこに違いがあれば現実

の実景よりも季語の解説を優先し、一句にまとめる。

と、“中央集権的”歳時記優先で、作者の立つ目の前の実景がおろそかにされてしまってきたことを指摘する。

「市販の歳時記はどれも浜頓別の季節には合わない」という一

言がズシリと私の胸にこたえた。

という言葉とそして、

私自身、実景よりも歳時記の季語から連想される世界のほうが

いつか実感が伴って感じられたことに気づかされた驚きである。

と、自らのこれまでの作句態度と歳時記の関係を明かしている。

「実景と詠まれる世界との関わり」に関して、著者は、明治期「写生」を提唱した正岡子規の「実景第一」の姿勢を伝えるエピソードを紹介する。

それは、みちのく盛岡の俳人からの問いに対する子規の対応である。︱︱盛岡では、梅も桜も同時に咲く、桜が散るまえにホトトギスが鳴き、卯の花の中に桃、菜の花、バラ、スミレも一斉に咲きはじめ、この実景を読もうとすると、(歳時記的には)春夏混同の句となってしまうが、それでも差しつかえがないのだろうか︱︱という盛岡在住の句作者の悩みに対して、子規は、少しも差しつかえがない、

『盛岡の人は盛岡の実景を詠むのが第一なり』

と答えた、というのである。

なんともスッキリとした、子規らしい答えである。というか、それまで、実景に対することをおろそかにして、約束事のイメージになれ親しんだ江戸末期から明治中期に至る月並み俳句を批判し、「写生」の重要性を訴えた子規にとっては、当然といえば当然の言葉といえる。

この、子規は句友でもあった夏目漱石の句にも、ズケズケと、指導というか口出しをした、直言居士の句界のリーダーである。

著者は、盛岡の俳人と子規のやりとりを紹介し︱︱盛岡のようなふるさとを“地貌”と称している︱︱と、その土地、土地の実景、実感を“地貌”という言葉で、あらためて見直そうとし、一般には見慣れぬ用語を採用した理由を説明する。

地貌とは地理学で、地形が陸か島か、地表が平坦か斜面かなど、

土地の形態をいう用語である。俳人前田普羅(ふら)が句集

『春寒(しゅんかん)浅間山』(増訂版、昭和二一年刊)の序文

で「自然を愛すると謂(い)ふ以前にまず地貌を愛すると謂は

ねばならなかった」と述べていることに感動し、私も使わせて

もらっている。

と“地貌”使用の由来を語っている。さらに、

「自然」と称して風景を一様に概念的につかむのではなく、そ

れぞれの地の個性をだいじ(ルビ点)に考える見方である。風

土の上に展開される季節の推移やそれに基づく生活や文化まで

包含することばとして私は地貌を用いてきた。

とし、先の浜頓別の句作者に対しては、

歳時記の季語の解説や季節分類よりも、浜頓別の地貌をだいじ

にしてほしいといいたい。

と、地貌重視の考えを伝えている。

 

子規の「盛岡の人は盛岡の実景を詠むが第一なり」また、これにならった宮坂の「浜頓別の人は浜頓別の実景を詠むのが第一なり」という言葉に接して、ぼくは、ある俳句書を思い出しました。それは高浜虚子の『俳談』(一九九七年刊 岩波文庫)。

この、虚子による大正末から昭和十年代中頃にかけて、主催する俳誌『ホトギス』誌上における発言を抜粋、編集した俳句に関連する談話集は昭和十八年、虚子の古稀にあたって刊行されている。

『俳談』を読んでいて、印象に残ったテーマの一つは、他でもない、季語、歳時記と地域性の問題である。虚子もまた、北海道を例に出す。さらに、日本列島ばかりでなく、遠くブラジルの地まで視野に入れる。剛腕虚子の面目躍如というところか。引用する。タイトル「国際歳時記」の項。

俳句というものは、もと日本の風土から生まれた文芸である

のだから、歳時記というものは日本の風土の気候を基準として

出来て居るものである。だから北海道とか九州とかいうやや辺

鄙(へんぴ)な処になるといくらか本土を基準とした歳時記で

は不便を感じるということは今まででもたびたび聞いておった

事である。

とのべている。虚子の、この発言は戦前の昭和十年、時代ということもあってか表現に多少、違和感を抱かせる部分もあるが、意だけを読み取れば、従来の歳時記を是としている。それは当然で、虚子自身が歳時記を編み、季寄せ(季語集)を刊行しているのですから。

しかし、この言のすぐ後に、「しかし」と虚子は言葉をつづく。

「しかし、北海道の梅と桜と一緒に咲くということを句にすれ

ばかえって其処(そこ)に面白い味があるとも考える。

革新的姿勢というか、したたかな虚子の懐の深さを見せつつも、

︱︱やはり北海道に住まっている人々も、内地の気候によっ

て編まれた歳事記に拠るということは、俳句を統一する上にお

いて必要であると考える。

と、あくまでも従来からの歳事記が基であるという考えを語っている。「しかし」と、またここで「しかし」が出る。引用します。

しかしこれが北満州とか台湾とかいう処になるとその不便が多

くなってきて季題を内地の歳事記通りに考えることができない、

という事が悩みの種となってきたのである。それが赤道以南の

ブラジル辺りになると、気候が如何(いか)に変化しているか

想像の外に思っておったのであった。

ブラジルですか。たしかに日本からの移民も多いブラジルでは、ハワイにもまして句を読む人が多かったのかもしれない。遠つ国にあって、歳事記に収められている言葉は、母の国の季節や風土を思いおこさせてくれるものでもあったろう。

もう少し虚子の言葉を聴こう。

今ブラジルの新聞を見ると六月が秋である。(中略)七月十日締

切の題が冬の蝶(ちょう)であり、八月十日の題が枯芝である

(中略)ブラジルはブラジルの十二ヶ月に割り当てた歳事記を

新たに作ればいいわけである。

と、言ったうえで、さらに、

俳句というものは、時候の変化によって起こる現象を詠う文学

であるから、春夏秋冬の区別は必ずしも重きを為(な)さない。

ただ、時候の変化その物が重要な物である。

と、あたりまえといえばあたりまえ、しかし作句のもっとも重要な肝(キモ)を伝えているように思える。

虚子の、この「国際歳事記」と題する一文は、次のような一節で締められる。

アメリカ人のブロバン・一羽(いちう)という人は日本字で

書いて雑詠に投句して来ますが、読んで見て向こうの景色が現

われている句は面白い。私はアメリカを知りませんがね。想像

するアメリカが現れているから面白い。

……うーむ、余裕ですね。まるで北の富士親方の相撲解説を聞いてるみたい。他の項でも、虚子は、ブラジル人の句に、

鸚鵡(おうむ)が群れをなして渡るというのがあった。鸚鵡が

渡り鳥とは面白いですね

とブラジルならではの鳥の生態で、それを詠んだらしい句に興味を示している。

 

︱︱と、『季語の誕生』での“地貌”に少しくわしくふれるつもりが、例によって、横丁に迷い込んでしまいました。迷い込みついでに、神保町で見つけた一冊『Series俳句世界3無季俳句の遠心力』(平成9年 雄山閣出版)の本扉には︱︱

オランダでは、「月」は絶対に冬のものなのだ  佐佐木幸綱

(『本号・鼎談』より)

とあった。

僕の感じるところ、無季俳句の人達の方が、季語・歳時記に関して、敏感で意識的ではないのだろうか。

ひょっとして、今後、スルドイ歳時記を編むのは、むしろ無季派の人たちではないか……と思ったりして。そんな歳時記、季語集があっても面白いじゃありませんか。

季語道楽(28)『季語の誕生』の前に”必読奇書”  坂崎重盛

  • 2019年11月12日 17:15

『季語の誕生』の前に笑える”必読奇書”にちょっと寄り道

前回、『俳句外来語辞典』に収録されている、中曽根康弘元首相の句を“久米仙俳句”? と“邪推”したのだが、この“久米仙俳句”というユニークな造語は『俳句︱︱四合目からの出発』(阿部筲人著 昭和五九年 講談社学術文庫)に登場する。

俳句 四合目からの出発 著:阿部筲人

俳句 四合目からの出発 著:阿部筲人

 

この、文庫といえ五百ページを超えるボリュームの俳句書は、句会に参加したり、句のやりとりをするような立場にある人なら必読、と言われてきた、作句のための指導書であり、なによりタブー集である。実際、句会に参加しはじめたころ、「四合目からの出発を読んだ?」と人から質されたこともあったし、後には、僕自身が「あの本を読まなきゃ、必読ですよ」とエラソーにのたまわっていた。

この『俳句︱︱四合目からの出発』については、また改めて、しっかり、ふれることになると思うが、ここで内容のごく一部だけを紹介すると、[お涙頂戴俳句][おのろけ俳句][水増し俳句][めそめそ俳句][分裂症俳句][独り合点俳句][出歯亀俳句]といった項目が目次に見える。その中に[久米仙俳句]もある。

「久米仙」とは正しくは「久米の仙人」。俗界を超越し、雲の上の人となったはずの久米仙人が、川で洗い物をする女性の白いふくらはぎ、あるいは太もも(襟足という説もあり)を見て、法力を失い雲から墜落してしまったという、『徒然草』や『今昔物語』でも語られている、情けないというかユーモラスな逸話です。

「久米仙様ァと濡れ手で介抱し」という川柳は、この久米仙人をネタにして詠んだもの。彼女は川で作業していたので、仙人を助けるときは、当然に“濡れ手”となるわけですね。

そして、現代の[久米仙俳句]の例として、

春昼のバスに乗る女「脛白し」

水仙に「うなじ見られて」粧(よそお)えり

「美しく長き襟足」浴衣(ゆかた)着て

羅(うすもの)を透(す)かしてすがし「腰の線」

薄着して「腰の曲線たのもしく」(以上、ルビ略)

といった例句(悪例)を挙げつつ、

何がすがし、でしょう。何がたのもし、ですか。何が曲線美ですか。

と、きついダメだしをしている。まあ、女性の色香に心をうばわれ、それを素直に句にしてしまった男の本能? もわからぬではないが、著者の阿部筲人は、そんな恥ずかしい、みっともない、下心みえみえの句を作ってはいけません、とたしなめているのである。

著者は、結社を主催する現代の著名俳人はもとより、俳聖と言われる芭蕉の句までも、ときには批判している。舌鋒するどく、しかも物言いがキツイ、ユーモアというか、ウィットというか、毒が効いているので、(なるほど!)と合点しつつ、つい微笑を誘われるが、槍玉に挙げられたほうは、たまったものじゃありませんね。

外国語俳句にも言及していて、こんな指摘が。

外国語は俗語以上に、俳句を俳句らしさから遠ざけます。(中

略)要らざる所に乱用する作者の軽薄さが露出することになり

ます。

得意になって用いると、鼻持ちなりません。素養なく用いる

と、作者の間抜けさが見透かされます。

といい、例句を挙げている。その一部を書き添える。

藁屋(わらや)に「アンテナ」触覚のごとく春を待つ

昼は孤独な社宅アンテナの触覚のび

前句は著名な俳人、後句は先鋭な俳誌の同人欄にありました。

アンテナは、動物学などで触覚そのものの意、それを無電工学

に利用しただけです。言葉をおうむのように用いるから、こん

なことになりました。比喩になりません。

と、指摘し、さらに例句を挙げたあとで、

ところが俳人は外国語に誠に弱い人種ですが、それなのに気取

って使うので、外国語の弱さを暴露するのです。外国語が使い

たかったら、夜学に通って、しっかり勉強することです。

と言い切る。わざわざ“夜学に通って”と言い添えたところが、啖呵をきる勢いにブレーキがかからなかったのかもしれません。

『俳句外来語辞典』に収録されていた中曽根元首相の「コーラン誚う産毛も汗ばみて」の句から[久米仙俳句]という言葉を思い出し、

『季語の誕生』(宮坂静生著 二〇〇九年 岩波新書)を紹介するつもりが寄り道をくってしまいました。

さて『季語の誕生』、この新書の一冊こそ、京都、東京の季節を念頭におかれた、これまで通用してきた歳時記の季語と、他の地方(場合によっては国)の気候、風土、生活習慣などのギャップに関して言及した書なのである。

「はじめに」で紹介されるエピソードが、この事情をわかりやすく伝えてくる。「はじめに」の一行目からの引用。

二〇〇四年五月、北海道の稚内(わっかない)に近い浜頓別

(はまとんべつ)に住む俳句作者から歳時記について質問が来

たことがある。その主旨は、用いている市販の歳時記は、どれ

も浜頓別の季節には合わない。

という、日本の北端近くに住み、句を作る人の悩みというか疑問を訴える。

今まで私はすべて俳句を歳時記の季節に合わせ空想で作ってき

た。しかし、もうこれ以上そんなことを続けていても意味がな

いと思うようになった。これから私はどうしたらよいか教えて

ほしい、というのである。

この言葉を受け取ったときの著者の反応、

私はこの手紙を受け取り、衝撃に近い思いがしばらく消えな

かった。

そこで改めて、この手紙から受けた思いを考えてみた。

︱︱という一節から、この書の論は始まる。次の行は「歳時記に囚われた俳句づくり」というゴシックによる小見出しである。

ところで、先日、たまたま手にした高浜虚子の『俳壇』(一九九九年 岩波文庫)で、この問題に関してはいかにも虚子らしく単刀直入にズバリと答えているが、その紹介は『季語の誕生』の内容にあたってからにしたい。

この、これまでの歳時記、そこに収められた季語に対する新たな考え、提案は“地貌”というキーワードが主役をつとめる。

次回は、少しくわしく『季語の誕生』を見てゆきたい。そしてまた高浜虚子の歳時記、季語と、地域差の現実に対する考えも紹介したい。

 

 

季語道楽(26)変わり種・歳時記 その3 坂崎重盛

  • 2019年11月12日 17:05

変わり種 歳時記︱︱(その3)

『沖縄俳句歳時記』と風土の喜び

 

著者の小熊一人(おぐま・かづんど)は、著者略歴などによれば、昭和三年生まれ。東京電気大学工学部卒業、気象庁に勤務。昭和五二年に第二三回角川俳句賞受賞。大野林火主催の「浜」同人。琉球新報社「琉球俳壇」選者。

例によって著者・小熊による「はじめに」を見る。まず、

「本歳時記は沖縄滞在三カ年の体験・見聞によるものである」とある。著者は千葉県・我孫子市の出身。沖縄の人ではなく、仕事上で、この地に赴任(気象庁関連か)したようである。

奥武島遠望(沖縄新観光名所写真コンテスト受賞作品) 撮影・島袋林信

奥武島遠望(沖縄新観光名所写真コンテスト受賞作品) 撮影・島袋林信

もともとが沖縄、現地の人でなかっただけに、いわば中央の気候、風物とのギャップも沖縄滞在の間に、ことさら敏感に受けとめたのかもしれない。しかも俳人であるから、季語の受けとめかたは意識的にならざるを得なかっただろう。「「はじめに」を読み進めてみよう。

当初、作句はすべて夏の季感でと決めたものだったが、住み

なれると亜熱帯海洋性気候の美しい自然、素朴な行事、風習の

なかに季節の微妙な変化があると思った。

イメージの沖縄から、現地のデリケートな微気候に気づく。そして、中央での季語と沖縄の生活風土から生まれた季語の差の例を挙げる。「苦瓜(にがうり)」は一般の歳時記では「秋」だが、沖縄では「夏」。例のゴーヤである。関東でも最近、熱暑のときの陽よけとして窓際に栽培されたりもしているが、沖縄では、早いところでは三月には「走り」が出るという。

沖縄俳句歳時記 著:小熊一人

沖縄俳句歳時記 著:小熊一人

著者は「この地に住んで二年目あたりから、風土に慣れると次のような体感になる」と、体感と気温の関係を示している。

⚫「酷暑」三五度〜三二度、⚫「かなり暑い」三二度〜三〇度、⚫「暑い」三〇度〜二八度、⚫「暖かい」二八度〜二四度、⚫「涼しい」二四度〜二〇度、⚫「うすら寒い」二〇度〜一八度、⚫「やや寒い」一六度〜一四度、⚫「かなり寒い」一四度〜一二度、⚫「寒波」一二度〜一〇度(度数は摂氏)

俳人にして気象の専門家による記録なので信頼できるが、こと、夏の時期の体感と気温の関係は、たとえば関東とも大差はない。ところが「暖かい」「涼しい」「うすら寒い」という感じになると、えっ? その温度で? ということになる。まして「寒波」が一二度〜一〇度となると(さすが、というか、やはり、“亜熱帯海洋性気象”の地だなぁ)と改めて認識する。

具体的に各季節ごとの例句を見てみよう。「新年・元旦」から。

正月も常のはだしの琉球女     條原鳳作

二日はや闘牛角を研がれをり    新城太石

御降りや大サボテンの棘光る    柳田綾子

「若水(わかみず)」では

島に汲む若水やはらかくあたたかく 矢野野暮

「正月も常にはだし」、昔の東京だったらシモヤケやヒビだ。また、正月の二日になったばかりなのに、沖縄ならではの「闘牛の角」が研かれる、「御降り(おさがり)」はよく季題に出る新年の季語、元旦や三が日に降る雨や雪。当然、寒く冷たいイメージだが、沖縄ではサボテンの棘の光に目がゆく。元旦の朝に汲む水「若水」だって、この地では「やはらかくあたたかく」なのだ。

「二月」の候となると。もう「田植」の季語だ。二月の末の頃ともなれば「菜の花が咲き乱れ、鶯が鳴き、甘蔗(サトウキビ)の最盛期」となる。「田植」の句を一句だけ紹介しておこう。

田を植うる憩い芭蕉の風のなか    荒川正隆

沖縄の二月は、もう、田を植え、芭蕉の葉が風にそよぐ季節なのか……。同じ俳句世界の季節感でも、日本列島の 南の島と京阪・関東とはこれだけの差がある。

七月 紅型工房の庭

七月 紅型工房の庭

著者の言葉を聴こう。

沖縄は季節の区別が判然とせず、季感が乏しいと思われてい

るが、美しい自然、素朴な行事・風習を細かく観てゆくと、あ

る意味で無尽蔵であると思うが、それは亜熱帯沖縄というとこ

ろに住む人だけが知る喜びのようだ。

そして、自身の俳句への心構えと沖縄に在住したことによって獲得したことについて、

なぜ俳句を作るかといえば、それはものに触れて発する感情の

発露を、私を通して詠いあげることであり、それを私の生の証

(あかし)とするためである。このことは沖縄に住み馴れるに

したがって、いよいよその想念を深めたようである。

と「私と俳句」の項で語っている。この小熊一人の句を一月からざっと拾っていってみよう。

「一月」  正月月夜琉球舞の扇ふところに

「二月」  一寸のたんぽぽの炎え日脚伸ぶ

「三月」  啓蟄や素足ひらりと琉球女

「四月」  花梯梧星を殖やして夜も炎ゆる

「五月」  星砂にふれる五月のたなごころ

「六月」  熱帯夜遠き鶏鳴きこえけり

「七月」  台風の来る夜迷へるハブ臭し

「八月」  極楽鳥花赤土畑にひそみ咲く

「九月」  夕月の首里にあがりて千鳥とぶ

「十月」  落鷹のごとくに風邪の夜を嘆く

「十一月」 錦鯉寄せてブーゲンビリア炎ゆ

「十二月」 一ト啼きの守宮の闇に年うつる

蛇足的に、挙げた句の中の言葉を簡単に説明すると、三月の啓蟄(けいちつ)は最近、よく紹介される二十四節季の一つで、冬ごもりの虫が春の訪れとともに土より出てくること。四月の「花梯梧」の梯梧(でいご)は沖縄の県花。十二月の「守宮」はヤモリ、ルビをふる必要ある?

前に紹介した句にも「正月も常のはだし」とありましたが、ここでも三月の句に「素足ひらり」とあります。夏ではない沖縄の女性の素足が印象的のようです。また「炎え」「炎ゆる」「炎ゆ」と偶然、三句を拾ってしまいましたが、沖縄の花の美しさを句で詠いたい気持ちは、わかります。タイに旅行するとふんだんに咲き乱れる蘭の花にうっとりしてしまいます。

中央集権的な季節感や、そこから生まれた季語、歳時記だけではなく、日本列島の北から南、さらには海外のどの地においても、俳句を作る人がいるかぎり、そこでの生活や風土、風習、季節感から俳句は詠まれ、季語も生まれ、やがて定着し、歳時記に収められることとなる。

ここでは、たまたま手元にあった『ハワイ歳時記』と『沖縄俳句歳時記』を紹介し、従来の京阪及び関東中心の歳時記とは別の風土からの歳時記の存在意義を見てきたが、世の中には『ブラジル歳時記』あるいは『台湾俳句歳時記』という出版物もあるようである。

なにか気持ちまでもが広がる思いがするではありませんか。

 

季語道楽(27)『俳句外来語辞典』  坂崎重盛

  • 2019年10月29日 15:20

 

カタカナ俳句だけを集めた

『俳句外来語辞典』の楽しみ方

 

ハワイや沖縄の気候、風土や生活習慣から生まれた季語の用いられ方、また、その実作俳句の世界をのぞいて見てきましたが、これまた、ちょっと変わった俳句辞典がある。

『俳句外来語辞典︱︱外来語俳句を詠みこなすために』(大野雑草子編・一九八七・博友社刊)。大きめの手帖サイズの判型で函入り、クロース装、総三二八ページの小辞典。本文はカタカナのアイウエオ順。

俳句外来語辞典 大野雑草子編

俳句外来語辞典 大野雑草子編

ちなみに、一番目は「アーケード」。[英]とあり「商店街などで屋根をつけた通路」‹昭›と説明。[英]は原語の国名であり、‹昭›は、この言葉が導入されたと思われる時代の省略記号で‹昭›はもちろん昭和時代。例句は二句(ときには三句)ずつ揚げられる。

アーケードの街は海底五月来る     高橋晴子

アーケード出てもひとりの星月夜    檜 紀代

もう一例、見てみよう。

「アーメン」[英] キリスト教で祈りの終わりに唱える語。

‹室›

この、‹室›という略記に注意が行く。(ほう、「アーメン」という言葉は室町時代に日本に渡来したのか)と知れるから。例句は、

アーメンで終わる祈祷やクリスマス   吉田 清

瞑目し唱うアーメン堂冴ゆる      田続 明

こうして、カタカナ語の入った例句を見てみると、なかなか興味深く、また参考にもなりますが、はたして、この小辞典、他のハンディな季語集や季寄せのように、句会や吟行などの実作の際に役立つのだろうか、と思うと首を傾げざるを得ない。

ときどき、友人たちとの句会で、このような外来語が懸題として出されたとすると、周りから、(まぁ、ずいぶん奇をてらった題を出したなぁ)と思われること必定だろう。(なにも、わざわざカタカナ語の題を出さなくたって、他に季語や題は山ほどあるでしょうに)、とか。

ま、それが、たとえば、その地方に関連する言葉(地名や地形︱︱大河「インダス」や「キャニオン」であれば必然性はあるでしょうが。

参考までに例句を挙げてみよう。「インダス」は

驟雨あとインダス河を見はるかす   室賀杜桂

インダスの秋の朝焼けひとの言葉   高須ちゑ

「キャニオン」は

キャニオンはいにしへの色雪やなぎ  ガルシア繁子

キャニオンの風迎へ入れ夏座敷    アレン圭江

「インダス」の二例句は、どうやらインダス河の付近への旅の途上での作句か? と思われ、また「キャニオン」は、句の作者名から、海外の地に在住する人の句ではないかと推察される。

ところが、これがたとえば「キャッシュ・カード」となると……(こんな題で俳句を作らなければならないとすると、悩ましいことになるのですが)、ちゃんと例句はある。

キャッシュカード押して春愁軽くする  長谷部靜舟

キャッシュカードの氏名凸凹夏痩せて  百瀬虚吹

他に、たとえば「ティッシュ・ペーパー」などいうのも困るでしょう。俗に流れてもいい川柳ならばともかく、この言葉で句を作るとなると……。しかし、これにも例句はある。窮すれば通ずというか。題を出されれば、苦しみながらも句にしてしまうのが、俳句を作る人間のおそるべき“句作本能”。

ティッシュペーパー引き抜き夜寒さざめかす 渡辺和子

ティッシュのみ当たるくじ引き年つまる 藪中洋子

 

この『俳句外来語辞典』を手にし、ページをめくりだした当初、はっきり言って、このカタカナ語満載の俳句辞典を、どう取り扱えばいいのか、ちょっと途方にくれる感じがしたのです。

たしかに珍しい俳句辞典であり、項目や例句を読んでいけば、それなりに興味ぶかく、納得したり、感心したりもするのですが、だからと言って、一ページ、だいたい七〜八項目、その言葉の解説と例句二〜三句(計、十五〜二十句弱)で全体で三百ページ強、を通読する意図も意思もないことを実感する。しかも、例句の作者は、ほとんどぼくの知らない名前︱︱と思ったら、これが自分の不注意だったことにすぐに気づいた。

俳句を作ったり、親しんだりする人だったら誰もが、その名を知っている著名俳人の例句もところどころに、いや、ページによっては二、三句、紹介されたりしている。

(なるほど!)と ちょっとしたイタズラ気分が生じた。著名俳人のカタカナ俳句の腕前拝見、と行こう! と思い立ったのであります。

さて、その例句と作者の俳人名は? ということになるのですが、その前に、いつもとは順序が逆になりましたが、例によって、この俳句辞典の著者による「はじめに」をチェックしたい。途中からですが、

〈外来語俳句を詠みこなすために〉という副題のごとく、日本

語化した外国語・日本語化しつつある外国語にスポットを当て

て、現代俳人の参考作品を‹作例›として具体的に示しているの

が特色であり、ポイントになっている。

と、編集者自ら、この辞典の概要を説明したあと、これまた、ご多聞にもれず、俳句辞典、歳時記の制作にかかわったことの困難さを、

執筆の途上で幾度も投げ出したい衝動にかりたてられたが、

と、愚痴というか、心情を吐露しつつも、末尾には協力者の名前を挙げて謝意を表している。

(ン?)と、文末の二行ほどに目が止まったのは、その氏名の中に︱︱森喜朗、宇野宗佑、中曽根弘文、中曽根康弘︱︱という名を見たからである。他の歳時記や俳句辞典などでは、まず登場しない人物の名ではないだろうか

(ただ、中曽根康弘氏が折にふれて自作の心境句などを披露するのを“興味深く”、受けとめていたことがありますが)。

と、いった人脈も含んでの成り立ちによる、この『俳句外来語辞典』。あらためて興味津々、ページを開いていこう、という気持ちになったのであります。

おっ! 「アカンサス」、和名では「葉薊(はあざみ)」、夏の季語。この例句「アカンサス凛然として梅雨去りぬ」の作者が吉村公三郎(よしむらこうざぶろう)。この人、俳人ではない。映画のオールドファンなら、この名は親しいに違いない。戦後、女性をテーマにした映画を多く手がけた監督で、ぼくも、山本富士子主演の『夜の河』や、これまた山本富士子と京マチ子が共演した『夜の蝶』といったタイトルの映画は見ている。

「アダム」の項は中村草田男と鷹羽狩行の句が。「凍竿し鉄の燭台アダムの首」は草田男。鷹羽は「花栗の園アダムゐてイヴがゐて」。

「アルコール」の項では、書家の町春草の名もある。「アルコール匂う医局のスヰートピー」。

おや、同じ書家の金子鷗亭が「アンチーク」の項で。「アンティックの親子亀手に藤の花」。

「イデオロギ」では、ここでも草田男「黥文(いれずみ)はイデオロギーや片肌脱」。「イブ」では鷹羽「イヴのもの一枚落ちて葡萄園」という、なかなかキワドイ句。

「ウオッカ」では角川春樹が、いかにもの「騎馬の民ウオッカ浴びて月の宴」。

「エキストラ」には山口青邨が登場。「矢絣を着てエキストラ秋晴に」。

「エスカルゴ」では稲畑汀子「エスカルゴ料理に秋のパリの夜を」。

「オアシス」も同じく稲畑で「澄む水も深き色持つオアシスに」。

水原秋桜子も「ガード」で、「梨売りにガードの日影映りけり」。

こうして見てゆくとキリがないので、適当に、はしょるが、どうやらカタカナ語に、あまり抵抗がない、というか、むしろ自ら興を示して作句する傾向のある俳人がいるらしい、とアタリがついた。外来語もなんのその、というか。

草田男、鷹羽、青邨、稲畑、春樹︱︱例句は挙げなかったが石原八束、富安風生などなど。

 

「はじめに」で謝意を表された中曽根康弘の句は「コーラン」。「コーランを誦う産毛も汗ばみて」。(うーむ、この俳句を嗜(たしな)むという元首相は、コーランを誦う(産毛というのだから、多分、若き女性だろう)のどこに目を走らせていたのだろう。なかなか隅におけない御仁のよう。“久米仙俳句”というか。

……とまあ、この、カタカナ俳句辞典、思わぬ著名人の句が紹介されたり、“外来語ウエルカム”の俳人の作例が挙げられたりして、 、読む俳句辞典として実に面白く、また興味ぶかい。

作例の中には、失礼ながら、えっ? こんな句でいいのと思われる句もあるが、それもまた、ご愛嬌。正岡子規だって、高浜虚子だって名句ばかりではない。メモがわりのような句もある。

考えてみれば、これもまた俳句の効用かもしれない。その時の“覚え”としての、カメラのいらないスナップ俳句。その、きっかけが、たまたま外来語であったのにすぎないかもしれないから。

愛蔵の変わり種・俳句小辞典。

 

 

季語道楽(25)変わり種歳時記 坂崎重盛

  • 2019年10月9日 16:42

変わり種、歳時記︱海外編その他(その②)
渾身の刊行『ハワイ歳時記』の意義

京都在住の知人、阿部氏より『ハワイ歳時記』を贈っていただいたとき、(ハワイで歳時記ですか⁉︎ “常夏(とこなつ)の島ハワイ”に四季などあるのかしら? 歳時記が必要なのかしら?)と、この本が、日系ハワイの人同士の、ちょっとした洒落というか、ハワイに住む日本人の交流のための刊行物かと思ったのだが、本を手にし、本文を読みだして、自分の軽々しい認識を改めることとなった。
前回、少しだけ触れた、巻頭の「ゆく春発行所」の平川巴竹氏による『ハワイの俳句』をみてゆきたい。ここには、一般に通用してきた歳時記が抱えてきた問題点が示され、明らかにされている。引用する。

ハワイ歳時記

ハワイ歳時記

先日『文芸春秋』(ママ)七〇年二月号「俳句」の欄を読んで
いたら『ローカル歳時記を集めて地方別大歳時記を作れば面白
いし、またそれはそれなりに意義のある仕事と思い』とあり、
続いて『従来の歳時記は京阪や東京を中心に編まれており、薄
弱であった点は否めない』

という意見を紹介している。確かにそうなのだ。僕なども東京生まれ、東京育ちの人間なので、これまで、歳時記を開いていて、特別、何の違和感ももたずに来た。しかし、あるとき、(この季語は、たとえば東北での句会では通用するのだろうか、その時節と合致するのだろうか?)と思ったことがある。
たとえば、東京での吟行で桜散る光景を句に読んだとしても、同じころ東北では、“散る”どころか、まだ開花にも至っていないだろう。しかし、歳時記では一様に“桜散る”とあるから、東北での句会では、季題として提出され、この季題をもとに、いろいろ句作をしなければならなくなる。
と、すると現実の散る桜からの発想はありえなく、その体験は、もっとも近くでも昨年、さらには過去の記憶やイメージからの句作りとならざるを得ない。
もう少し、「ハワイの俳句」の本文に当たってみよう。

また昨秋芸術院会員に推された山本健吉先生は「俳句の歳時
記が、だいたいに於いて京阪と東京を結ぶ緯度を中心として編
纂されているため、たとえば北陸、東北の俳人が自分の住んで
いる地方の季節現象によるよりも中央の季感によって句を作っ
ている例は非常に多い。」

と、山本健吉編『新俳句歳時記』新年の部の文章から引用、紹介している。従来の歳時記がずっと抱えてきた問題点とは、この、季題・季語の地方差による気候差、また、生活行動、習慣の差異である。従来の歳時記は、いわば、季語の季題における「中華思想」によるもの。もちろん、ここでの「中華」とは「京阪と東京」中心である。

仮に小学生が梅の花という季題で俳句を作ることとなったら、北海道の子は、従来の歳時記の季語に対し、「ここ北海道では吹雪の真っ最中で梅なんかさいていないもん!」というだろう。こんなわかりきったことが従来の歳時記では無視されてきた。その地方差、どころか、国の差が『ハワイ歳時記』では否応なく現われる。

先にノーベル文学賞を受賞せられた川端康成先生はハワイ大
学での講演の中に、ハワイ特有の季語としての「夜の虹」や「冬
緑」についてお話があったと聞くが、実際にハワイの冬を訪れ
た人でないと「冬緑」という様な季語についての鑑賞は難しい
だろうし、またあのハワイに於ける七彩の美しい虹に直接接し
たことのない人は「夜の虹」というハワイ特有の季節の持つひ
びきは味読できないかも知れない。

と、ハワイならではの季語の例を挙げている。

そうか、ハワイには「冬緑」や「夜の虹」という、季節による現象が身近にあったわけだ。それが句に詠まれて、季語、季題、として定着してゆく。
見たいじゃないですか! 夜の虹、なんて。そんな光景を目にしたら、俳句を作る人間だったら、まず、それを句にしてみたいと思うでしょう。
この『ハワイ歳時記』の巻頭の文や、この歳時記の刊行に寄せられた献辞を読むと、版元の句誌「ゆく春」発行の平川巴竹氏本業は弁護士、編者の本山玉萩氏(三代松)は広島県の出身、ハワイで俳人にしてビジネス界での成功者、また本願寺の信徒と知れる。
(この辺りにハワイの海を望むphoto入る)
『ハワイ歳時記』は、これらハワイ在住の俳句仲間によって貴重な出版物となった。総ページ432、ハワイの動植物や地形といった自然や風習のカラー写真が24ページにわたって掲載、豪華にして本格的な本づくりである。この歳時記紹介の最後に巻頭文の平川巴竹氏の選句による「ハワイ情緒を味解し易いと思った句など」」の中から、引用、紹介したい。

冬緑ラバに添いつつ海に入る     靜雅
カハラオプナの恋の色とも夜の虹   玉萩
丘枯るる果てに続けり海の青
降り降りて我を埋めよ花マンゴ   小春女
コーヒーの花を呼びたる朝の雨    月嶽
ウクレレに和してライチー熟れにけり 春芳

ハワイ歳時記

ハワイ歳時記

本文、夏をめくってゆくと、全く未知の動植物の名前や催事の言葉がたびたび出てくる。観光で、この地を訪れたことはある。まったくの異国なのだが、その世界が五・七・五の俳句で表現される。
(この辺りにハワイの民族衣装と白い花のphotoを入れる)
この歳時記は現地に住む人にとってはもちろんのこと、いわゆる部外者にとっても一句一句が事物、事象がもの珍しく、また、同じ日本人ならではの感性が共有できるのである。ハワイに暮らしたことがないのに、ノスタルジー、郷愁を感じてしまう。
そして、また、この歳時記一冊を読み込み、親しめば、現地の人もびっくりのハワイ通、いや、一級のハワイ研究家になれてしまうこと、請け負える。やはり歳時記はスゴイ!

さて、もう一冊の変わり種、歳時記。こちらは沖縄。『沖縄歳時記』(小熊一人著・昭和五十四年十月 琉球新報車刊)。この、沖縄に特化した歳時記は、たしか、もう二十年近く前か、かつての仕事場の後輩A君のオゴリで沖縄に遊んだ時、現地の物産店かなにかの書籍コーナーで出会ったはずだ。
そのとき思ったのは、やはり、(えっ、沖縄で歳時記?)というものだった。『ハワイ歳時記を』を知る、かなりまえのことである。
次回はカラー口絵に「竹富島風景」と「奥武島遠望」と題する写真が掲げられている、この亜熱帯海洋性気候の島・沖縄に、どのような四季、そして季語、季題がありうるのか見てゆきたい。