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季語道楽(28)『季語の誕生』の前に”必読奇書”  坂崎重盛

  • 2019年11月12日 17:15

『季語の誕生』の前に笑える”必読奇書”にちょっと寄り道

前回、『俳句外来語辞典』に収録されている、中曽根康弘元首相の句を“久米仙俳句”? と“邪推”したのだが、この“久米仙俳句”というユニークな造語は『俳句︱︱四合目からの出発』(阿部筲人著 昭和五九年 講談社学術文庫)に登場する。

俳句 四合目からの出発 著:阿部筲人

俳句 四合目からの出発 著:阿部筲人

 

この、文庫といえ五百ページを超えるボリュームの俳句書は、句会に参加したり、句のやりとりをするような立場にある人なら必読、と言われてきた、作句のための指導書であり、なによりタブー集である。実際、句会に参加しはじめたころ、「四合目からの出発を読んだ?」と人から質されたこともあったし、後には、僕自身が「あの本を読まなきゃ、必読ですよ」とエラソーにのたまわっていた。

この『俳句︱︱四合目からの出発』については、また改めて、しっかり、ふれることになると思うが、ここで内容のごく一部だけを紹介すると、[お涙頂戴俳句][おのろけ俳句][水増し俳句][めそめそ俳句][分裂症俳句][独り合点俳句][出歯亀俳句]といった項目が目次に見える。その中に[久米仙俳句]もある。

「久米仙」とは正しくは「久米の仙人」。俗界を超越し、雲の上の人となったはずの久米仙人が、川で洗い物をする女性の白いふくらはぎ、あるいは太もも(襟足という説もあり)を見て、法力を失い雲から墜落してしまったという、『徒然草』や『今昔物語』でも語られている、情けないというかユーモラスな逸話です。

「久米仙様ァと濡れ手で介抱し」という川柳は、この久米仙人をネタにして詠んだもの。彼女は川で作業していたので、仙人を助けるときは、当然に“濡れ手”となるわけですね。

そして、現代の[久米仙俳句]の例として、

春昼のバスに乗る女「脛白し」

水仙に「うなじ見られて」粧(よそお)えり

「美しく長き襟足」浴衣(ゆかた)着て

羅(うすもの)を透(す)かしてすがし「腰の線」

薄着して「腰の曲線たのもしく」(以上、ルビ略)

といった例句(悪例)を挙げつつ、

何がすがし、でしょう。何がたのもし、ですか。何が曲線美ですか。

と、きついダメだしをしている。まあ、女性の色香に心をうばわれ、それを素直に句にしてしまった男の本能? もわからぬではないが、著者の阿部筲人は、そんな恥ずかしい、みっともない、下心みえみえの句を作ってはいけません、とたしなめているのである。

著者は、結社を主催する現代の著名俳人はもとより、俳聖と言われる芭蕉の句までも、ときには批判している。舌鋒するどく、しかも物言いがキツイ、ユーモアというか、ウィットというか、毒が効いているので、(なるほど!)と合点しつつ、つい微笑を誘われるが、槍玉に挙げられたほうは、たまったものじゃありませんね。

外国語俳句にも言及していて、こんな指摘が。

外国語は俗語以上に、俳句を俳句らしさから遠ざけます。(中

略)要らざる所に乱用する作者の軽薄さが露出することになり

ます。

得意になって用いると、鼻持ちなりません。素養なく用いる

と、作者の間抜けさが見透かされます。

といい、例句を挙げている。その一部を書き添える。

藁屋(わらや)に「アンテナ」触覚のごとく春を待つ

昼は孤独な社宅アンテナの触覚のび

前句は著名な俳人、後句は先鋭な俳誌の同人欄にありました。

アンテナは、動物学などで触覚そのものの意、それを無電工学

に利用しただけです。言葉をおうむのように用いるから、こん

なことになりました。比喩になりません。

と、指摘し、さらに例句を挙げたあとで、

ところが俳人は外国語に誠に弱い人種ですが、それなのに気取

って使うので、外国語の弱さを暴露するのです。外国語が使い

たかったら、夜学に通って、しっかり勉強することです。

と言い切る。わざわざ“夜学に通って”と言い添えたところが、啖呵をきる勢いにブレーキがかからなかったのかもしれません。

『俳句外来語辞典』に収録されていた中曽根元首相の「コーラン誚う産毛も汗ばみて」の句から[久米仙俳句]という言葉を思い出し、

『季語の誕生』(宮坂静生著 二〇〇九年 岩波新書)を紹介するつもりが寄り道をくってしまいました。

さて『季語の誕生』、この新書の一冊こそ、京都、東京の季節を念頭におかれた、これまで通用してきた歳時記の季語と、他の地方(場合によっては国)の気候、風土、生活習慣などのギャップに関して言及した書なのである。

「はじめに」で紹介されるエピソードが、この事情をわかりやすく伝えてくる。「はじめに」の一行目からの引用。

二〇〇四年五月、北海道の稚内(わっかない)に近い浜頓別

(はまとんべつ)に住む俳句作者から歳時記について質問が来

たことがある。その主旨は、用いている市販の歳時記は、どれ

も浜頓別の季節には合わない。

という、日本の北端近くに住み、句を作る人の悩みというか疑問を訴える。

今まで私はすべて俳句を歳時記の季節に合わせ空想で作ってき

た。しかし、もうこれ以上そんなことを続けていても意味がな

いと思うようになった。これから私はどうしたらよいか教えて

ほしい、というのである。

この言葉を受け取ったときの著者の反応、

私はこの手紙を受け取り、衝撃に近い思いがしばらく消えな

かった。

そこで改めて、この手紙から受けた思いを考えてみた。

︱︱という一節から、この書の論は始まる。次の行は「歳時記に囚われた俳句づくり」というゴシックによる小見出しである。

ところで、先日、たまたま手にした高浜虚子の『俳壇』(一九九九年 岩波文庫)で、この問題に関してはいかにも虚子らしく単刀直入にズバリと答えているが、その紹介は『季語の誕生』の内容にあたってからにしたい。

この、これまでの歳時記、そこに収められた季語に対する新たな考え、提案は“地貌”というキーワードが主役をつとめる。

次回は、少しくわしく『季語の誕生』を見てゆきたい。そしてまた高浜虚子の歳時記、季語と、地域差の現実に対する考えも紹介したい。

 

 

季語道楽(26)変わり種・歳時記 その3 坂崎重盛

  • 2019年11月12日 17:05

変わり種 歳時記︱︱(その3)

『沖縄俳句歳時記』と風土の喜び

 

著者の小熊一人(おぐま・かづんど)は、著者略歴などによれば、昭和三年生まれ。東京電気大学工学部卒業、気象庁に勤務。昭和五二年に第二三回角川俳句賞受賞。大野林火主催の「浜」同人。琉球新報社「琉球俳壇」選者。

例によって著者・小熊による「はじめに」を見る。まず、

「本歳時記は沖縄滞在三カ年の体験・見聞によるものである」とある。著者は千葉県・我孫子市の出身。沖縄の人ではなく、仕事上で、この地に赴任(気象庁関連か)したようである。

奥武島遠望(沖縄新観光名所写真コンテスト受賞作品) 撮影・島袋林信

奥武島遠望(沖縄新観光名所写真コンテスト受賞作品) 撮影・島袋林信

もともとが沖縄、現地の人でなかっただけに、いわば中央の気候、風物とのギャップも沖縄滞在の間に、ことさら敏感に受けとめたのかもしれない。しかも俳人であるから、季語の受けとめかたは意識的にならざるを得なかっただろう。「「はじめに」を読み進めてみよう。

当初、作句はすべて夏の季感でと決めたものだったが、住み

なれると亜熱帯海洋性気候の美しい自然、素朴な行事、風習の

なかに季節の微妙な変化があると思った。

イメージの沖縄から、現地のデリケートな微気候に気づく。そして、中央での季語と沖縄の生活風土から生まれた季語の差の例を挙げる。「苦瓜(にがうり)」は一般の歳時記では「秋」だが、沖縄では「夏」。例のゴーヤである。関東でも最近、熱暑のときの陽よけとして窓際に栽培されたりもしているが、沖縄では、早いところでは三月には「走り」が出るという。

沖縄俳句歳時記 著:小熊一人

沖縄俳句歳時記 著:小熊一人

著者は「この地に住んで二年目あたりから、風土に慣れると次のような体感になる」と、体感と気温の関係を示している。

⚫「酷暑」三五度〜三二度、⚫「かなり暑い」三二度〜三〇度、⚫「暑い」三〇度〜二八度、⚫「暖かい」二八度〜二四度、⚫「涼しい」二四度〜二〇度、⚫「うすら寒い」二〇度〜一八度、⚫「やや寒い」一六度〜一四度、⚫「かなり寒い」一四度〜一二度、⚫「寒波」一二度〜一〇度(度数は摂氏)

俳人にして気象の専門家による記録なので信頼できるが、こと、夏の時期の体感と気温の関係は、たとえば関東とも大差はない。ところが「暖かい」「涼しい」「うすら寒い」という感じになると、えっ? その温度で? ということになる。まして「寒波」が一二度〜一〇度となると(さすが、というか、やはり、“亜熱帯海洋性気象”の地だなぁ)と改めて認識する。

具体的に各季節ごとの例句を見てみよう。「新年・元旦」から。

正月も常のはだしの琉球女     條原鳳作

二日はや闘牛角を研がれをり    新城太石

御降りや大サボテンの棘光る    柳田綾子

「若水(わかみず)」では

島に汲む若水やはらかくあたたかく 矢野野暮

「正月も常にはだし」、昔の東京だったらシモヤケやヒビだ。また、正月の二日になったばかりなのに、沖縄ならではの「闘牛の角」が研かれる、「御降り(おさがり)」はよく季題に出る新年の季語、元旦や三が日に降る雨や雪。当然、寒く冷たいイメージだが、沖縄ではサボテンの棘の光に目がゆく。元旦の朝に汲む水「若水」だって、この地では「やはらかくあたたかく」なのだ。

「二月」の候となると。もう「田植」の季語だ。二月の末の頃ともなれば「菜の花が咲き乱れ、鶯が鳴き、甘蔗(サトウキビ)の最盛期」となる。「田植」の句を一句だけ紹介しておこう。

田を植うる憩い芭蕉の風のなか    荒川正隆

沖縄の二月は、もう、田を植え、芭蕉の葉が風にそよぐ季節なのか……。同じ俳句世界の季節感でも、日本列島の 南の島と京阪・関東とはこれだけの差がある。

七月 紅型工房の庭

七月 紅型工房の庭

著者の言葉を聴こう。

沖縄は季節の区別が判然とせず、季感が乏しいと思われてい

るが、美しい自然、素朴な行事・風習を細かく観てゆくと、あ

る意味で無尽蔵であると思うが、それは亜熱帯沖縄というとこ

ろに住む人だけが知る喜びのようだ。

そして、自身の俳句への心構えと沖縄に在住したことによって獲得したことについて、

なぜ俳句を作るかといえば、それはものに触れて発する感情の

発露を、私を通して詠いあげることであり、それを私の生の証

(あかし)とするためである。このことは沖縄に住み馴れるに

したがって、いよいよその想念を深めたようである。

と「私と俳句」の項で語っている。この小熊一人の句を一月からざっと拾っていってみよう。

「一月」  正月月夜琉球舞の扇ふところに

「二月」  一寸のたんぽぽの炎え日脚伸ぶ

「三月」  啓蟄や素足ひらりと琉球女

「四月」  花梯梧星を殖やして夜も炎ゆる

「五月」  星砂にふれる五月のたなごころ

「六月」  熱帯夜遠き鶏鳴きこえけり

「七月」  台風の来る夜迷へるハブ臭し

「八月」  極楽鳥花赤土畑にひそみ咲く

「九月」  夕月の首里にあがりて千鳥とぶ

「十月」  落鷹のごとくに風邪の夜を嘆く

「十一月」 錦鯉寄せてブーゲンビリア炎ゆ

「十二月」 一ト啼きの守宮の闇に年うつる

蛇足的に、挙げた句の中の言葉を簡単に説明すると、三月の啓蟄(けいちつ)は最近、よく紹介される二十四節季の一つで、冬ごもりの虫が春の訪れとともに土より出てくること。四月の「花梯梧」の梯梧(でいご)は沖縄の県花。十二月の「守宮」はヤモリ、ルビをふる必要ある?

前に紹介した句にも「正月も常のはだし」とありましたが、ここでも三月の句に「素足ひらり」とあります。夏ではない沖縄の女性の素足が印象的のようです。また「炎え」「炎ゆる」「炎ゆ」と偶然、三句を拾ってしまいましたが、沖縄の花の美しさを句で詠いたい気持ちは、わかります。タイに旅行するとふんだんに咲き乱れる蘭の花にうっとりしてしまいます。

中央集権的な季節感や、そこから生まれた季語、歳時記だけではなく、日本列島の北から南、さらには海外のどの地においても、俳句を作る人がいるかぎり、そこでの生活や風土、風習、季節感から俳句は詠まれ、季語も生まれ、やがて定着し、歳時記に収められることとなる。

ここでは、たまたま手元にあった『ハワイ歳時記』と『沖縄俳句歳時記』を紹介し、従来の京阪及び関東中心の歳時記とは別の風土からの歳時記の存在意義を見てきたが、世の中には『ブラジル歳時記』あるいは『台湾俳句歳時記』という出版物もあるようである。

なにか気持ちまでもが広がる思いがするではありませんか。