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書斎の漂着本(83)蚤野久蔵 アトランチス大陸研究

  • 2016年3月31日 18:36

「いまや地球に未解明な場所なんかどこを探したってないでしょう」と言われそうだが、衛星写真が普及するまでは<地図の空白地帯>が多くあったし、最近でもマレーシア航空機は行方不明から1年以上経つのに機体さえ見つかっていない。私もヒマさえあればアトランチスやム―など幻の大陸や島、あるいは「地球空洞説」などを取り上げた本を読み飛ばしていた時期があった。子供のころ親しんだスウィフトの『ガリヴァー旅行記』やジュール・ヴェルヌの『海底二万里』『地底旅行』などの読書体験の延長線上にあったのかもしれない。そのほとんどを処分したつもりでいたのに、この『アトランチス大陸研究』(大陸書房、1977)だけが書庫の奥に残っていた。

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本体は濃紺で背に金箔押しがあるだけなので「アトランチス大陸の首都復元図」が印刷されている外函のほうを紹介する。訳者の伊藤清久は著者のN・F・ジロフをソ連の化学博士でアトランチス大陸を研究する「アトラントロジー」の大家。欧米各国の数千冊にのぼるアトランチス文献を、あまねく渉猟し、その分析と批判との上に「プラトンが書き残した伝説が証明できる史実であり得た点」を研究してきたと紹介している。さらにこの大著を訳し終わったときに著者の訃報が届いたので、まさに伝説の大陸・アトランチス物の悼尾となる集大成であり決定版!という。もちろん新装特製版として3,500円の新刊を購入したのではなく、どこかの古書店で見つけ興味本位で入手したのだろう。その証拠に外函には紐で強く括られた跡があり<十把ひとからげ>で運ばれた痕跡が残っている。

アトランチスについて世界が初めて知ったのは有名な古代ギリシャの哲学者プラトン(紀元前427年~347年)の言葉からである。「一万二千年以上の昔、大西洋のジブラルタル海峡のすぐ向こう側のあるところに、大きな島があった。その島は自然の富に恵まれ、極めて多くの人口の強力な民族・アトランチス人が住んでおり、支配者が西方と東方へ向って侵略戦争を進めていた。彼らは立派な建築物を有する大都市を造り、権力者は無数の財宝を所有していた。ところが前アテネ人との戦いに完敗して間もなく、アトランチスは一昼夜のうちに全ての住民と共に大洋の底に沈み、滅亡した」。これがプラトンによるアトランチス伝説である。この伝説の幻想性と悲劇性は以来、二千年以上にわたって多くの作家や詩人だけでなく科学者までをも惹きつけた。もっともプラトンの弟子のアリストテレスでさえ師の主張には懐疑的立場であったし多くの否定論者を生んだ。しかし、全ては初めにプラトンありき、つまり<言い出しっぺ>なのである。

ここでは外函の「アトランチス大陸の首都復元図」だけを紹介するだけに留めておくが、そこにはいくつか具体的な数字があげられている。高い城壁を巡らせた中央の円形のアクロポリスには多くの神殿が建つ。中心は長さ185m、幅75mと巨大なポセイドン神殿で全体は銀と黄金で飾られ、円屋根の内側は黄金と銀の装飾象牙でできている。さらに内壁はここにしかない合金・オリハルコンで覆われ、内部には円天井に触れるぐらい巨大なポセイドンの黄金像とそれを取り巻くイルカに乗った百人の黄金像が置かれている。神殿を囲む庭には王と妃と子孫の黄金像や温泉と冷泉、さらに外側には高々と生長したあらゆる種類の樹木が茂る森が広がる。最も信頼された人々はこのアクロポリスに住んだ。それを囲む第三内堀までは外洋を航海してきた大船がそのまま入り込める。平面図はこうだ。

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アクロポリスと第三内堀で隔てられたすぐ外側のドーナツ型の地域には別の神殿や体育館、競技場や演技場が建てられている。競技場の端には近衛兵の住居があり、さらに外側には第二内堀、競馬場、第一内堀というように同心円状に配置された環状都市が造られている。ちなみにポセイドンの神殿は長さ185m、幅75mと巨大なもので、このような神殿が建ち並ぶ中心のアクロポリスの直径は数キロあった。そうなると二つの<ドーナツ島>はさらに大きいことになる。図の一番下、つまり南の方角に広がる外洋からアクロポリスに通じる運河は幅75m、深さ25mで総延長は9.2キロもあった。王国の総人口は5、6百万人というからその広さを想像してほしい。

紹介したように著者のジロフ博士は化学が専門であるから、地球物理学や地質学、地震学、重力学など「海底に沈んだアトランチス大陸」への直接アプローチには一見関係なさそうに思えるが、さにあらず、入手したあらゆる可能性を丹念に分析して見せる。それは否定論者の言い分や神秘学といわれる分野まで及び、さらにさまざまな深海調査や火山学、生物学などあらゆる直近の知識を手繰り寄せて「失われた大陸」の実在性に迫っていく。海底調査で得られた水深調査から独自のアトランチス大陸を復元しているのをせっかくの機会なのでお目にかけよう。

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中心になるのが一番大きいポセイドン島で北東から南西方向に「北大西洋山脈」が走る。ここにはフロレス山とコルウオ山がそびえる。東側は北からアゾレス山、アトランチス山、プラトン山などがありこの麓に伝説のアトラス王国があったのではないかという。さらに南西にはポセイドン海峡を隔てて二番目に大きいアンチリア島がある。これら二島とは別に西の海にはいくつかの島があるのがおわかりだろうか。名前がつけられた山のほとんどが火山で島々も火山島ではないかという。では水深2,500mから3,500mの海底に眠るこの島はどのあたりに想定されているかというとポルトガル沖約千キロにある現在のアゾレス諸島付近。つまり図のアゾレス山がある北東部がこの諸島ではないかという。

最終章でジロフ博士は「アトランチスの実在性に関する見解を最終的に確認するには、今後の客観的で偏見のない研究、まず海洋学や海洋地質学の分野にまつのみである。このために将来、探査や実験作業を多く行わねばならない。アゾレス諸島や北太平洋の他の場所で現在は海面下に沈下した山脈そのものに氷河の痕跡を発見する可能性で、これら海嶺の本質を仮説上の推定ではなく、綿密な地震探査や磁気比重測定及び十分な量のコア(地殻標本)の採取によって行うことである。従来、科学としてのアトランチス学については大半が熱心な個人であったので<素人臭>がつきまとい限界があった。私の次の著作は各種の科学分野の学者専門家集団が参加して発行されることを期待するものである、とさらなる情熱を表明している。

改めて読んでみると幻の大陸が<何だかありそうに>思えてくる。もし「無人島に持って行きたい本を一冊だけ挙げて下さい」というアンケートがあればこの本はその最有力候補になるかもしれない。