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季語道楽(22)   坂崎重盛

  • 2019年9月9日 17:35

ちょっと変わった季語集・歳時記

◯『難解季語辞典』中村俊定監修・関森勝夫著(昭和五七年二月・東京堂出版刊 三二八頁)
夏井いつき先生の著書にふれた項で、すでにちょっと紹介した変わりだね季語辞典。この辞典で、たまたま遭遇した「従兄弟煮(いとこに)」という、いまでは珍しい季語をチェックでき、「いとこ煮」という季語の由来が「あづき、牛蒡、豆腐、芋、大根、焼き栗、くわいなど」を追い追いに煮てゆく、甥甥(おいおい)に煮る︱︱といったナゾナゾ、言葉遊びから発生したような季語であることを知った。また、このことが江戸の歳時記、滝沢馬琴・青藍による『俳諧歳時記栞草』(略して『栞草』に収録されていることも。

難解季語辞典 中村俊定 監修 関森勝夫 著

難解季語辞典 中村俊定 監修 関森勝夫 著

そこで改めて、この『難解季語辞典』を手に取り、ゆっくりとページをめくってみる。まずは、監修を担った中村俊定による「序」にあたる。冒頭から引用、紹介する。
古典俳諧を読む場合、もっとも不便を感ずるのは難解な季語
に出会った場合である。(中略)その季語がわからないかぎり一
句の鑑賞は不可能である。その多くは当時の年中行事や、故事
によって作られたもので、生活様式の変遷にともなって、用い
られなくなったものが大部分である。
とし、「普通の古語辞典では引けない俳諧特有の語」などを「一々典拠を求めて解明しようとしたのが本書である」と、この季語辞典の特色を説明し、「著者の関森勝夫氏は古俳諧の研究家であるが、また現代俳句の作者としても、長年大野林火氏に師事したベテランである」と著者のプロフィールを紹介、「関森氏はその最適任者として私は大いに期待するものである」と、この一文を閉じている。
そこで、監修者の中村俊定と著者の関森勝夫両氏の略歴を奥付他で確認する。中村俊定は明治三三年(一九〇〇年)の生まれ。早稲田大学卒業、同大学他教授。著書に『俳諧史の諸問題』『芭蕉七部集』等。一方、著者の関勝夫は昭和一二年(一九三七)生まれ、早稲田大学卒業、静岡県立大学名誉教授で『文人たちの句境』『近江蕉門俳句の鑑賞』『時季のたまもの︱︱季語35を解く』等。
こうしてみると監修者と著者は同じ早大の卒業生で三十二歳の年齢差があり 、中村は俳諧研究者。収集された俳書のコレクションを早稲田大学に寄贈「中村俊定文庫」となる。中村による『芭蕉俳句集』(岩波文庫)は今でも入手可能。また、著者の関森勝夫は中村の「序」にあるとおり、実作者として俳誌「浜」を創刊、主宰した俳人・大野林火に師事、複数冊の句集を持つ。
では、著者・関森勝夫による「はじめに」を見てみよう。「最近は俳句を作るための歳時記から、読むため、見て楽しむための歳時記に変化してきている」と、「百科事典のようなカラー図説の歳時記」の刊行にふれつつ「現代に合致するように季題が整理」されてしまい「現代では見られなくなった季題を大幅に削除してしまう傾向がある」と指摘。そして、「本書を編んだ意図」を訴える。引用したい。
衣食住の生活習慣が変化し、行事が廃止され、自然破壊によっ
動植物が消滅し、これらを代表する言葉が現代に通じなくなる
ことはあっても、過去幾多の人が関心を寄せて詠み、磨き上げ
た言葉や、蓄積した時間の構造物を私は見捨てられない。氷山
のごとく、海面下に隠れた文化の重さを尊重するからであり、
これを正しく理解することで、現代を生きる知恵ともなるであ
ろうと確信するからである。
と、この季語辞典編集の意図というか“志”を述べている。
本書の内容を、ざっと紹介すると、本門の他に「凡例」は当然のこと「引用文献解題」「四季別項目一覧(配列は五十音順)」「歳時記等解題」「俳人等忌日表」「季語異名一覧」「絵画字引」等が付されていて、江戸俳諧へのさらなる門戸が開かれていて、かつ、これら難季語の現代俳句での復活に供せられている。
この江戸時代に読まれた歳時記、文献探索とはほとんど無縁で、また、このような古い季語を用いての句作の機会がなかったので、この季語辞典をしっかり読んだ記憶はなかったのだが、小さな付箋がところどころに付いている。なにかのことで、本文の項目を引いた痕跡だ。
秋津虫 あきつむし [秋]とんぼの古名(以下略)  今は、この、秋津虫が「勝虫(かちむし)同様、蜻蛉(とんぼ)の異名であることは承知しているが、この時は知らなかったのだろう、付箋がつけられ、項目にラインが引かれている。
菖蒲酒 あやめざけ [夏] 菖蒲の根に約三センチ程に刻んだものに酒をつけ、五月五日の節句に飲む。邪気を払うといわれた。  この菖蒲酒のすぐ近くの菖蒲の枕(あやめのまくら)にも付箋が付いている。例句として「相伴に蚊もさわぐなりしょうぶ酒」一茶(八晩日記)
安居 あんご [夏] 寺院で、一定期間、僧達に外出を禁じ、購読や座禅に専念させることをいう。安居は夏を第一とした。この言葉にラインを引いたのは、もちろん坂口安吾の名が頭にあって。
しかし、「心安らかに暮らす」「安居」という言葉が、夏の季語というのはこの時初めて知った。例句「夏百日墨もゆがまぬこころかな」蕪村(蕪村句集)この句の「夏百日」は夏期に百日修行する「安居」のこと。
虎杖 いたどり [春] たで科の多年草本。春に宿根から芽を出す。噛むと酸い。茎は中空で節がある。葉は長卵形。煙草の代用とする。時珍本草に曰く。「杖はその茎をいひ、虎はその班をいふ」とあり、例句「虎杖や至来過ぎて餅につく」一茶(九番日記)この「虎杖」は、知らなければ読めない文字だろうが、築地の場外の寿司屋で「虎杖」という店があって、その名で覚えていた。また、ステッキのコレクションをしているので「杖」の字に反応したのかもしれない。
虎杖競 いたどりくらべの季語もあり。
他に、稲の殿 いねのとの [秋] 稲妻の異名。ただし雷(かみなり、いかづち・はたはた神)は夏。隠君子 いんくんし [秋] 菊の異名。白朮花
うけらがはな[夏]菊科の多年草本。蒼朮を焚く そうじゅつをたく あるいは卯杖 うづえ[春]
中古、正月の卯の日に、桃、椿、梅などの木を五尺三寸(約一六〇センチ)に切り、三本または四本を一木として天皇、皇后、東宮、中宮に大学寮・衛府から奉ったもの。年中の悪鬼を避けるといわれた。これなども「杖」に関連した季語としてチェックしていたようだ。等々とかつての日本文化のあれこれになんとも好奇心を刺激される辞典である。まさに座右の一巻。
◯『俳句難読語辞典』 宗田安正(二〇〇三年一一月 学習研究社刊 二六六頁)

難読語辞典 監修 宗田安正

難読語辞典 監修 宗田安正

手帳サイズのハンディな、難読と思われる俳句関連の言葉を収録した初心者向けの俳句辞典。監修者・宗田安正による「はじめに」には「たとえば、礁(いくり)、溶岩(ラバ)、瞑(めつむ)る、簷(のき)といった語も一般のどれだけの人が読み、理解できるであろうか」とあり、この小辞典が「難読語・難語の類を集め、意味と例句を付し、さらに読めない漢字は総画字引から調べられるよう配慮したもの」。
例によって、すでにラインの引いてある項目をチェックする。まず「気象」関連から。秋黴雨(あきついり)秋秋入梅とも。秋の長雨。秋霖。「夕景のやゝに明るく秋黴雨」柴田白葉女、「秋黴雨咳(しわぶき)落し家を出て」角川源義。
糸遊(いという) 春 かげろう。「糸遊をみてゐて何も見てゐずや」斎藤玄、「糸遊へ誘われたまふ仏かな」澤木欣一。
海市(かいし) 春 蜃気楼。「海市立つ噴ける未来のてりかへし」加藤郁乎 「海市消ゆ恍惚として子守唄」八木三日女。
虎が雨(とらがあめ) 夏 陰暦五月二八日の雨。曽我兄弟の兄十郎の愛人・虎御前の涙雨による。「家にゐることの珍し虎が雨」宇多喜代子 「グラビアにピカソの背中虎が雨」皆吉司 などなど、難読語、難季語が収録されているが、例句のほとんどが現代俳人によるのが、 読んでいて楽しいし、親しみやすい。
紹介すると、きりがないのでこのくらいにするが、[虎が雨]の例句作者、宇多喜代子の名が出たので、次回は、難季語に関連する彼女の著作『古季語と遊ぶ』からさらに、手元の、変わり種、俳句辞典を紹介したい。

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