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季語道楽(34)季語が学べる懇切な実作講座 坂崎重盛

  • 2020年3月18日 17:43

角川書店発行の月刊句誌『俳句』で三年間にわたる連載をまとめた今瀬剛一による『季語実作セミナー』(角川書店刊)

まず、この本の袖に載っている著者略歴を見て、ちょっと驚いた。昭和十一年茨城県生まれ。そのあと、昭和四十六年「沖」創刊とともに参加、能村登四郎に師事︱︱とある。

俳句結社の動向にうとく、興味ある特集のとき以外は俳句専門誌などもめったに入手しないので、この『季語実作セミナー』の著者と『秀句十二カ月』の著者が、句誌「沖」をともに立ち上げた同人で、しかも師弟関係であったとは気にもとめずにいた。ただ、目にとまった歳時記関連本として買いおいた二冊であった。ぼくは、少しでも興味あるテーマの本は、“積ん読派”以前に、とりあえず“買っとく派”なのだ。

ま、そんなご縁があった今瀬剛一の︱︱「季語という俳句のもっとも重要な要素がわかりやすく学べる。総合誌『俳句』の大好評連載、待望の選書化!」と帯に唱われた、この『季語実作セミナー』を開いてみよう。

季語実作セミナー 著:今瀬剛一

季語実作セミナー 著:今瀬剛一

「はじめに」を読む。「五月、いま私の周囲は全くの青葉である」と、始まり、季節の変化の早さにふれてゆく。そして、

こうした自然の変化、季節の移り変わりのなかにいると、俳句は有季定

型の詩であるという主張には全く疑いをはさむ余地はない。たかだか十七

文字の俳句、何もものを言えない俳句という側面に立つとき、この「有季」

「定型」という二つのことが私にどれほどの力を与えてくれるか、このこ

とを考えないわけにはいかないと思うのである。

と訴え、さらに「とりわけ季語には歴史を経てきた力がある。膨らみがある」としたうえで、高浜虚子の、

遠山に日の当たりたる枯野かな

という、たしか教科書にも載っていた虚子の代表句の一つを提示する。そして著者は、

「枯野」の力強さ、広がり、そしてその強さ広がりは単に表面的なものに

とどまってはいない。それは清浄たるかつての人間全てが見聞した枯野、

生きて泣いた枯野、歩き疲れた枯野……、そのような意味から人生そのも

のの象徴の響きも持っている。

と解説する。とても説得力のある読みだ。さらに著者は、

ただ気をつけなくてはならないのは季語に纏(まつ)わる既成概念であり、

そうした意味からは、季語を一つ一つ洗い直してみることも大切であると

思う。

と、この本の目的の一つが“季語の洗い直し”見直しであることを明らかにしている。

さて、本文、第一章は「季節の移ろいを詠む」早春の季語【二月】からスタート。〈︱︱ さあ春だ、句帳を持って外へ出よう〉と始まる。例句として、

春なれや名もなき山の朝がすみ     芭蕉

枯れ枝に初春の雨の玉円か       高浜虚子

を挙げ、解説を付しているが、︱︱「春だなあ」という感嘆の声は芭蕉の作品に比べて静かである。それは作品の背後から聞こえてくる︱︱と語り、つづけて、

山深み春とも知らぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水

という新古今集、式子内親王の和歌を引き、

古来こうした情景は短歌にも詠まれているが、「円か」とまではとらえて

いない。ここに物を確かに見るという俳句の特性、あるいはもっと大きく

言えば実際に対象を外に出してみているかいないかの違いがあると思うの

である。

と同じ季節感の中で、それを詠むにしても観念でとらえる和歌と、実際の観察を通して表現する俳句の差を指摘する。

次が〈二 春を見よう、聞こう〉ここで著者は「要は自分の目で春を見付けること、自分の耳で春を聞くこと」とアドバイスし、

鎌倉の古き土より牡丹の芽      高浜虚子

みつけたる夕日の端の蕗の薹     柴田白葉女

山川のとどろく梅を手折るかな    飯田蛇笏

の三句を示し、虚子の句に対しては︱︱この作品の全ては「牡丹の芽」を見付けたところから始まっている︱︱とし、白葉女の句には、作者はまず「みつけたる」と直叙した︱︱そして、「蕗の薹」を提示しているだけで、読者のその感動を自由に味わわせている、と解説し、この一文の締めとして、

俳句とは述べるものではない、これは俳句を作るときの鉄則である。

と、われわれ初学の人たちにとって、句作のもっとも重要な“肝(きも)”を伝えてくれている。

二作目の蛇笏の句に対しては、

山々に響き渡る川の轟音(ごうおん)の中、一枝の梅を手折ったのである。

ぽきりという音は小さい音ではあるが確かに轟音のなかに一瞬響いたこと

と思う。その確かな音。

と解説する。なるほどなぁ、春近く雪解けとなる季節、山川の大自然の轟音に対して、手折った梅の枝の、小さな、しかし確かな、生命の証のような音、俳句はたった五・七・五の十七文字で、こんな、真実の、臨場感のあるスケールの世界まで描き出してしまうのだなぁ、といまさらながらの感慨。

そして〈三 春を行動してみよう〉〈四 私の推薦する早春の季語〉〈五 そのたの早春の季語、作句してみよう〉と、実作セミナーは進んでゆく。

また、初心者のための〈こんな作り方はいけません〉〈晩春の作品の失敗例〉〈どんなときに失敗するか〉〈晩春の作品、失敗三つの例〉などと、それぞれ例句を挙げながら、その問題点と改良句(添削句)を示す。

親切な季語活用、まさに実作セミナーとして構成され、同時に歳時記であり、季寄せの俳句入門書となっている。

(この項つづく)

季語道楽(33)下町生まれの歳時記的俳句エッセイ 坂崎重盛

  • 2020年3月18日 17:32

前回、本のタイトルに「歳時記」という言葉は入っていないものの、四季折々の自然や生活、あるいは行事についてふれられ、かつ、例句があげられている俳句関連の本、つまり実質は俳句歳時記の一例として萩谷朴の『風物ことば十二カ月』をとりあげた。

そして、二月の「梅薫る」の項で、ここでは俳句ではなく、俳句の季語の源となる和歌も紹介されていることを示した。もちろん「梅」が季題なのだが、「梅の花散る」さまを「天より流れ来る」「雪」と見る心の動きが、ここでも歌われている。

梅でも桜でも「花」といえば「雪」を想う、この約束事は「散る花」を「空に知られぬ雪」とし、また、「降る雪」は、「春に知られぬ花」ということについて記されている『季語の誕生』(宮坂静生著 岩波新書)を再度、手にとった。

再度といったが、本当のところは、この新書を、この間、再三再四、手にし、ページを開いている。ぼくの心の中では、この『季語の誕生』を、略して“キゴタン”とつぶやいているくらい親しい俳句解説書となっている。

そしてもう一冊が、これもすでに紹介ずみだが、季語の誕生について考えるとき頼りにしてきた井本農一による『季語の研究』(古川書房刊)。ここには、季語の成立に関して、万葉集の、中国詩の影響からやがて「我が国流に発展させた」『古今集』以後の和歌が、たとえば花を眺めるとき「花が散るのをはらはらと心を使いながら眺める」というのが文学的約束事とするようになった、とある。

「花」といえばかつての「梅」から「桜」へ、そして「散る花に心を惜しむ」ことが「花の本意」とされるようになったわけである。

同様に、「恋」といえば、「思いこがれる心」を詠うことに限定され、ハッピーエンド、成就した恋などは和歌の世界では認められない。「切ない慕情」「恨み」「思い切れないやるせなさ」そういった心の動きこそ、和歌における「恋」の「本意」であったという。

和歌の「本意」は室町時代を最盛期とする連歌にも引きつがれるが、下って俳諧の世界となると、たとえば「桐(桐の葉)」という季の題は、和歌や連歌では、きまって「秋」とされてきたが、新たに「桐の花」も登場、これが夏の季題となる。俳諧の時代の文学的自然美の発見、つまり新季語の誕生となる。

萩谷朴の『風物のことば十二カ月』を手に取ったことによって、和歌、俳諧の「本意」を復習したくなり宮坂静生の“キゴタン”、『季語の誕生』と井本農一『季語の研究』“キゴケン”に寄り道、いや、すでに紹介しているので“戻り道”をしてしまいました。

そうそう、この本で(そうなんだ)と知ったこと、連歌の世界では「菜摘」はもちろん春だが、「野遊」となると春とはかぎらないということになるらしい。しかし、今日の俳句歳時記や季寄せでは、「山遊び」「野かけ」とともに、立派な春の季語となっていて、

野遊びの皆伏し彼ら兵たりき   西東三鬼

野遊びのため一湾をよぎ来し   鷹羽狩行

といった句が見える。

 

さて、つぎの歳時記書籍は︱︱

枕辺に積んである本、数えると六冊、(たしか、他にもあったはずだが……)と思わせぶりをしておいて、まずはともかくこの六冊の著者、署名、版だけでも列記しておこう。

  •  能村登四郎『秀句十二カ月』(富士見書房)

○ 今瀬剛一『季語実作セミナー』(角川書店)

  •  森澄雄『名句鑑賞事典』(三省堂)

○ 宇田喜代子『名句十二カ月』(角川書店)

  •  柴田宵曲『古句を観る』(岩波文庫)
  •  長谷川櫂『四めくり 四季のうた』(中公新書)

 

ざっと、それぞれの歳時記的な本と、その周辺を見てゆこう。まずは能村登四郎の『秀句十二カ月』。版元は富士見書房。千代田区富士見にある出版社なので富士見書房。JR飯田橋近く富士見といえば角川書店のビルが建つところ。

秀句十二か月 著:能村登四郎 富士見書房

秀句十二か月 著:能村登四郎 富士見書房

そう、少しでも出版界を知る人ならば、富士見書房は角川書店と」同系の出版社であることは承知のはず。しかも、その角川書店とそのグループこそは、俳句関連の書籍を数多く刊行、出版界随一と言っていい歴史と実績を持つ。

というのもこれまた、俳句界に関心を持つ人なら、角川出版の創業者、角川源義(げんよし)その人が名の知れた俳人であり、自ら編者となった俳句歳時記も刊行していて、その長男があの角川春樹(この人もあまりにも著名な俳人)、長女が歌人で作家、さらに出版社・幻戯書房を創立、社長となった辺見じゅん(本名・真弓)といったこともよく知るはず。

さて本題の能村登四郎『秀句十二カ月』に戻ろう。著者の能村登四郎(のむらとしろう)は一九一一年、東京生まれ(二〇〇一年没)。水原秋桜子の主宰する「馬酔木」に投句。昭和二十三年「馬酔木」新人賞を得て俳壇デビュー。翌年「馬酔木」同人に。一九七〇年に自らも「沖」創刊、主宰。一九八一年「馬酔木」を辞す。句境は

長靴に腰埋め野分の老教師

春ひとり槍投げて槍に歩み寄る

霜掃きし箒しばらくして倒る

といった教師として、教育の現場から生じたと思われる静謐な思索を感じさせる句や、主宰する句誌「沖」の由来となった、

火を焚くや枯野の沖を誰か過ぐ

など、多くの人に知られる句を持つ。

その能村の『秀句十二カ月』のページをめくってみたい。

二月の「梅と涅槃会」の項。野沢凡兆、中村草田男の句と短い解説のあとに師の水原秋桜子の句、

伊豆の海や紅梅の上に波ながれ

の句が挙げられていて、

この句は、実景というより、光琳蒔絵のように、梅にその上を波を配し

た。構成された美を感じる。リアリズムからくる卑俗性や庶民感情をあえ

て避けて、高貴な精神美を志した作家の代表的な作品である。(以下略)

と解説されている。

二月十五日は釈迦入寂の日、涅槃会である。と記したあと、後藤夜半、永田耕衣、平畑静塔の涅槃像の三句を示し、つづいて「涅槃の翌日が西行忌になる」とあり、

花あれば西行の日とおもふべし

という、角川源義の句を挙げ、

「願わくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ」という、あ

まりにも有名な西行の歌の心を踏んだ一句である。この句は「西行忌」と

いうところを「西行の日」として固定化を避けて成功している。「花あれ

ば」も軽い打ち出し方で、表現技術のうまさを見ることができる。必ず

思い出す句である。涅槃会が過ぎるとようやく春のぬくもりが感じられ

るようになる。

 

次は八月、季題は「朝顔」。といっても、この季題は秋。これまた、少しでも俳句に親しむ人なら常識。

「朝顔や宗祇を起こすおもひもの」というこの句は「おもひもの」が「想い者」、つまり葬儀の愛人となると、下司に勘ぐれば、バレ句ともとれる。作者の松江重頼は江戸初期、談林派を起こした西山宗因と同門、松永貞徳にも師事。俳句指導書『毛吹風』を刊行)。登四郎はこの句を紹介したあと日野草城の、

朝顔やおもひを遂げしごとしぼむ

を引き、

何やら思わせる句だが、表面から見てもうまい句である。そして「ミヤ

コホテル」よりはるかにエロティシズムが匂う。(以下略)

と感想をのべている。なお、「ミヤコホテル」とは、京都のホテル名であり、また

けふよりの妻と泊まるや宵の春

枕辺の春の灯(ともし)は妻が消しぬ

や、

春の灯や女は持たぬのどぼとけ

ちちろ虫女体の記憶よみがへる

などで俳壇に新風(淫風も?)巻き起こした。

この『秀句十二カ月』は四季折々の句とともに、台東区谷中育ちの著者のエッセイがつづられ、同じく下町育ちのぼくとしては、走馬灯のような、かつての東京幻影に出会えて嬉しい読み物となっている。

なお、著者の代表句ともいえる、

火を焚くや枯野の沖を誰か過ぐ

は、焚き火好きだったぼくが今日、生活の中で禁じられてしまった焚き火の句を可能なかぎり集めてみようと思ったときに、当然、収録させていただいている。(「焚き火系」俳句の作品二百句と蛇足的注釈『神保町「二階世界」巡り及び其の他』二〇〇九年・平凡社刊)

 

季語道楽(32)「歳時記」という文字はないものの 坂崎重盛

  • 2020年3月18日 17:25

前回、タイトルには「歳時記」という言葉は入っているものの、まったく(か、ほとんど)俳句そのものとは関係のない“歳事記本”のことについてふれた。「歳時記」とあると、つい手を出してしまう、ぼくの歳時記フェチを告白しつつ。

しかし、逆のパターンもある。「歳時記」とタイトルに表示されていないものの、実際には、春夏秋冬、新年の季節ごとの自然や生活、また折々の年中行事のことが語られ、さらに、例句が示されている書物。いつのまにか、そんな類いの本が他の歳時記本に混ざって、ざっと取り出しただけでも、五、六冊。

いずれもエッセー、随想としても名手と思われる執筆者によるもので、興がそそられる。例えば、

  • 『風物ことば十二カ月』(萩谷 朴 一九九八年 新潮選書)
  • 風物ことば十二か月 著:萩谷朴 新潮選書

    風物ことば十二か月 著:萩谷朴 新潮選書

この萩谷朴(はぎたに ぼく)という著者の本は、いままで一冊も手にした

ことがない。本の袖の著者略歴を見る。一九一七年大阪市の生まれ。東京大学文学部、国文科卒。二松学舎大学教授他で教鞭をとる。『土佐日記』『紫式部日記』等中世日記文学専攻。

知らない著者のはずだ。平安王朝の女人による日記文学の世界など、ほとんど、いや、まったく無縁な読書生活をしてきたのだから。それに雅やかな王朝の貴族の生活と、のちの、武士や町人の滑稽や諧謔を旨とした俳諧の世界とはギャップがありすぎる。

本文を読みはじめる前に、表1と表4の文章によって、この本のあらましを得る。ぼくは、本の帯のコピーや、表紙、表紙裏に示されている、いわゆる“売りコピー”を読むのが好きで、そこに、その本を生み出した編集者の思いや、センス、力量を味わうことにしている。ま、本読みとしては邪道かもしれませんが。

で、この『風物ことば十二カ月』、戦後の「打ち碎かれ、日々の糧を得るのに汲々としていた日本人の心に、自然を愛し環境を慈しむ人間性を育てることを念願して、毎日書き続けたNHKラジオのお早う番組『今日この頃の風物』が、本書の前身である」という。

そうでしたか……、ラジオ番組のための原稿が元となっていたわけですね。そして、「経済大国が、欲に眩んだバブルと共に崩壊した今日、今一度、人間としての自覚を取り戻してほしいと願って」の出版となった由。

多分、担当編集者による表1の、志のあるコピーに対し、表4、俳人・中原道夫氏による紹介は、さすがに、ゆったりとくつろいだ口調。一部、引用させていただきます。

その柔らかな語り口から、どこか辻嘉一氏の「美味三昧」を彷彿とするも

のがある。小見出しを見ていても、何かの句の酒肴が並べてある趣で愉

しい。「焼野の雉子(きぎす)」「濁り鮒とごみ鯰」「お彼岸さん」といっ

た具合。(中略)しみじみと日本古来の、紛れもない文化の匂いが漂っ

てくる。

とあり、つぎの締めが、さすが俳人ならではの一節となる。

季語の“本意”などという言葉も実は、この深い洞察力、体験の中にこそ

棲んでいるのだと思われる。

その『風物ことば十二カ月』の本文を開いてみよう。第一章は「一月」。冒頭の項目は「初日の出」。この書も、すでに何度もふれてきた「地貌」のことから始まる。

  • 初日の出 一口に初日の出といっても、北東は、北海道根室半島の突端、

納沙布岬(のさっぷみさき)から、南西は、沖縄尖閣(せんかく)諸島の魚釣島まで、長々と続く私共の日本列島は、大晦日の夜の闇から目覚めて、新年の曙光をあびるのには、約一時間も早い遅いがあるのです。

と始まり、

草の戸の我に溢るる初日かな         瓢亭(ひょうてい)

の句で終わる。

 

次の「事始め」では、「初夢」「書き初め」の、

初夢に古郷(ふるさと)を見て涙かな     一茶

心こめて筆試し見ることしかな        白雄(しらお)

書き賃の蜜柑見い見い吉書かな        一茶

といった句が紹介される。ちなみに三句目、一茶の句の「吉書」とは「書き初め」と同意、小僧がごほうびのみかん欲しさに横のみかんをチラチラ見ながら書き初めをするという、正月風景の一スナップ。

この稿を起こしているいまは、まだ年あけ早々の寒風吹く時期だが、心はすでに春を待っている。二月の「梅薫る」の項を開く。ここでは俳句ではなく和歌が挙げられている。梅が季題というわけだ。

わが国に梅の花散る久方の

天より雪の流れ来るかも

太宰府長官であった大伴旅人(おおとものたびと)が、官舎の庭に咲いた梅を詠んだ歌という。なるほど、「花といえば雪」を想い、「雪といえば」散る花を想う心の動きが、この和歌でも示されている。

(この項、次回につづく)