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新・気まぐれ読書日記 (49)  石山文也 平家物語 犬王の巻

  • 2017年8月2日 13:53

あらゆる物語には続きがある。たとえば続編があり、たとえば異聞がある。どうしてそんなものが生まれてしまうのだろうか。一つには、物語は語られては消え、語られては消え、読まれては忘れられるからだといえる。
なれども、それだけでは単に儚いではないか。
そのために<続き>がやってくる。

古川日出男の『平家物語 犬王の巻』(河出書房新社)の前口上である。

前回、池澤夏樹=個人編集「日本文学全集」(河出書房新社)の同じ古川訳『平家物語』を取り上げ、わが読書生活はこのところ『平家物語』にはまっていると書いた。池澤の狙い通り古川は多くの琵琶法師などの<作者>が編み上げた中世のメガノベルである『平家物語』をスピード感あふれる巧みな現代語訳として送り出した。一気通読とはいかなかったが数か月がかり、多くのシーンに感動を覚えながら時には翻弄されるように読み進んだ。その古川が同じ出版社から別の平家物語を出すというので発売前から期待が膨らんだ。古書以外は出来る限りネットではなく、実際に店頭で手に取ってから購入する主義?の私、古くさい表現ながら「書店に走った」のはいうまでもない。

 

古川日出男著『平家物語 犬王の巻』河出書房新社刊

 

最初に種明かししておくと、犬王はいまも教科書に紹介される観阿弥や世阿弥などと同じ時代に活躍し、時の将軍らからも可愛がられながら歴史からは消えてしまった芸能者である。人名事典風に紹介すればこうなろうか。

【犬王】[生年不詳~応永20(1413)年5月9日没]南北朝~室町期の能役者、能作者。同時代を生きた観阿弥、世阿弥の父子と同様に三代将軍足利義満の愛顧を受けて、むしろこの二者よりも贔屓にされていたと伝えられる。

 

前口上は続く。

そしていま一つ。ひとたび耳で聞かれ、目を通して読まれた物語は、じつのところ聞き手の心に、また、読み手の身に種を蒔いている。すると人というものは問うのだ。「あれはどうなったのか。あれからどうなったのか」と。これは、蒔かれた種を自ら芽吹かせるということ。あるいはまた、繁らせるということ。そのために続編が生じ、異聞が掘り起こされる。

他にもあと一つある。世には知られていないからこそ、それゆえにこそ語ってほしいと願う者たちがもたらす真の異聞だ。平家の物語は、滅んだ一門の物語である。しかし、一門に味方した全員が絶えたわけではなかった。ここに異聞の、そして続編の種がある。ほら、また種が―。

 

ここまで読んだ私は「古川平家」の世界に引き戻される。気付かないうちに古川によって私のなかに蒔かれた種はすでに枝が広がり、想像の葉がすっかり繁っていたようだ。

 

『平家物語 犬王の巻』には主役が二人いる。いずれも芸能者であるが、松本大洋描く表紙画が犬王。あまりに醜悪な姿から、外出の際は顔をひょうたんの仮面で覆い、手足をも布で隠さざるを得なかった人物であるがやがて生まれながらの傷が癒えるとともに猿楽(=能)の舞台に立ち一世を風靡していく。もう一人は漁師の子の友魚(ともな)といい、海の底に沈んだ平家が残したある遺物を目撃したことで、光を失い、盲になる運命となる。友一、友有と名を変え、後年、琵琶の演奏の名手となっていく。

 

物語は平家一門が滅んだ海「壇の浦」から始まる。ここにイオの一族という海の潜り手の海人(あま)集団がいた。イオは文字にすれば五百、魚類(=うろくず)さながらの比類なき潜水能力を賞讃された。彼らは源平合戦から百年もの間、合戦の行われた海に潜り、その遺物を引きあげては時の実力者に献上してきた。なかでも平家一門の遺財こそは至高の貢ぎ物だったが、そうした宝物がなくなったこの五、六十年は時折見つけた破損した甲冑などを売り捌くほかはただの漁夫として暮らしてきた。一番若いのが13、4歳の友魚で、いつも父親と二人で漁に出ていた。

 

都では権力の内側の深いところにいる人間は彼らのことを「力がぬきんでた海人たち」と認識していた。あるとき、都から来た連中が友魚らに声をかけた。「一つ大切な秘密を教えるから海に潜ってほしい」と。与えられた地図にはある秘密の場所が明確に示されており、その海底深くから親子はある遺物を引き揚げた。舟の上では連中がやたら距離を置いて親子の様子をじっとうかがう。指に数珠をからめ、ひそひそと咒(じゅ=呪文)を唱える者もあったが、見るからに彼らは何かを<うずうずと>待っていた。

 

親子がひき揚げたのは剣で長さは二尺と五、六寸ほどだった。父親のほうが鞘を払った。刃(やいば)から閃光が走ると、父親は悲鳴とともに水中へ沈んでいった。不思議なことに剣は自ら舟の上から飛び出したかのように海中に戻った。友魚は命までは吸われなかったが刃を直視したから切っ先とは反対側に節があるのを見た両目がたちまち暗み、鼻孔からは血がびゅうびゅうと噴出した。都から来た連中は「ああ、神器が。神器が!」と叫ぶ。友魚の鼻血は止まらず、それから数日で失明した。

 

友魚はあとで知るが、この剣は凡人が決して目にしてはならない宝剣で古くは「天の叢雲(あまのむらくも)の剣とか、草薙ぎの剣」といわれ、皇位の保証に関わる品だった。壇の浦の戦いで安徳天皇とともに水中に落ちたがあとで納めた木箱ごと浮かび上がって回収された神鏡や勾玉など三種の神器の残る一つだがこれだけは水底深く沈んで度重なる捜索にも行方がようとして知れなかった。なぜ都の連中がそのありかの地図を持っていたのかというと、鎌倉幕府亡き後の足利将軍家に雇われた琵琶法師を連れた山伏たちが平家の落人たちを各地に訪ね、平家の物語を聞かせることで彼らのかたくなな心をほぐし情報収集した成果だった。中でも南北に分裂した朝廷のうち、都に残る北朝にとってはその存在をゆるぎないものにするためにもどうしても手に入れたい宝剣でもあった。

 

やがて病床から起き上がり体力が戻った友魚は、自分たちが受けた災難のわけを知るために京の都へと旅立つ。杖を用意してくれた母親は友魚に「お前がもし、都に着けたら<イオノトモナ=五百友魚>と名乗るんだよ」と言い含めた。何より力強かったのは窮地に陥った時にはなぜか死んだ「おっ父」の声がどこからか聞こえることだった。途中、厳島に渡る港で師匠となる琵琶法師に巡り合う。もちろん、すぐに弟子入りを許されたわけではないが、あるとき招かれた館で出された焼魚に骨が苦手な法師が敬遠するのを食べやすいようにむしることで気に入られる。漁師の子ならではの何でもないことだったが以来、身の回りの世話する代わりに、曲を教わりながら重い琵琶の「担ぎ役」として京を目ざした。

 

もう一人の犬王は近江猿楽の筆頭、比叡座の棟梁の子として京の都に生まれたが、取り上げた産婆も母親さえも悲鳴を上げるほど醜怪だった。母親は犬王に一度も直には乳を吸わせず、器に絞ったのを舐めさせた。ようやく乳児期を生き延び、外で遊ぶようになると異形を隠す措置が取られた。顔には面、頭には頭巾、手には手袋を着けさせられた。当然ながら稽古場には入れてもらえず外から兄たちの練習を盗み見ながら所作を盗んだ。するとある日、膝から下の両足がきれいに変っていた。

 

足が自由になると右京のあちこちに出没した。目だけをくり抜いたひょうたんの面を外すと子供だけでなく大人までが腰を抜かし失禁するものまでいた。やがて妖怪が出るという噂まで立ったが、ある日、犬王と友魚がばったり出会う。いつものように顔のひょうたんを外して驚かせようとする犬王に対し、友魚は「悪いが、俺はどうにも腰を抜かせん。何も見えんのだ。何もなぁにも」、「じゃあ、ひょうたんだっていらないじゃねえか。そもそも」こうして二人は出会い、数年後、友魚はいっぱしの琵琶奏者として認められて友一、有一と名を変えていく。

 

犬王から学んだのは平家にまつわる多くの物語だった。やがて共に舞台を踏み、平家を語らせたら、舞わせたら彼らの右に出る者はいないと言われるほどになる。平家にまつわる多くの秘曲はもともとも比叡座に代々伝わるものだったが、座のあとを継ぐ兄たちに対抗して新曲を次々に生みだすことで人気を不動のものにした。たとえば「竜中将」、海に沈んだ平家の公達の亡霊が竜宮城に遊び、滅んだはずの一門の末裔が現れる。それは幻の経となった竜畜経の霊験譚でもあり夢の体現だったから「昔のことだ」と断じられない。劇の冒頭に地謡(じうたい)を用いて観客に「これは夢、これは夢。夢の通路をただ進み、これぞ平家の直路(ただじ)なり。滅した一門の直路なり」と合唱させることで、おおそうなのか、と了解させた。

 

さらにもう一つ、人気を集めたのは犬王の変身だった。醜から美へ、いまや面を付けなくても犬王は人気を集めて余りある美形となっていた。芸を大成するうちに変身していったのである。有一も自身の座を持つまでになり「壇ノ浦殿」と呼ばれるまでになった。彼らの深い交わりは終生続くはずだったが室町殿と呼ばれた時の将軍、足利義満に花の御所に召され、そこで座の解散と、正本以外の平家物語は今後、語ってはならぬと申し渡される。「犬王の巻」が禁制になったのである。

 

終章、亡き将軍足利尊氏の墓所で禁制の「犬王の巻」を捧げる友有は当代の将軍=義満に使われる騎馬武者に引致され、賀茂の河原で斬られる前に「我、ただの賤の者に非ず。わが名は五百友魚。イオのトモナ!」と名乗って果てた。

 

もう一人の犬王はまだ数十年を生きた。猿楽界の第一人者として将軍義満の愛顧を賜り、観世座の初代太夫となった観阿弥、その子の世阿弥とも交わりつつ応永15年(1408)には後小松天皇の天覧猿楽(能)の大舞台まで務めた。その五年後に没した時には「紫雲が立った」という奇瑞が記録されている。

 

が、歴史になど記されていないこともある。あらゆる物語には、たとえば続編が、たとえば異聞があるのだから、この終章にもある。儚さのその彼岸に。

 

犬王は往生の前に阿弥陀仏に「ちょっと待って」と言った。

「俺は、ちょっと尊氏殿の墓に寄ってくる」と申し出た。

「そこに、あいつがいるんだよ。成仏できずに、まだ、いるんだよ。縛られて。あいつが、盲いた友有が。いや友一が。いや、友魚が。つまり、俺の朋が。だからその呪縛の様を、この犬王が解いてやらないと。ねえ、俺がね、いいや、俺たち二人でね、解きあうよ。それから最後に、こう言うんだよ。『さあ、お前、光だ』って」

ではまた

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