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新・気まぐれ読書日記 (37) 石山文也 東京煮込み横丁評判記

  • 2016年3月18日 14:08

「不良隠居」を自称する坂崎重盛氏はいまも夜な夜な「ルート253」沿いの横丁に出没しているはずだ。逍遥記は『東京煮込み横丁評判記』として光文社から出版され、同社の知恵の森文庫に収録された。今回、書き下ろしの番外編2作とBS放送の人気番組「酒場放浪記」でおなじみの酒場詩人・吉田類との対談を加えた新刊を中公文庫から出版した。253は、ニ・コ・ミと読み、グツグツ煮えている居酒屋の「煮込み」である。「煮込みの美味い店は、いい居酒屋。そして、煮込みの美味い、いい居酒屋のある町は、愛しい町」という坂崎氏が足で歩いた選りすぐりの煮込み居酒屋を紹介してくれる。いずれも「ルート253」沿いの横丁にある。というか、横丁を結ぶと「ルート253」が浮かび上がる。

坂崎重盛著『東京煮込み横丁評判記』(中公文庫)

坂崎重盛著『東京煮込み横丁評判記』(中公文庫)

不肖・石山、氏(以下、同)に初めてお目にかかったのはこの本で「ホッピーロード」と紹介される浅草の公園本通りの「浩司」か、その先の「正ちゃん」だったか。「そこははっきりしろ」と言われても先に行った店が満員だったのでハシゴしましたから。氏がアロハ風の粋なシャツだったから夏場だったのでしょう。もちろんホッピーで乾杯し、つまみは煮込み、だったはず。だって氏はいちいちウンチクを披露したりする人じゃないから、こちらの記憶も(いつものことだけど)あいまいで。たしか、この通りにあるJRA=日本中央競馬会のウインズ浅草は間違いなく休みだった。観光客でにぎわう観音様の参道とは違い、このあたりは昭和レトロを残す<さびれ感>があって、競馬の開催日以外は閉まっている店もあったから。

冒頭に紹介した前作を<道案内>にして浅草橋、阿佐ヶ谷、小岩、新橋、立石、赤羽、北千住、町屋、三ノ輪と続く(もっとあるが)「ルート253」を巡ったという方も多かろうから、今回は「番外編」を紹介する。

最初は「いつも素顔の巣鴨の古典居酒屋に最敬礼」。ところが巣鴨に直行するかと思うと「悲しいことに、人は慣れる。最初のころは、あんなにドキドキ心ときめいていたのに。そのうち、なにごともなかったような平気な顔をして、やり過ごす。たとえば街に対しても」と書き出して、神楽坂の思い出から。飯田橋に事務所をもって、隣町の神楽坂の路地を歩きはじめたときは、ほんとうに嬉しかった。三十年以上も前のこと。石畳の入りくんだ路地、料亭の黒塀、暗い入口の朽ちかけた木造アパート・・・。普段は、これといった思い入れもなく、ただ人と会ったり、用事で行き来したりしているのに、最近はテレビの町歩き番組などで、この神楽坂が脚光を浴び観光地風にとりあげられたりされているのを見ると(なにをいまさらながら)などと、ぷいと横向く気分になる。スレッカラシになっているのだ。この町に対して。初心を忘れ、ワケ知りの半可通というやつ。慣れてしまったのだ。

自分に喝!初心に戻るべし!というわけで、初心の町へ行く。勝手知ったる安心と慢心のホームではなく、未知の初心と無心のアウェ―の町へ行こう。巣鴨だ。

「・・・例によってなかなか煮込みの話に入らない。この本は煮込みのガイドブック、といった親切本ではないので、ストレートに煮込みや煮込みの旨い店に直行、とはならないのだ。人生も、散歩も、文章も、寄り道しなくっちゃ。毒蛇は急がないし、クネクネ蛇行する」。これも氏の文章から拝借した。

巣鴨といえば「とげぬき地蔵」の高岩寺、ひょうたん形のもなかやどら焼きが人気の「千成もなか本舗」、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三匹のお猿さんの石像のある庚申堂などを寄り道しながら駅方面に戻る。「目指す店は巣鴨駅からスキップ踏んで一、二分。スキップができない人は歩いても三分とかからない」とようやく最初の老舗居酒屋にたどり着く。こうなるとすっかり氏のペース、そこらあたりがなにより面白いのだけれど。同行は、ブラジルから一時帰国中の酒場ライターに「色白の美女で、呑ん兵衛文化人たちのマドンナという雑誌編集長」、「とてもキュート&エレガンスな出版社編集者の女性」と氏としては最上級の表現が続く。「大人の飲み会、巣鴨の夜はゆったり、ほんわか、和気あいあい、オマヌケ話と、オトナのお色気話でふけてゆくのでありました」。

番外編もうひとつは「古町・麻布十番の老舗居酒屋と納得の泡酒」。ここでもそば屋の話、麻布十番温泉の思い出などをたっぷり。ジェラートの店で店員のおすすめをお腹に収めて・・・。あっちこっちと歩き回ったあとようやく一軒目、付き合うときりがなさそうだから気になった泡酒とは、氏の想像した<枝から落ちたぶどうから作った?>ではなくグラスになみなみと注いでくれることからきた「こぼれスパークリング」だそうで。

シメはトレードマークのハンチング帽でも知られる酒場詩人・吉田類との対談。

吉田:一休なんかそうだけど「痴にして聖」な人間を、江戸時代は生かしたわけですよね。いまの時代も「痴にして聖」なる存在を否定しちゃいかんのですよ。否定したら世の中がきな臭くなる。そうなったら、いちばん先に粛清されるのは僕たちですからね。

坂崎:ちょっときれいごとを言いますけど、われわれはカナリアなんですよ。

吉田:炭鉱で空気が薄かったり、ガスが出てたりしないかどうか確かめるための、あれですか?

坂崎:そうそう。僕たちは世の中の空気が悪くなったら最初に死んじゃうテスターなんです。われわれみたいな道楽人間がなんとなく生きているうちは、まだ世の中大丈夫。

吉田:僕たちが否定されるような世の中は、真っ暗闇に落ちていきます。

坂崎:全面的に賛成です!吟遊詩人の類さん、最近は吟遊哲学者っぽくなってきたなあ。

そういえばつい先日、私、<酒場詩人風>の黒ハンチング、黒のタートルネックセーターに同色のブレザーという服装で京都の居酒屋で飲んでいると隣の席のおじさんから「あなたテレビに出ている人?」と声をかけられた。「いやいや、詩人なんかじゃありませんから」と、否定したつもりだったのに???の反応だったが、「人違いですよ」だけでよかったのか。

ではまた