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季語道楽(26)変わり種・歳時記 その3 坂崎重盛

  • 2019年11月12日 17:05

変わり種 歳時記︱︱(その3)

『沖縄俳句歳時記』と風土の喜び

 

著者の小熊一人(おぐま・かづんど)は、著者略歴などによれば、昭和三年生まれ。東京電気大学工学部卒業、気象庁に勤務。昭和五二年に第二三回角川俳句賞受賞。大野林火主催の「浜」同人。琉球新報社「琉球俳壇」選者。

例によって著者・小熊による「はじめに」を見る。まず、

「本歳時記は沖縄滞在三カ年の体験・見聞によるものである」とある。著者は千葉県・我孫子市の出身。沖縄の人ではなく、仕事上で、この地に赴任(気象庁関連か)したようである。

奥武島遠望(沖縄新観光名所写真コンテスト受賞作品) 撮影・島袋林信

奥武島遠望(沖縄新観光名所写真コンテスト受賞作品) 撮影・島袋林信

もともとが沖縄、現地の人でなかっただけに、いわば中央の気候、風物とのギャップも沖縄滞在の間に、ことさら敏感に受けとめたのかもしれない。しかも俳人であるから、季語の受けとめかたは意識的にならざるを得なかっただろう。「「はじめに」を読み進めてみよう。

当初、作句はすべて夏の季感でと決めたものだったが、住み

なれると亜熱帯海洋性気候の美しい自然、素朴な行事、風習の

なかに季節の微妙な変化があると思った。

イメージの沖縄から、現地のデリケートな微気候に気づく。そして、中央での季語と沖縄の生活風土から生まれた季語の差の例を挙げる。「苦瓜(にがうり)」は一般の歳時記では「秋」だが、沖縄では「夏」。例のゴーヤである。関東でも最近、熱暑のときの陽よけとして窓際に栽培されたりもしているが、沖縄では、早いところでは三月には「走り」が出るという。

沖縄俳句歳時記 著:小熊一人

沖縄俳句歳時記 著:小熊一人

著者は「この地に住んで二年目あたりから、風土に慣れると次のような体感になる」と、体感と気温の関係を示している。

⚫「酷暑」三五度〜三二度、⚫「かなり暑い」三二度〜三〇度、⚫「暑い」三〇度〜二八度、⚫「暖かい」二八度〜二四度、⚫「涼しい」二四度〜二〇度、⚫「うすら寒い」二〇度〜一八度、⚫「やや寒い」一六度〜一四度、⚫「かなり寒い」一四度〜一二度、⚫「寒波」一二度〜一〇度(度数は摂氏)

俳人にして気象の専門家による記録なので信頼できるが、こと、夏の時期の体感と気温の関係は、たとえば関東とも大差はない。ところが「暖かい」「涼しい」「うすら寒い」という感じになると、えっ? その温度で? ということになる。まして「寒波」が一二度〜一〇度となると(さすが、というか、やはり、“亜熱帯海洋性気象”の地だなぁ)と改めて認識する。

具体的に各季節ごとの例句を見てみよう。「新年・元旦」から。

正月も常のはだしの琉球女     條原鳳作

二日はや闘牛角を研がれをり    新城太石

御降りや大サボテンの棘光る    柳田綾子

「若水(わかみず)」では

島に汲む若水やはらかくあたたかく 矢野野暮

「正月も常にはだし」、昔の東京だったらシモヤケやヒビだ。また、正月の二日になったばかりなのに、沖縄ならではの「闘牛の角」が研かれる、「御降り(おさがり)」はよく季題に出る新年の季語、元旦や三が日に降る雨や雪。当然、寒く冷たいイメージだが、沖縄ではサボテンの棘の光に目がゆく。元旦の朝に汲む水「若水」だって、この地では「やはらかくあたたかく」なのだ。

「二月」の候となると。もう「田植」の季語だ。二月の末の頃ともなれば「菜の花が咲き乱れ、鶯が鳴き、甘蔗(サトウキビ)の最盛期」となる。「田植」の句を一句だけ紹介しておこう。

田を植うる憩い芭蕉の風のなか    荒川正隆

沖縄の二月は、もう、田を植え、芭蕉の葉が風にそよぐ季節なのか……。同じ俳句世界の季節感でも、日本列島の 南の島と京阪・関東とはこれだけの差がある。

七月 紅型工房の庭

七月 紅型工房の庭

著者の言葉を聴こう。

沖縄は季節の区別が判然とせず、季感が乏しいと思われてい

るが、美しい自然、素朴な行事・風習を細かく観てゆくと、あ

る意味で無尽蔵であると思うが、それは亜熱帯沖縄というとこ

ろに住む人だけが知る喜びのようだ。

そして、自身の俳句への心構えと沖縄に在住したことによって獲得したことについて、

なぜ俳句を作るかといえば、それはものに触れて発する感情の

発露を、私を通して詠いあげることであり、それを私の生の証

(あかし)とするためである。このことは沖縄に住み馴れるに

したがって、いよいよその想念を深めたようである。

と「私と俳句」の項で語っている。この小熊一人の句を一月からざっと拾っていってみよう。

「一月」  正月月夜琉球舞の扇ふところに

「二月」  一寸のたんぽぽの炎え日脚伸ぶ

「三月」  啓蟄や素足ひらりと琉球女

「四月」  花梯梧星を殖やして夜も炎ゆる

「五月」  星砂にふれる五月のたなごころ

「六月」  熱帯夜遠き鶏鳴きこえけり

「七月」  台風の来る夜迷へるハブ臭し

「八月」  極楽鳥花赤土畑にひそみ咲く

「九月」  夕月の首里にあがりて千鳥とぶ

「十月」  落鷹のごとくに風邪の夜を嘆く

「十一月」 錦鯉寄せてブーゲンビリア炎ゆ

「十二月」 一ト啼きの守宮の闇に年うつる

蛇足的に、挙げた句の中の言葉を簡単に説明すると、三月の啓蟄(けいちつ)は最近、よく紹介される二十四節季の一つで、冬ごもりの虫が春の訪れとともに土より出てくること。四月の「花梯梧」の梯梧(でいご)は沖縄の県花。十二月の「守宮」はヤモリ、ルビをふる必要ある?

前に紹介した句にも「正月も常のはだし」とありましたが、ここでも三月の句に「素足ひらり」とあります。夏ではない沖縄の女性の素足が印象的のようです。また「炎え」「炎ゆる」「炎ゆ」と偶然、三句を拾ってしまいましたが、沖縄の花の美しさを句で詠いたい気持ちは、わかります。タイに旅行するとふんだんに咲き乱れる蘭の花にうっとりしてしまいます。

中央集権的な季節感や、そこから生まれた季語、歳時記だけではなく、日本列島の北から南、さらには海外のどの地においても、俳句を作る人がいるかぎり、そこでの生活や風土、風習、季節感から俳句は詠まれ、季語も生まれ、やがて定着し、歳時記に収められることとなる。

ここでは、たまたま手元にあった『ハワイ歳時記』と『沖縄俳句歳時記』を紹介し、従来の京阪及び関東中心の歳時記とは別の風土からの歳時記の存在意義を見てきたが、世の中には『ブラジル歳時記』あるいは『台湾俳句歳時記』という出版物もあるようである。

なにか気持ちまでもが広がる思いがするではありませんか。

 

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