Web遊歩人

Web遊歩人
You are currently browsing all posts tagged with 季語道楽

季語道楽(25)変わり種歳時記 坂崎重盛

  • 2019年10月9日 16:42

変わり種、歳時記︱海外編その他(その②)
渾身の刊行『ハワイ歳時記』の意義

 京都在住の知人、阿部氏より『ハワイ歳時記』を贈っていただいたとき、(ハワイで歳時記ですか⁉︎ “常夏(とこなつ)の島ハワイ”に四季などあるのかしら? 歳時記が必要なのかしら?)と、この本が、日系ハワイの人同士の、ちょっとした洒落というか、ハワイに住む日本人の交流のための刊行物かと思ったのだが、本を手にし、本文を読みだして、自分の軽々しい認識を改めることとなった。
 前回、少しだけ触れた、巻頭の「ゆく春発行所」の平川巴竹氏による『ハワイの俳句』をみてゆきたい。ここには、一般に通用してきた歳時記が抱えてきた問題点が示され、明らかにされている。引用する。
   先日『文芸春秋』(ママ)七〇年二月号「俳句」の欄を読んで
  いたら『ローカル歳時記を集めて地方別大歳時記を作れば面白
  いし、またそれはそれなりに意義のある仕事と思い』とあり、
  続いて『従来の歳時記は京阪や東京を中心に編まれており、薄
  弱であった点は否めない』
という意見を紹介している。確かにそうなのだ。僕なども東京生まれ、東京育ちの人間なので、これまで、歳時記を開いていて、特別、何の違和感ももたずに来た。しかし、あるとき、(この季語は、たとえば東北での句会では通用するのだろうか、その時節と合致するのだろうか?)と思ったことがある。
 たとえば、東京での吟行で桜散る光景を句に読んだとしても、同じころ東北では、“散る”どころか、まだ開花にも至っていないだろう。しかし、歳時記では一様に“桜散る”とあるから、東北での句会では、季題として提出され、この季題をもとに、いろいろ句作をしなければならなくなる。
 と、すると現実の散る桜からの発想はありえなく、その体験は、もっとも近くでも昨年、さらには過去の記憶やイメージからの句作りとならざるを得ない。
 もう少し、「ハワイの俳句」の本文に当たってみよう。
   また昨秋芸術院会員に推された山本健吉先生は「俳句の歳時
  記が、だいたいに於いて京阪と東京を結ぶ緯度を中心として編
  纂されているため、たとえば北陸、東北の俳人が自分の住んで
  いる地方の季節現象によるよりも中央の季感によって句を作っ
  ている例は非常に多い。」
 と、山本健吉編『新俳句歳時記』新年の部の文章から引用、紹介している。従来の歳時記がずっと抱えてきた問題点とは、この、季題・季語の地方差による気候差、また、生活行動、習慣の差異である。従来の歳時記は、いわば、季語の季題における「中華思想」によるもの。もちろん、ここでの「中華」とは「京阪と東京」中心である。
 仮に小学生が梅の花という季題で俳句を作ることとなったら、北海道の子は、従来の歳時記の季語に対し、「ここ北海道では吹雪の真っ最中で梅なんかさいていないもん!」というだろう。こんなわかりきったことが従来の歳時記では無視されてきた。その地方差、どころか、国の差が『ハワイ歳時記』では否応なく現われる。
   先にノーベル文学賞を受賞せられた川端康成先生はハワイ大
  学での講演の中に、ハワイ特有の季語としての「夜の虹」や「冬
  緑」についてお話があったと聞くが、実際にハワイの冬を訪れ
  た人でないと「冬緑」という様な季語についての鑑賞は難しい
  だろうし、またあのハワイに於ける七彩の美しい虹に直接接し
  たことのない人は「夜の虹」というハワイ特有の季節の持つひ
  びきは味読できないかも知れない。
と、ハワイならではの季語の例を挙げている。
(この辺りに冬緑のぺーじのphotowを入れる)
 そうか、ハワイには「冬緑」や「夜の虹」という、季節による現象が身近にあったわけだ。それが句に詠まれて、季語、季題、として定着してゆく。
 見たいじゃないですか! 夜の虹、なんて。そんな光景を目にしたら、俳句を作る人間だったら、まず、それを句にしてみたいと思うでしょう。
 この『ハワイ歳時記』の巻頭の文や、この歳時記の刊行に寄せられた献辞を読むと、版元の句誌「ゆく春」発行の平川巴竹氏本業は弁護士、編者の本山玉萩氏(三代松)は広島県の出身、ハワイで俳人にしてビジネス界での成功者、また本願寺の信徒と知れる。
(この辺りにハワイの海を望むphoto入る)
『ハワイ歳時記』は、これらハワイ在住の俳句仲間によって貴重な出版物となった。総ページ432、ハワイの動植物や地形といった自然や風習のカラー写真が24ページにわたって掲載、豪華にして本格的な本づくりである。この歳時記紹介の最後に巻頭文の平川巴竹氏の選句による「ハワイ情緒を味解し易いと思った句など」」の中から、引用、紹介したい。
   冬緑ラバに添いつつ海に入る     靜雅
   カハラオプナの恋の色とも夜の虹   玉萩
   丘枯るる果てに続けり海の青                
   降り降りて我を埋めよ花マンゴ   小春女
   コーヒーの花を呼びたる朝の雨    月嶽
   ウクレレに和してライチー熟れにけり 春芳
 本文、夏をめくってゆくと、全く未知の動植物の名前や催事の言葉がたびたび出てくる。観光で、この地を訪れたことはある。まったくの異国なのだが、その世界が五・七・五の俳句で表現される。
(この辺りにハワイの民族衣装と白い花のphotoを入れる)
 この歳時記は現地に住む人にとってはもちろんのこと、いわゆる部外者にとっても一句一句が事物、事象がもの珍しく、また、同じ日本人ならではの感性が共有できるのである。ハワイに暮らしたことがないのに、ノスタルジー、郷愁を感じてしまう。
 そして、また、この歳時記一冊を読み込み、親しめば、現地の人もびっくりのハワイ通、いや、一級のハワイ研究家になれてしまうこと、請け負える。やはり歳時記はスゴイ!

 さて、もう一冊の変わり種、歳時記。こちらは沖縄。『沖縄歳時記』(小熊一人著・昭和五十四年十月 琉球新報車刊)。この、沖縄に特化した歳時記は、たしか、もう二十年近く前か、かつての仕事場の後輩A君のオゴリで沖縄に遊んだ時、現地の物産店かなにかの書籍コーナーで出会ったはずだ。
 そのとき思ったのは、やはり、(えっ、沖縄で歳時記?)というものだった。『ハワイ歳時記を』を知る、かなりまえのことである。
 次回はカラー口絵に「竹富島風景」と「奥武島遠望」と題する写真が掲げられている、この亜熱帯海洋性気候の島・沖縄に、どのような四季、そして季語、季題がありうるのか見てゆきたい。

季語道楽(24)ー変わり種・歳時記  坂崎重盛

  • 2019年10月7日 14:44

>変わり種、歳時記︱︱海外編その他、“特化歳時記”を覗いてみる(その1)
 季語集、歳時記の中には、おや、こんなものも! という異種もある。例えば、
『沖縄俳句歳時記』、『ハワイ歳時記』また歳時記と題されていないが、外来語を使った俳句だけを収録した『俳句外来語辞典』、さらには前年号の“平成”の句だけに限った『平成新俳句歳時記』。あるいは著名俳人の出身地や住んだ地域、また研究テーマから生まれた“特化歳時記”の類。たとえば、東京下町関連では石田波郷『江東歳時記』、安住敦『東京歳時記』、また、江戸の文人好みとなると、加藤郁乎『むらさき控︱︱新編江戸歳時記』などなど。
 これら、一般の俳句(あるいは俳諧)歳時記とは異なる歳時記を覗いてみよう。
 まず、なんていっても驚いたのが『ハワイ歳時記』である。函から本体を取り出すと、緑色のクロースの地に原色で『ハワイ歳時記』と題字が刷られ、欧文で「Hwaii poem calendar」の文字があり、  calendarの部分には花束のレイが掛けられている。いかにも南洋風の、可愛いデザイン。
  注(この辺りに書影)
 それにしても“常夏(とこなつ)の島・ハワイ”じゃないですか。歳時記と言ったら、ふつうは春夏秋冬(そして新年)でしょう。われわれ日本で暮らしている人間からしたら、(ハワイに四季があるのかしら?)また、(ハワイに歳時記が必要なのかしら? 歳時記が成り立つのかしら?)と思ってしまう。
 このことは、日本国内でも北海道に歳時記の季語と季節は一致するのかしらと思われるが、これについては別項で記す。
 『ハワイ歳時記』に戻ると、この不思議な歳時記はもう数年前になるだろうか、この文源庫・遊歩人ブログでぼくが「季語道楽」をスタートした直後、同じブログ内で「新・気まぐれ読書日記」を連載していらっしゃる石山文也こと阿部年雄氏から贈られた一冊である。
 阿部年雄氏とは、当サイトを主宰する文源庫の石井紀男氏の紹介でお会いし、京都で酒席を共にしたりする間柄。ぼくはこの人を、好奇心旺盛な一種の奇人としてみている。奇人は、とかく珍本と出会う。阿部氏は京都のどこかの古書店か下賀茂神社境内での納涼古書市あたりの、しかも勻一台で、この『ハワイ歳時記』などという本を見つけ、必要もないのに珍しさにひかれ、つい出来心で入手してしまったのではないでしょうか。
 閑話休題。この本の概要を。まず、奥付を見る。一九七〇年九月 博文堂刊。三十九年前の本。版元の博文堂の住所は日本ではなく、ハワイ州ホノルル市内「ゆく春発行所」。編者・元山三代松。総ページは四百三十二。定価は明記されていない。ということは一種の「私家本」か。
 本文巻頭にあたる部分。題して「ハワイの俳句」。筆者は「ゆく春発行所 平川巴竹」。文章はこう始まる。
   昨夏ハワイ訪問旅行した折、ホノルルの元山玉萩さんから「ハ
  ワイ歳時記」の草稿を渡された。(中略)一読『よくもまあこん
  なに詳細に、こんなに完璧にあらゆる事象を集められたもの』  
  と玉萩さんの本書に示された熱意と努力に只々頭の下がる思い
  であった。
 文中、元山玉萩とあるのは、編者、元山三代松氏の俳号だろう。この元山氏のプロフィールに関しては「序」の大原性美の文で紹介されるが、それは後でふれるとして平川巴竹の文をもう少し紹介したい。
 ハワイにおける歳時記の存在理由や、ノーベル賞受賞後、川端康成のハワイ大学での講演で「夜の虹」や「冬緑」というハワイ特有の季語について語ったことが記されている。
(ハワイに歳時記?)と思う、こちらの認識が貧しかっただけで、俳句に親しむ感性は、日本国内はもとより、海外の地にあっても生き生きと生き続けていたのだ。
 玉萩氏の文をもう少し読み進めていきたい。
                  (この項つづく)

 

季語道楽(23)   坂崎重盛

  • 2019年9月9日 17:44

絶滅寸前の古季語との交歓

『古季語と遊ぶ』宇多喜代子(平成一九年八月 角川学芸出版)

ついには死語という扱いで歳時記から消えてゆく、解説がなけ
れば理解できない、(中略)それをもう一度、死語の淵から引き
上げて、かつて生きてその季語に即した暮らしをしていた人々
に近づいてみようと、古い暮らしに裏打ちされた季語を持ち寄
っての句会を始めたのです。(「あとがき」より)
俳人の宇多喜代子による『古季語と遊ぶ』の動機と目的は、この「あとがき」の中のひと言で明らかにされている。
かつて日本人の生き死にや、身のまわりの自然とともにあり、大切に扱われ磨きこまれてきた、かずかずの言葉が、生活や自然環境の変化(破壊)とともに消滅しかかっている。この状況を前にして、
歳時記からその一つ一つを抜きだして検分してみますと、何気
ないものが、いかに人々の暮らしのための重要な役目を担って
いたかがわかってくるのです。
という思いからスタート、この「古季語と遊ぶ」句会から生まれた即興句会のレポート、冒頭に出てきた古季語は「新年」の季の︱︱「氷様」。
「氷様」? もちろん、見たことも聞いたこともない季題だ。それに、どう読んでいいかもわからない。「こおりさま」? 「ひさま」? 「こおりよう」?……本文の解説をすぐに見るのは禁じてみる。とにかく、手近の合本歳時記などをチェックする、が出てない。では、件(くだん)のハンディな『難解季語辞典』では?
さすがです、ありました! ここでは「氷様奏」。「春」の季語で読みは「ひのためしそう」。
「元日の節に、宮内省から、昨年の氷室の収量、氷の厚薄、一昨年の増減などを奏し、あわせて氷様を天皇にご覧に入れた儀式」とあり例句として「君が徳これも厚きに氷の様(ひのためし)」政信(題林集)。
えーっ、知らなかったなぁ。しかも、元日、宮中で、そんなことを行っていたのですか! 氷室の厚さや量などをあらためたりとか……。興味津々。
そこで、ふと一冊の文庫本があったことを思い出し、本棚の年中行事関係のコーナーからひっぱり出す。『宮中歳時記』入江相政編(二〇〇二年、小学館刊)。入江相政は昭和天皇の侍従長。なにかの催事のとき昭和天皇が居眠りをしたので、天皇の足を蹴って起こしたというエピソードをもつ人物。(事の真偽は未確認)。入江日記は昭和史の第一級資料といわれている。この人の編による「宮中歳時記」だが、「氷様」は載っていなかった。あつかわれているのは主に昭和の御世の宮中行事らしい。
では、ということで、これも人(版元の)からいただいた鈴木棠三著『日本年中行事辞典』(角川小辞典十六 昭和五十二年一二月刊)を手にする。
出てましたねぇ。「歴奏(れきそう)」の付属項目として「氷様の奏(ひのためしのそう)」。「中古、元日節会に、、宮内省から去年の氷室(ひむろ)の氷の模様厚薄の寸法を奏上する儀式」で「氷が厚ければ豊年の兆しとし、薄ければ凶年と占う」。そして、「薄いときは氷池(ひいけ)の祭りという法会が行われる」、つまり凶を吉に変えてしまうというのだ。
そうか、「中古、元日節会に」とあるので、いつのころからか、この「氷様」は行われなくなったのだろう。

俳諧歳時記

俳諧歳時記

「氷様」︱︱この興味深い、儀式のあらましはわかった。しかし、ものはついでということもあり、ダメもとで平凡社の『俳句歳時記』の「新年」の項にも当たってみる。出てましたね。「氷様(ひのためし)」「氷様奏」。「元日節会(がんじつせちえ)」の傍題(副題)としてある。かなり満足。
ところで︱︱この「氷様」という季語に『古季語と遊ぶ』で初めてお目にかかったことにより、好奇心のまま各種歳時記、季語辞典(『難解季語辞典』も含む)、年中行事辞典、そして文庫本とはいえ『宮中歳時記』まで手に取り、ページをめくることとなった。たった一つの季語で、これだけの探索散歩ができる。これこそ、まさに古季語と遊ぶではないかと、調べごとに熱中して、原稿のなかなか進まないことに、自ら少々あきれつつ、納得したのでありました。
ずいぶん道草を食いましたが、宇多先生の本にやっと戻る。「氷様」の季語のあとにすぐ例句が紹介される。
縄尺をあてたてまつり氷様    西村和子
なるほど、これまで、あれこれ「氷様」の解説を見てきたので、この句はスッと理解できる。続く文章を読むと、宇多先生も「馴染みのものでもなければ、いまの歳時記に採用されている題でもない。なんと読むのか、それすらわからない」と、嬉しいことに、ぼく同様の困惑ぶり。しかし、続いてこの古季語の、きちんとした説明があり、
青檜葉のへばりつきたる氷様   大石悦子
氷様去年にまさる厚氷      宇多喜代子
といった、珍しい古季語にビビルことなく、身にひきよせて、この宮中儀式を見てきたような句にしている。恐るべし! 句を作る人たちの言語吸収力。
「新年」の古季語では、いくつもまったく初見の古季語が紹介されるが、中でも「ひめ始」は、とくに気になった。というのは、「姫始め」ならば江戸川柳の世界では、かなりおなじみのエロティックな言葉だから。
ただし古季語としては、本文でも紹介されるが、この「ひめ始」、「ヒメを飛馬として乗馬始とするとか」「ひめ糊の使用始めとするとか」いろいろ諸説あるようだ。宇多先生の、この句会では、「ひめ始」を「ひめ飯の食べ始める日」として出題している。「ひめ飯」とは「柔らかで、いまの七分粥程度であると察する」とし、例句として、
ひめ始米のとぼしき山国の   茨木和生
母刀自の差配したまうひめ始  大石悦子
を掲げて、「ひめ始」が、正月、吉日の特別な食の行事であったことを反映させている。
ただ……俳諧に近い江戸川柳も、品はあまりよろしくはないが、新年の風習としての一月二日の「姫始め」を重視している。この日は年の始めによい夢(初夢)を見るようにと枕の下に宝船を描いた刷り物を敷くことがあったが、この男女の「姫始め」(秘め始め)と宝船を川柳は、こう詠っている。
女房と乗り合いになる宝船
曲乗りはまず遠慮する宝船
宝船しわになるほど女房こぎ
という、おめでたい和事となり、それを年老いたしゅうと夫婦が理解を示しているのが次の一句。
やかましやするにしておけ姫始め
︱︱こうしてみると、川柳ならではの笑句(破礼句)ではあるが、これもまた人の営みのうちの正月の祝いごとの表現といえる。
ちなみの、正月二日、枕の下に敷く宝船は初詣の神社で配られることもあるが、向島百花園の茶店の売店で常に入手することができる。木版刷り様の隅田川七福神が描かれた宝船が素朴で好ましく、たびたび入手して人に差し上げたりしている。もちろん自分の分もストックしてあるが、これまで宝船の出番があったためしがない。空しく、ファイルの中で舫(もや)っているばかりである。
例によって「夏」の季も見てみたい。一読、いきなり、じつに面白い古季語が出てきた。︱︱「焦螟(しょうめい)」
「句座の誰もが見るのも聞くのも初めて」という。では、といことで頼りにしている平凡社の『俳句歳時記』をみる。ない。そーか……ならば、困ったときの『難解季語事典』で。ありましたねぇ、「蟭
螟(しょうめい)[夏]→かのまつげむし「蚊の睫(まつげ)に巣(す)をくう虫なりといふ。(中略)小き事たとへん方なき虫といへり。故に蚊の睫(まつげ)に集まり居るといへり」とあり
「「せうめいのはらわた探る荘子哉(かな)」其角(題林集)。
嬉しいですね、この『難解季語事典』。いつ買っておいたのかしら。それはともかく、この「焦螟」という虫が面白いじゃないですか。あの小さな蚊の睫に巣を作る虫、だなんて。ミクロの生態圏ですね。しかも、ここに挙げられた例句が、そんな小さな虫のはらわたを超俗派の元祖・荘子が探る︱︱というのですから、ナンセンスもここにきわまれり! さすが其角宗匠。
焦螟のあらましがわかったところで宇多先生の本文をあらためて読む。この虫(もちろん空想上の)、すでに清少納言『枕草子』に「大蔵卿正光という耳敏い人が蚊の睫(まつげ)の落ちる音を聞き取ってしまう」という逸話が出ているという。もともとは、中国戦国時代の道教経典の一つ「列子」の中の挿話らしい。それを江戸人の「蚊の睫に巣を作るんだったら、これは夏でしょ、だから季語は夏! という俳諧ならではの見立にしても脱帽する。
ところが、こんな珍奇な季語が、昭和九年の改造社版の『俳諧歳時記』に収録され、「目をねむって焦螟を見る学者かな」高浜虚子 の例句が紹介されているとのこと。
昭和九年? 虚子? 一冊の歳時記が頭の片隅で点滅する。ガサゴソと虚子の編による『改訂 新歳時記』(三省堂刊)を引っ張り出す。やはり奥付が昭和九年。もしやと思って「焦螟」を探したが、残念ながら無かった。
ならば、ということで岩波文庫『栞草』(馬琴編、青藍補、増補 俳諧歳時記)(二〇〇〇年十月刊)』を手に取る。ありました。「蟭螟(せうめい) 蚊の睫(まつげ)に巣くう虫なりといふ。[伝燈録]仰山洪思禅師に問ふ、如何(いか)に して見性(けんしょう)を得ん。師(し)の云、たとえば蟭螟虫(せうめいちゅう)の蚊の睫(まつげ)にありて巣を作るがごとし」︱︱そして下段の注に蟭螟=「焦螟」。「目に見ぬ鳥」の項参照とある。この原稿入稿のあと、ゲリラ豪雨の中、本置き場として借りている「散漫洞」に行き、昭和八年刊改造社版をひっぱり出してチェック。確かに「蟭螟」の項がありました。そこには前記の虚子の句のほかにもう一句、
蟭螟の目には見えぬ人の顔     雨謁人
が掲げられていました。
こうみてくると、この「焦螟」、成りは微少でもかつてはかなりメジャーな虫だったよう。しかし、こういう愛嬌のある(空想上とはいえ)生き物も世知辛い世となっては、すでに絶滅してしまったか。それを宇多先生の句座に、随分とお久しぶりに登場する。
焦螟のその睫毛にもさらに虫    辻田克巳
焦螟をきわめんという虫眼鏡    山本洋子
焦螟が乗り天秤のわれやまず    澁谷口道
と、いずれも諧謔の効いた即興句で応じている。
それにしても、本家の中国では、この「焦螟」という言葉、まだ生きているのでしょうか。この現代、日本でこの言葉を使って句を作っていることを知ったら、どう思うのでしょうか。
すごいですね。アジア全体の正倉院たる日本の文化装置と日本人の感性。そして、その一典型たる俳句と、その歳時記の世界。その中で、レッドリスト必須の季語を持ち寄り、味わい、楽しみ、ともに戯れてきたのが『古季語と遊ぶ』なのである。これは素晴らしいことではありませんか。
そしてまた、そういう死語に近い言葉、あるいはすでに死語となってしまったかつての日本語を季語として収録してきた歳時記も本当にすごい!

季語道楽(22)   坂崎重盛

  • 2019年9月9日 17:35

ちょっと変わった季語集・歳時記

◯『難解季語辞典』中村俊定監修・関森勝夫著(昭和五七年二月・東京堂出版刊 三二八頁)
夏井いつき先生の著書にふれた項で、すでにちょっと紹介した変わりだね季語辞典。この辞典で、たまたま遭遇した「従兄弟煮(いとこに)」という、いまでは珍しい季語をチェックでき、「いとこ煮」という季語の由来が「あづき、牛蒡、豆腐、芋、大根、焼き栗、くわいなど」を追い追いに煮てゆく、甥甥(おいおい)に煮る︱︱といったナゾナゾ、言葉遊びから発生したような季語であることを知った。また、このことが江戸の歳時記、滝沢馬琴・青藍による『俳諧歳時記栞草』(略して『栞草』に収録されていることも。
そこで改めて、この『難解季語辞典』を手に取り、ゆっくりとページをめくってみる。まずは、監修を担った中村俊定による「序」にあたる。冒頭から引用、紹介する。
古典俳諧を読む場合、もっとも不便を感ずるのは難解な季語
に出会った場合である。(中略)その季語がわからないかぎり一
句の鑑賞は不可能である。その多くは当時の年中行事や、故事
によって作られたもので、生活様式の変遷にともなって、用い
られなくなったものが大部分である。
とし、「普通の古語辞典では引けない俳諧特有の語」などを「一々典拠を求めて解明しようとしたのが本書である」と、この季語辞典の特色を説明し、「著者の関森勝夫氏は古俳諧の研究家であるが、また現代俳句の作者としても、長年大野林火氏に師事したベテランである」と著者のプロフィールを紹介、「関森氏はその最適任者として私は大いに期待するものである」と、この一文を閉じている。
そこで、監修者の中村俊定と著者の関森勝夫両氏の略歴を奥付他で確認する。中村俊定は明治三三年(一九〇〇年)の生まれ。早稲田大学卒業、同大学他教授。著書に『俳諧史の諸問題』『芭蕉七部集』等。一方、著者の関勝夫は昭和一二年(一九三七)生まれ、早稲田大学卒業、静岡県立大学名誉教授で『文人たちの句境』『近江蕉門俳句の鑑賞』『時季のたまもの︱︱季語35を解く』等。
こうしてみると監修者と著者は同じ早大の卒業生で三十二歳の年齢差があり 、中村は俳諧研究者。収集された俳書のコレクションを早稲田大学に寄贈「中村俊定文庫」となる。中村による『芭蕉俳句集』(岩波文庫)は今でも入手可能。また、著者の関森勝夫は中村の「序」にあるとおり、実作者として俳誌「浜」を創刊、主宰した俳人・大野林火に師事、複数冊の句集を持つ。
では、著者・関森勝夫による「はじめに」を見てみよう。「最近は俳句を作るための歳時記から、読むため、見て楽しむための歳時記に変化してきている」と、「百科事典のようなカラー図説の歳時記」の刊行にふれつつ「現代に合致するように季題が整理」されてしまい「現代では見られなくなった季題を大幅に削除してしまう傾向がある」と指摘。そして、「本書を編んだ意図」を訴える。引用したい。
衣食住の生活習慣が変化し、行事が廃止され、自然破壊によっ
動植物が消滅し、これらを代表する言葉が現代に通じなくなる
ことはあっても、過去幾多の人が関心を寄せて詠み、磨き上げ
た言葉や、蓄積した時間の構造物を私は見捨てられない。氷山
のごとく、海面下に隠れた文化の重さを尊重するからであり、
これを正しく理解することで、現代を生きる知恵ともなるであ
ろうと確信するからである。
と、この季語辞典編集の意図というか“志”を述べている。
本書の内容を、ざっと紹介すると、本門の他に「凡例」は当然のこと「引用文献解題」「四季別項目一覧(配列は五十音順)」「歳時記等解題」「俳人等忌日表」「季語異名一覧」「絵画字引」等が付されていて、江戸俳諧へのさらなる門戸が開かれていて、かつ、これら難季語の現代俳句での復活に供せられている。
この江戸時代に読まれた歳時記、文献探索とはほとんど無縁で、また、このような古い季語を用いての句作の機会がなかったので、この季語辞典をしっかり読んだ記憶はなかったのだが、小さな付箋がところどころに付いている。なにかのことで、本文の項目を引いた痕跡だ。
秋津虫 あきつむし [秋]とんぼの古名(以下略)  今は、この、秋津虫が「勝虫(かちむし)同様、蜻蛉(とんぼ)の異名であることは承知しているが、この時は知らなかったのだろう、付箋がつけられ、項目にラインが引かれている。
菖蒲酒 あやめざけ [夏] 菖蒲の根に約三センチ程に刻んだものに酒をつけ、五月五日の節句に飲む。邪気を払うといわれた。  この菖蒲酒のすぐ近くの菖蒲の枕(あやめのまくら)にも付箋が付いている。例句として「相伴に蚊もさわぐなりしょうぶ酒」一茶(八晩日記)
安居 あんご [夏] 寺院で、一定期間、僧達に外出を禁じ、購読や座禅に専念させることをいう。安居は夏を第一とした。この言葉にラインを引いたのは、もちろん坂口安吾の名が頭にあって。
しかし、「心安らかに暮らす」「安居」という言葉が、夏の季語というのはこの時初めて知った。例句「夏百日墨もゆがまぬこころかな」蕪村(蕪村句集)この句の「夏百日」は夏期に百日修行する「安居」のこと。
虎杖 いたどり [春] たで科の多年草本。春に宿根から芽を出す。噛むと酸い。茎は中空で節がある。葉は長卵形。煙草の代用とする。時珍本草に曰く。「杖はその茎をいひ、虎はその班をいふ」とあり、例句「虎杖や至来過ぎて餅につく」一茶(九番日記)この「虎杖」は、知らなければ読めない文字だろうが、築地の場外の寿司屋で「虎杖」という店があって、その名で覚えていた。また、ステッキのコレクションをしているので「杖」の字に反応したのかもしれない。
虎杖競 いたどりくらべの季語もあり。
他に、稲の殿 いねのとの [秋] 稲妻の異名。ただし雷(かみなり、いかづち・はたはた神)は夏。隠君子 いんくんし [秋] 菊の異名。白朮花
うけらがはな[夏]菊科の多年草本。蒼朮を焚く そうじゅつをたく あるいは卯杖 うづえ[春]
中古、正月の卯の日に、桃、椿、梅などの木を五尺三寸(約一六〇センチ)に切り、三本または四本を一木として天皇、皇后、東宮、中宮に大学寮・衛府から奉ったもの。年中の悪鬼を避けるといわれた。これなども「杖」に関連した季語としてチェックしていたようだ。等々とかつての日本文化のあれこれになんとも好奇心を刺激される辞典である。まさに座右の一巻。
◯『俳句難読語辞典』 宗田安正(二〇〇三年一一月 学習研究社刊 二六六頁)

難読語辞典

難読語辞典

手帳サイズのハンディな、難読と思われる俳句関連の言葉を収録した初心者向けの俳句辞典。監修者・宗田安正による「はじめに」には「たとえば、礁(いくり)、溶岩(ラバ)、瞑(めつむ)る、簷(のき)といった語も一般のどれだけの人が読み、理解できるであろうか」とあり、この小辞典が「難読語・難語の類を集め、意味と例句を付し、さらに読めない漢字は総画字引から調べられるよう配慮したもの」。
例によって、すでにラインの引いてある項目をチェックする。まず「気象」関連から。秋黴雨(あきついり)秋秋入梅とも。秋の長雨。秋霖。「夕景のやゝに明るく秋黴雨」柴田白葉女、「秋黴雨咳(しわぶき)落し家を出て」角川源義。
糸遊(いという) 春 かげろう。「糸遊をみてゐて何も見てゐずや」斎藤玄、「糸遊へ誘われたまふ仏かな」澤木欣一。
海市(かいし) 春 蜃気楼。「海市立つ噴ける未来のてりかへし」加藤郁乎 「海市消ゆ恍惚として子守唄」八木三日女。
虎が雨(とらがあめ) 夏 陰暦五月二八日の雨。曽我兄弟の兄十郎の愛人・虎御前の涙雨による。「家にゐることの珍し虎が雨」宇多喜代子 「グラビアにピカソの背中虎が雨」皆吉司 などなど、難読語、難季語が収録されているが、例句のほとんどが現代俳人によるのが、 読んでいて楽しいし、親しみやすい。
紹介すると、きりがないのでこのくらいにするが、[虎が雨]の例句作者、宇多喜代子の名が出たので、次回は、難季語に関連する彼女の著作『古季語と遊ぶ』からさらに、手元の、変わり種、俳句辞典を紹介したい。

季語道楽(21)   坂崎重盛

  • 2019年9月9日 17:17

ゼツメツキゴシュウ(絶滅季語集)を楽しむ

夏井いつき先生の『絶滅寸前季語辞典』の本文をさらに覗いてみよう。「歌詠鳥(うたよみどり)」が「鶯」の副題(別の呼び名)であったり、「貝寄風(かいよせ)」が陰暦二月二十日前後に吹く西風のことであったり、「風信子」がヒヤシンスの別名、などと、それこそ「クイズ雑学選手権」の問題に出そうなことがどんどん紹介される。
しかも、それら絶滅寸前季語の解説が、いつき先生ならではの頓智の効いた(この、とんち、という言葉も、ほとんど死語? 人の口から、この言葉を聞いたが、まったくない。戦後、NHKの放送で『とんち教室』という超人気のバラエティ番組がありました。また、筑摩書房から、この「頓智」という言葉を雑誌名にした出版物がありましたが……)軽妙なエッセイとなっているのである。
例えば「風信子」の項では、季は初春、植物、の注があり「ヒヤシンス」の別名、の後に、こんな文章が続く。紹介させていただきます。
『大歳時記』には、「風信子」「夜香蘭(やこうらん)」「錦百合
(にしきゆり)」が副題として載っている。こうやって見ている
と、植物系季語における和名とのギャップは、なかなか面白い
問題だ。
そんななかで、「風信子」という和名は、楚々としたヒヤシン
スのイメージをかすかに引き継いであるように思え、ワタクシ
的好感度は高かった。
と、ここまでは、かなりまともな感想。しかし、続く一文がなつき先生の本領、というか地が出て、ついニンマリさせられる。
が、自作の一句「遺失物係の窓のヒヤシンス」を「遺失物係
の窓の風信子」と置き換えてみたら、風に吹かれて迷子になっ
た妖怪・子泣きジジイが窓口に座っているような気がして、な
んだかガッカリ。
例えが凄いですよ。「風に吹かれて迷子になった妖怪・子泣きジジイ」なんて。水木しげるの、あのキャラクターを読者が先刻承知のもの、と大胆にも判断しての表現なのだ。
(わかる人にはわかってもらえる、わからぬ人はそれはそれでいい)という俳句の世界の人ならではの、フットワークの効いた、また思い切りのいい俳諧精神の発露の文と言えるでしょう。
で、最後に、
泣き虫のわけを知ってる風信子   夏井いつき
と、なにやら可愛い句で、この一文をしめている。
だいたい本文全体が、こんな感じのユーモラスにしてエスプリに富んだ解説文なのだが、今の季節は夏なので、その季語をチェックしてみよう。
「安達太郎(あだちたろう)が「雲の峰」の副題で積乱雲の異名で、坂東太郎、丹波太郎、比古太郎も同様という。「妹背鳥(いもせどり)は「時鳥(ほととぎす)」の異名とのこと。「時鳥」が「ほととぎす」であることは知ってはいたけど「妹背鳥」などという雅(みやび)な別名をもっていることは知らなかったなぁ。それにしても「ほととぎす」は、あれこれ別の名で表されますよねぇ。正岡子規の「子規」は結核で血を吐いたことから「泣いて血を吐く子規(ほととぎす)から子規と号したといわれるし、「不如帰(ふじょき・ほととぎす)」は徳富蘆花の人気小説で、そのタイトルによって一般の人たちにも「不如帰」の文字が知られるようになった。
この物語の「あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ!千年も万年も生きたいわ!」という、結核を病む悲劇の女主人公・浪子の吐くセリフはなぜか子供ごころにも記憶があった。
浪さんのセリフはさておき、この「ほととぎす」︱︱「杜鵑」「杜宇」「蜀魂」「田鵑」「沓手鳥」「霍公鳥」などと表記されるかなりメンドウな季語なのだ。さらに、その非道で“犯罪的”ともいえる子育ての生態(杔卵)を知ると、ほととぎすを憎む人がいても不思議ではない。(興味のある人は「托卵」についてチェックしてみてください)。
「霍乱(かくらん)」というのも妙な雰囲気の季語だ。季は「晩夏」。
「暑気中(しょきあたり)、食中毒によって起こる、吐いたり下したりする症状の総称」とある。簡単に言ってしまえば今日の「急性胃腸カタル」が一般的だがコレラや「日射病」をも「霍乱」といっていたという。と、なると最近取りざたされている「熱中症」なんかもふくまれるのかしら。
この「霍乱」、ぼくなどは「鬼の霍乱(おにのかくらん)」という言葉で頭の中に入っている。「ふだんは鬼のように丈夫な人が病気になること」とおもって、近況報告の手紙などで、季節にかかわらず、体調を崩したときなど、自嘲気味にこの言葉を使ったりしていたが、正しくはなつ、それも晩夏限定の言葉だったのですね。知らなかったなぁ。
もうひとつ、その実態を知って、つい笑ってしまったのが「土瓶割(どびんわり)」。なんだぁ、この季語は? しかも「夏」でしょう? これが実は「尺取虫」の異名という。あの妙な動きをする尺取虫をなぜ「土瓶割」などというのか? その理由が笑えるのだ。
あの尺取虫、じっと木の枝の途中などで静止しているときは、色といい、ピンと張った形といい、まるで細い枝、そっくり! その細い枝の擬態に、そそっかしいのが土瓶を掛けようとし、当然、土瓶は落ちて割れてしまう││から、「土瓶割」という次第。
落語的見当世界のオカシサですね。そこで思い出したのが季語ではないが、「半鐘泥棒」。これは、やたらと背の高い人を、からかって、こう呼んだりした。背があまりに高いので火の見櫓の鐘を盗める、という見立て。かつては、こんな言葉そびの世界が生活の中で生きていたのですね。
「土瓶割」、イッパツで覚えた「夏」の季語となりました。
以上は『絶滅寸前季語辞典』からの紹介だが、この続刊と言える『絶滅危急季語辞典』も見てみよう。こちらも「夏」の季語をチェックする。「牛の舌」が魚の「舌鮃(したびらめ)」、「金砧雲(かなとこぐも)」が「雲の峰」同様の「積乱雲」、「高野聖(こうやひじり)」が、なんと水の中に棲む凶暴な昆虫のタガメ、「こころぶと」は「心太」と書いて「ところてん」などと、こちらも難解季語や珍季語が列挙されているが、ぼくが好きなのは「三尺寝(さんじゃくね)」「昼寝」の副題という。もちろん、これも知らなかった。夏の日足が三尺(約九〇センチ)動くあいだほどの昼間の短い眠り、というわけ。なんか粋ですね、たとえの表現が。
心中のやうに愚妻と三尺寝    徳永逸夫
という例句も「心中のやうに」という言葉がかえってユーモアというか、心ゆるした夫婦のおだやかな関係を伝えてくる。
「夏の霜」もきれいな季語だ。これは「夏の月」の副題。「月の光が地上を照らしている夜景を、霜が降りたと見立てたもの」とある。「夏の霜」という季題そのものが、すでに装飾的な言葉なので、いつき先生は「危険性」があって「近づきたくない」といいつつ、
夏の霜いま林立の摩天楼
という、ブロードウェイのミュージカルの一シーンのような情景の句を添えている。
「はたた神」の「はたた」は「霹靂(へきれき)」とかかれ「晴天の霹靂」、つまり「雷」の副題なのだが、いつき先生はここで、高校時代の憧れの先輩との出会いと、この「はたた神」、つまり「雷」との遭遇によって、その淡い(というか、たった二日の)小さな恋は、あえなくも幕を閉じたことを、オモシロオカシク回想している。で、先生の例句が、
はたた神には恋してはなるまいぞ
などと、もう、全文紹介したいくらいなのだが、それではまるで完全パクリになってしまうので、このくらいにしておこう。上・下巻二冊、ご自身で入手して楽しんで下さい。
と、下巻の『絶滅危急季語辞典』のページを閉じて、ふとカバーの帯のコピーに目が行った。「アレも季語 これも……季語?」とだけある。(うん⁉︎ ハハーンこれは、多分、あの歌詞のパロディか! いや絶対そうだ)と勝手に確信した。
もう四十年ほど前? 松坂慶子がテレビドラマの中で妖艶なタイツ姿で歌った「愛の水中花」(五木寛之先生作詞!)の「🎵あれも愛 これも愛」という一節。ま、どうでもいいことですが、いつき先生の文章に接していると、頭脳が妙な活性化を示し、あらぬことに神経が反応する。
ところで、いつき先生の著書を楽しんでいるとき、「週刊朝日」の人気連載、林真理子の「マリコのゲストコレクション」につい最近、夏井いつき先生がゲストとして登場、林真理子とのトークを披露していた。(二〇一九年五月二四日号)
例の「プレバト」の俳句コーナーのことを中心に、いつき先生の俳句への思いが、あの、飾らぬ口調で語られる。「あんなヘタクソな句を添削したことがないんです(笑)」「梅沢さんは、向こうが突っかかってくるから、払わないわけにはいかないので」「俳句はつくることも楽しいけど、読み解くことが楽しいんですよ」「ポケット歳時記」を持っている生活と、持っていない生活は「ぜんぜん違いますよね」(etc)
いやー、いつき先生の、人間力そして、俳句への愛、素晴らしいですよね。そして、古来より俳諧の重要な根幹のひとつ、自由と遊びの精神!
その、いつき先生が、今日のようにブレークする二十年近く前から、俳句を楽しむための活動から結実した『絶滅寸前季語辞典』、『絶滅寸前季語辞典』、快著にして、怪著、いや疑いなく名著であると確信するのです。
いやー、買っててよかった!

次回は、これまた、不思議な歳時記、季語辞典、季語集の類をズラリと紹介したい。たとえば沖縄の俳句歳時記ですよ。いやいや、沖縄どころにではなく、ハワイ歳時記もあるんです。しかも、かなり立派な造本の。