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季語道楽(45)さすが!兜太歳時記の独創性    坂崎重盛

  • 2021年3月28日 16:39

さて、金子兜太がかかわった単巻(一冊本の歳時記)を手にとることにしよう。

と、その前に、各種ある歳時記のなかで、一冊にまとめた書籍を、ぼくは仮に“単刊歳時記“、「春・夏・秋・冬・新年」などと複数册で一揃えのものを、”複刊歳時記“とする^ーーなどと記してきたが、なにか、しっくりこないな、と心のどこかに引っかかっていた。

ふと気づいた。“複刊”という言葉が、まぎらわしかったので。つい“複刊”つまり複刻刊行と混同する。途中からで申し訳ありませんが、“複刊”を今後は、もたつこいけど、“複数册”歳時記と表記させていただきます。

 

さて、本題。金子兜太の歳時記(しかも“単刊”一冊本の)。

  • 『現代俳句歳時記』(平成元年・千曲秀版社刊 本文七八〇頁・函入り)
  • 現代俳句歳時記 編:金子兜太 千曲秀版社

    現代俳句歳時記 編:金子兜太
    千曲秀版社

チェックしたいのは金子兜太による「あとがき」なのですが、まあ、せっかく手にしている歳時記ですから、アタマからページをめくってゆくことにする。いまさら、急ぐ旅じゃあるまいし。

やっぱりよかった! これまで、まったく気づかなかったけれど、装丁扉の裏に、ほんの小さな文字(一〇級、明朝だろう)、クレジットが入っている。

装画/オーブリエ及びクリスチャン・ヤコブによる

装丁/斎藤愼爾

外箱の繊細な植物画は十七世紀末葉から十八世紀前半まで活躍した王室植物画。さらに注目したのは、「装丁/斎藤愼爾」だ。そうか、この兜太歳時記、かねて親交のあった、あの自らも俳人である「深夜叢書」の斎藤氏がかかわっていたのか。やはり本は隅から隅まで注意深くチェックしないと、細かい(ここが“キモ”だったりする場合も)ところを見逃す。

「凡例」は、ざっと読み流す。見出し語二千百余、季語・雑語計約八千四百語を収録。巻末索引に主季語約二千語、関連語など合わせれば約五千五百語の検索が可能、とある。ほんとに歳時記の編集、執筆はかなりタフな作業が要求されます。

さて「あとがき」を見てみたい。ぼくがこれまで、歳時記といえば、あまり、あれこれ考えずに、とにかく入手してきたのは、歳時記の「あとがき」を読みたかったからである。ここに編者の俳句世界に対する思い(「思想」といってもいい)、編集の苦労や愚痴、協力をあおいだ結社や同人へのあいさつ、またセールストークといった俗気もうかがえて興味ぶかいからだ。

さて、兜太歳時記の「あとがき」。一行目は、

この歳時記には二つの特色がある、ひとつは、「四季・新年には属さない」

「雑(ぞう)」の部を設けたこと。「雑」は「季節とは言えないが季語同等

(傍点)の含蓄を期待できることばを集めて」(傍点・坂崎)「これを

補完」したという。

そして、兜太は、芭蕉の「名所のみ雑の句もありたし」の句をひき、「地名が十分にはたらいていれば、さらに季語を加えて用いる必要はないと考えた」と説明している。

“得たりや応!”ーーこの「名所」と「無季語」の関係を知っているか否かで、その人の俳句理解への深度が計れるーーと、ぼく自身、代表的な季語すら誤って用いて恥をかいている半可通のくせに、他の人に対しては、そう思ったりして、自慢気に説明してきたりした。

 

編者・兜太はーー「雑の部を設けるに当たっても、やみくもに無季語を拾うということをしないで」季語に「見劣りしないことばを集めることに努めた」という。

そして、その理由は「先達の物言いを尊重したから」とのこと。兜太先生、句は、前衛かもしれませんが、さすが、お考えは、じつに正統派ではありませんか。

さて、もう一つの特色ーーそれは「例句の鮮度を考慮したところ」という。そして、「古典俳句をはじめ、明治期以前の作品は一切はぶいて、明治以降の近日現代俳句に限定し、とくに現代俳句、そのなかでも昭和後期の作品にかたむけて選んでおいた」ーーと。

なるほど、これぞ兜太歳時記ならでは本領発揮の編集方針。ところが……これに続く一文はしっかり心して読まなくてはならない。

「終わりに、季語についての私の理解を簡単に記しておきたい」の記述。

私は季語を季題と同じと受けとっていて、それは〈作られたことば〉(人

造語といおうか)なり、と考えている。ここに蝉という夏の季語がある

が、これは生き物そのものの蝉でありつつ、しかしそれとは別のものな

のである。

では、なんなのだ? と問いたくなる。それはーー

生きものである蝉そのものに、人の想い(思念や想像そして感覚など)が

加わって、その双方が溶け合ったところに生まれたことば、と見ている。

と、さらに、

これをしも蝉の美意識化と私はいうのだが、季語は、ものや現象そのもの

ではなく、それを美意識化したところに現出した〈人造語〉なのだ。

かっこいい。一種の定義であり、名文ですね。つづけたい。

だから、たくさんの蝉の声を「蝉時雨」と造語する。「空蝉」ということば

が、ただの蝉の抜殻(ぬけがら)ではなく、生死無常の想(おもい)の込

められた、透明感を背負うことばとして生れかわる。造語される。

えっ? あの反体制戦後前衛俳句の頭目のような兜太先生のこの言説は? とちょっとびっくりする 句界内外の人たちがいるかもしれない。無理はない。兜太先生、そのへんの経緯(いきさつ)を自ら語っている。

二十年前の私もその一人であって、季題趣味などと称して、その陳腐に馴

染むまいとしたものである。

と告白するが、

しかし今は違う。拒絶する以前に、季語という美意識化による造語の豊

潤を味得して(私は〈しゃぶる〉という言い方をしている)、これを大いに

活用したいと願っている。

そして、この後にも再度、「季語を大いにしゃぶりたい」とくりかえしている。〈しゃぶる〉ーーそこは兜太先生、凡百の、優等生的俳人から出る言葉ではありませんね。ただ深刻ぶった純文学ならぬ“純俳人”から発せられる表現ではないでしょう。根が“不逞”なのでしょう。心強くも“俳”の字が似合うお人柄ですね。

 

本文も見てみる。季節はこれから、いよいよ春なので「春」の章の、そうだな「春の夜」。

そうそう、この兜太歳時記は俳句の季語の源ともいえる和歌の引用紹介もある。

春の夜の夢の浮き橋とだえして

峰に別るる横雲の空

藤原定家の、「新古今和歌集」の有名な和歌ですね。このあとに挙げられている三句が、

春の夜や土にっこりと寂しけれ    永田耕衣

木曾の春白壁にふとわが影が     金子兜太

母を訪いし春夜の鉦(かね)は母を打つ   赤城さかえ

といったぐあい。古典俳句を一切はぶいたというのに、和歌が多く挙げられている編集方針もユニークといえばユニーク。ーーと、いうより、ここの兜太先生の句、ぼくは素人句会で、この句を見ても〈白壁に、ふと、わが影かよ、取らないな、あまりにもイメージが陳腐でしょ〉で片付けてしまっただろう。いくらあたまに「木曾」を出して、それが実際の体験であったとしても。とくに「ふと」は、ねぇ。

しかし、陳腐をおそれていたら、俳句など作れませんでしょう。それは正岡子規の句を見れば納得できる。いわば、ただのアイサツ。贈答句。駄句の山でしょう。それで、いいのです。どだい名句を作ろうなんて、魂胆がいやらしい。

三句の中では、耕衣の「土にっこり」が「土ほっこり」をすぐに連想させるが、それはともかく。ぼくは、意味はきちんと受けとれないが赤城さんの「鉦(かね)は母へ打つ」が好きですね。なにか心に訴えてくるものがある。

 

もう一つ見てみましょうか。キャンディーズの歌もいいけど、「春一番」。例のごとく、短歌が。こちらは現代歌人、俵万智さんの師の佐佐木幸綱。

荒く逆立つ春一番の金髪を抱きて熱き男盛りの山

紹介されるのは、こちらも三句。

春一番がんじがらめが好きな指   的場まなみ

春一番堂のかめむし落ちて出る   曽野克平

春一番月ずぶ濡れて木の肌に    高山子果

なるほど! 三句とも好きです。とくに一句目が。ちょっと万智チャンの短歌を思い出してしまいましたが、独創がありますよね。

それより幸綱センセーの、例の美丈夫というか、女性のお弟子さんたちの♡マークの瞳で見つめられ慣れたような二枚目短歌がムカツキます。もちろん嫉妬に決まっています。「金髪を抱きて」ですよ! で、いじけて、返歌というより返句(変句)みたいなものが頭に浮かんでしまった。

春一番ぼくに男盛りがあったっけ   露骨

もともと、「春一番」と「男盛り」が付きすぎではなかったですか? 幸綱センセー。で、ぼくは「春一番」を、さりげなく「沈丁花」に変えて、トボケてみました。

沈丁花ぼくに男盛りがあったかしら

字余り御免!

あだしごとはさておき、兜太歳時記で本人がこの際時期の特色の一つとした四季の季語以外の「雑」の部を見てみよう。

季語に「見劣りしないことばを集める」「季語同等の含蓄を期待できることばを」としているのだから否応なく興味がわく。

 

「雑」の部は、当然「時候」をぬくとしても、他の「天文」「地理」「生活」「行事」「動物」「植物」といった項目別に「雑」のことばと、それにときに短歌(和歌)、詩文、あるいは川柳が添えられ、次に例句が紹介される。たとえば〈天文〉の項目の中の「闇(やみ)」ということば。類語として「真(ま)っ暗、暗黒(あんこく)、暗闇(くらやみ)、常闇(とこやみ)、夜陰(やいん)」が挙げられ、

竹は内部に純白の闇育て来て

いま鳴れりその一つ一つの闇が

という、またもや佐佐木幸綱の『夏の鏡』からの歌を掲げている。よほど気合いが合いますか。そして解説は、

青年の混沌とした内部世界、それは闇であるが、純粋の闇といえるも

のだ。闇の色である〈玄〉は、あらゆる色、純白さえも含んでいるという。

とあり、例句は、

闇よりも暁さびしい息の緒よ      中村苑子

闇こぼれる鈴よりもたしかで震えて   渡辺政士

「地理」の項目、「山」。類語は二十もあるので略す。解説の前に『月山』唐の引用があるが、これも略して例句を見てみる。

まずは筆頭に編者、兜太先生の句。

暗闇の下山くちびるを分厚くし

「くちびるをぶ厚くし」に誰しも魅かれるだろう。他に、九句から四句選んでみた。

道のないところが山のひかりかな    関口比良男

山裾に一人娘(こ)を生み継ぎ生みつぎ 大間知 君

朝のガラスに富士がきており暗し    森下草城子

二上山(ふたがみ)暮れふたがみ明ける愛掠め 小日 保

 

「人間」の項。「頭」「脳」「毛髪」「顔」「耳」といった人体にはじまり、老若、家族、感情などの、季語に代わることばが列記されるが、たとえば「目」。これも、類語として「両眼(りょうがん)」「義眼(ぎがん)」「近眼」「垂目(たれめ)」「血眼(ちまなこ)」など二十以上挙げられているが略。例句は四句。

目を病めば片目淋しく手紙書き居る    尾崎放哉

引き廻されて草食獣の眼と似通う     林田紀音夫

犬交る街へ向けたり眼の模型       田川飛龍子

まなこ荒れたちまち朝の終わりかな    高柳重信

挙げられた四句、僕はぜんぶ好きです。やはり「目」、「眼」のイメージの力なのでしょうか。まさに「目力(めじから)」。

 

キリもないので、このへんで切り上げたいのだが、「生活」の項目に「サラリーマン」があった。例句だけチェックしたい。八句挙げられているが、

水少したまる便器サラリーマンの連帯感  上月 章

銀行員等朝より蛍光す烏賊のごとく    金子兜太

夜は暮の青さで部長課長の椅子      堀 葦男

タイプライター覆えば室は死んでいる   横山白虹

この四句選びました。なんか、戦後の職場の雰囲気が伝わってきませんか。サラリーマン社会のエレジーも。ところで兜太先生の「銀行員等ーー」は比較的よく知られた句で、代表句のひとつといえる。ちなみに作者は東京大学経済学部を飛び級で卒業、日本銀行に入行。飛び抜けた秀才だ。

さて、そろそろ、この千曲秀版社版『現代俳句歳時記』の紹介を閉じて、次の、やはり金子兜太の関わる、

  • 成星出版『現代歳時記』(一九九七年刊 本文768頁)

    現代歳時記 金子兜太、黒田杏子、夏石番矢 編 成星出版

    現代歳時記 金子兜太、黒田杏子、夏石番矢 編
    成星出版

に移らねば。こちらは兜太に、黒田杏子、夏石番矢の二俳人が加わっての三者による共編。念のため御三方の生年を記しておこう。二人の参加で、編者の平均年齢もぐっと若がえった歳時記となる。

先稿の兜太歳時記では、金子兜太の経歴などに、まったくといっていいくらいふれなかったので、ここで、他の二人の編者の横顔とともに、この『現代歳時記』巻末の「編者紹介」を引きつつ、紹介しておきたい。

[金子兜太(かねことうた)] 大正八年、埼玉県生まれ。父は医師で水原秋桜子の「馬酔木」に所属した俳人の金子伊昔紅(ル、いせきこう)(本名・元春)。この父が傑物で患者さんたちからは「赤ひげ先生」といわれ、故郷で、戦前、その歌詞が風紀を乱すとして秩父で消えかかっていた「秩父音頭」を一部改良(?)復興、現在に保存されることとなった。いわば「秩父音頭」再興、普及の父。この父の俳句がすごい。

元日や餅で押し出す去年糞(くそ)(昭和十六年)

ですもんね。そして、その息子の兜太の句がまた、

長寿の母うんこのように我を生みぬ

ですから、父は「糞(くそ)」にして子は「うんこ」。この親にしてこの子あり?いや、この子ありて、この親あり、か? まさに人間讃歌。(そこらの結社主宰のセンセー気取りの二枚目句とは大違い!)

例によって、脇道に迷い込みついでの話になりますが、この句を、この句を、あのビートたけしが「オールナイトニッポン」の記念すべき第一回(1981年一月元旦の放送で、なんと、

元旦や餅で押し出す二年糞

として披露したという。一部、原句とは異なるが、そんなことはどうでもいい。“殿”どこで、この句を仕込んだか、たけしの感覚と教養は、やはりスゴイ。に、しても、あまりにたけしにピタリの句ではありました。

兜太の経歴の話に戻ろう。

一九四三年、東京大学、すでに記したように繰り上げ入学、経済学部卒。日本銀行入行。戦時下、帝国海軍主計中尉。一九四七年、日銀に服飾。日銀労働組合に力を注ぐ。職場では「窓際族どころではなく窓奥」、日銀の座敷牢か?

俳句は“人間探求派”の加藤楸邨に師事。一九六〇年頃より前衛俳句の旗手に。句誌「海程」主宰。小林一茶、種田山頭火の研究家としても知られる。また、その書は専業書道家にはない、そぼく、豪快、野太くあたたか味のある筆勢の書のファンも多く、九十歳を過ぎて「アベ政治を許さない」の書のコピーを国会前の多くのデモの人々が手にしていたことなども、いんしょうぶかく、記憶される。

[黒田杏子(くろだももこ)]1944年東京生まれ。東京女子大学入学と同時に「白塔会」に入り山口青邨主宰「夏草」に入会。同大学心理学科卒業、博報堂に入社。テレビ、ラジオ局プランナー、雑誌「広告」の編集長などもつとめ、文化人、各界著名人との親交を得る。平成二年、俳誌『藍生』創刊主宰。教育テレビ「NHK俳壇」主宰。自ら“季語の現場人”を称する。夏井いつきは、この黒田杏子に多くの影響を受けたと公言している。字多喜代子と並んで今日の女流俳人を代表する人物。

[夏石番矢(なついしばんや)]一九五五年兵庫県生まれ。本名乾 昌幸。東京大学教養学部フランス科卒業。大学在学中から東大俳句会ほか東大能狂言観世会にも所属。句作は十四歳からはじめ中学生学習雑誌の選者をしていた金子兜太の選を得る。東大時代から、“多行書き”の前衛俳人・高柳重信“を師とする。規制俳壇、とくに角川俳壇を否定と。従来の季語によらぬ俳語の世界を模索、日本語だけでなく多言語での朗読や器楽演奏とのコラボレーションなど旺盛な活動を展開している。

ーーと、まあ、こういうどちらかといえば戦後の伝統的というか既成俳壇とは俳句に対する思いを一つにしない“個性的”な編者による『現代歳時記』、当然のことながら、これまでの歳時記とはちがった編集方針が期待できる。しかも、この編集チームの年齢、経験を考えると、柱は最長老の金子兜太であるとしても、実質、編集の中心となったのは夏石番矢ではないだろうかと予測される。内容を見てみよう。「まえがき」は無し。「凡例」より。

  • この歳時記は「陽暦による」「月別」と「雑」に分類されている。「春・夏・

秋・冬・(新年)」は一般的だが「月別」は新らしい。

  • 「雑」は、天文、時間、地理、空間、人間、社会、生活、文化・宗教、動

物、植物、物質の物理、固有名の九項目を配列。これは先の金子兜太単編とされる千曲秀版社版『現代俳句歳時記』と同じ編集理念である。つまり、

この三者にある歳時記の基本理念は金子兜太にあると見ていい。

  • 季語と「雑」の見出し語は計二、三六四語。巻末五十音索引は主季語と類

語の約一一、三七三語を掲載。

本文を開く。「時候」。例によって、今、この原稿を書いている、この季節。歳時記では「二月」(冬・春)とある。精読せず菜の花畑のモンシロチョウのように、好きな季語、気になる季語を、ひろい読みしてゆく。

この歳時記(巻のトップの季語は「春」。一茶ほか、例句は五句。うち、

うさぎ小屋に春を陰気な兎たち    上野美智子

吾が英語通じて春の目玉焼き     鈴木鷹夫

「うさぎ小屋」の句、兜太好きで兎物コレクターの泉鏡花先生が見たらどう思うかしら。

「立春(りっしゅん)」やはり五句のうち。この歳時記、挙げられている例句はすべて五句でした。この方針も珍しい。

立春を五分遅らす長電話       有馬英子

春立つと影が勝手に動き出す     萩原栄二

「二月(にがつ)」

断りの返事すぐきて二月かな     片山由美子

自在な句境ですね。精神が自由、柔軟。

「早春(そうしゅん)」

早春の飛鳥陽石蒼古たり      金子兜太

飛鳥(あすか)、斑鳩(いかるが)の里まで行って、“陽石”つまり男根石に目をやるのが、いかにも兜太大人。もちろん近くにあるはずの“女陰石”にも視線はいったはず。こちらは“蒼古”ならず、濡れ艶めいて、輝いていたりして。兜太先生の、飛鳥での陰陽のシンボル俳句、見てみたかった。

ももいろのペリカン抱え早春の駅をすぐ  深町一夫

ペリカン⁉ ギリシャのミコノス島の浜辺をうろついていたペリカンの大きさにびっくりしたことを思い出した。あれを「抱え」られる? ペリカンの子か?

早春の漁夫からもらふ丸き石      米沢恵子

いるんですよね。ぶこつ、自然児にして素朴、根がロマンの男。いい感じの句ですね。早春だし。

ま、こんな具合の季語と例句の配列です。

では、本命の「あとがき」に行きたい。これは当然、長老・金子兜太による。書き出しの一行目から。

〈いまの暮らしに合った歳時記〉ーー別の言い方をすれば、いまの生活の

なかで俳句をつくろうとするとき、すぐに役立つ歳時記。あるいは、俳句

をつくらない人でも読んでおもしろい歳時記。

そして、そのために、先に紹介したように従来の季の区分ではなく「月別」の季語分類とした。そして、これもすでに記したが、たとえば「二月」を「冬・春」と両立させ構成する。

季節が、二季に、またがるのだ。その理由が述べられる。

日本人は季節の移りにはことに敏感で、さまざまな物思いにとらわれる。

移りの季節感にはっきりスポットを当てたところも自慢のひとつなのだ。

さすが、いいですねぇ兜太先生、堂々と“自慢”するところが。また、この歳時記でも「雑」の部で「季語以外の言葉を集めるようにしたことが特徴の大なるもの」と自賛。おおらかで人柄のよさですね。そして「雑」の中のことばであっても

これも季語の場合と同じで、よい作品によってその語は歳時記のなかに定

着(傍点・坂崎)するのである。

と、季語の誕生の資格、ルールに、きちんと言及する。

もう一つ、これも兜太が関わる歳時記の特色が、「古典俳人では、芭蕉、蕪村、一茶の三人に絞り」「現代俳人は昭和中心とし、これに三人の編者が推薦する俳人約六百名を加え」「例句に新鮮且つ充実したものを備えた」と明らかにしている。編集の方針をオープンにしたフェアーな姿勢といえよう。

例句、一頁に約二十句。少なめで六〇〇頁として一万二千句。やはり歳時記を編む方も読む方も(こちらは拾い読みとしても)、並々ならぬエネルギーが注入されなければ成立しません。しかも、しかも、単巻歳時記にして、この姿なのです。

俳句歳時記︱︱考えてみれば、空おそろしき出版物です。この紙による媒体は、令和なる世、いまや絶滅に瀕(ひん)しているにちがいない。これまでの紙による壮大な伽藍が崩れ去るときに面しているわけです。

というわけで、俳句歳時記という、いわばナンセンスともいえる出版物の臨終の立ち合い人たらんとしているわけです。

もちろん、俳句歳時記というものが、この日本文化から消え去る道理はなく、「電子歳時記」といったものが普及されることとなるでしょう。この歳時記の「あとがき」でも最後に兜太万年青年俳人は、このことに言及しています

ところで、この歳時記の編集人の一人、夏石番矢といえば、雄山閣出版から「Series俳句世界3」『無季俳句の遠心力』と題する一冊特集で、佐佐木幸綱を迎え、夏石と共に編集の復本一郎と「無季俳句」をテーマとしている。

Series俳句世界3 無季俳句の遠心力 無季俳句100選 編:佐々木幸綱、夏石番矢、復本一郎 雄山閣出版

Series俳句世界3 無季俳句の遠心力 無季俳句100選
編:佐々木幸綱、夏石番矢、復本一郎
雄山閣出版

巻頭は佐佐木幸綱、夏石番矢、復本一郎による『広がりゆく「俳句」野フィールド無季と有季の新思考』や、酒井弘司による「無季俳句一〇〇選」他、興味ぶかい構成となっているが、ここに立ち寄るのは控えよう。他の歳時記の群れが「まだ待たせるのか!」……こちら、ぼくを見つめている気配がただよってきて……。