Web遊歩人

Web遊歩人

池内 紀の旅みやげ(49) 三筋の町──滋賀県・水口町

  • 2015年1月16日 14:25

三味線は三弦でできている。その三本の糸の両端を結ぶと、どうなるか。まん中に筋のある細長い袋になるだろう。紡錘形、あるいは昔の飛行船に似ている。近江(おうみ)の水口町(みなくちちょう)はそんな形をしているらしい。
なにかのことで知っていたが、実際に訪ねてみて驚いた。まさにそのとおり。一本の道が急に三本に分かれて町並みをつくり、三本がまた一本になって町並みがとぎれる。人よんで「三筋の町」である。
東海道五十三次のうち、江戸から数えて五十番目。滋賀県甲賀郡水口町だったのが、「平成の大合併」後は甲賀市水口町になった。町の格が一つ下がったみたいで、先祖が泣いているかもしれない。水口藩二万五千石、誇り高い外様大名だった。今も水口城の石垣や内堀がのこされ、堀を渡ると復元された櫓がそびえている。
とすると城下町のはずで、ふつう城下町は城を中心に地割りがされて、決して紡錘形になったりしないものだ。お城の前の図書館に水口歴史民俗資料館が付属しており、一巡して疑問がとけた。古城山に羽柴(豊臣)秀吉が城を築かせ、子飼いのものを城主にした。関ヶ原の戦いで家康が勝ち、豊臣の息がかかった城は廃城、堀も埋められた。家康はさっそく街道の整備にかかり、水口は宿駅に指定された。埋められた内堀と平行して街道が通り、宿場の拡大につれて、逆側にもう一つの通りができて三筋になった。南と北の宿外れで三本道が合わさって一本になる。

水口町の三筋の道は本当に分かれてますね。不思議な光景です。

水口町の三筋の道は本当に分かれてますね。不思議な光景です。

いま見るような水口城ができたのは、宿駅ができてから四十年ばかりあとであって、城下町は後発組なのだ。江戸後期につくられた「東海道分間延絵図」という絵地図が展示してあったが、「三筋の町」が長大なムカデのようにのび、頭のところに城下町がちらばっている。明治になるとこちらの城も廃城になり、家老以下のサラリーマンは失業。家・屋敷も多くが取り壊された。一方、商人、職人町の紡錘形は、つつがなく生きのびて現代につづいている。
広重の浮世絵「東海道五十三次」シリーズのうち、もっとも知られた保永堂版は、水口が「名物干瓢(かんぴょう)」で紹介されている。夕顔(ゆうがお)といって、ウリ科のつる草が大きな球形の実をつける。その皮をむいて干し上げたのが干瓢で、水口一帯の特産だった。広重は取材のときに作り方をよく見ていたのだろう、ムシロの上に大きな俎板(まないた)を据えて、女が包丁で皮をむいている。紐状にむいたのを、まわりにかけていく。赤ん坊を背負った小娘がかかえているが、夕顔は赤ん坊よりも大きい。向いの家でも垣根に干しており、当地の地場産業だったことが見てとれる。現代ではすし屋で「かんぴょう巻き」を注文するときぐらいだが、かつては保存食として煮しめなどに重宝された。

広重の浮世絵、「東海道五十三次之内 水口」 保永堂版 こんな風に時代を経ても残るものがあると言うことが、なんともいいですね。

広重の浮世絵、「東海道五十三次之内 水口」 保永堂版 こんな風に時代を経ても残るものがあると言うことが、なんともいいですね。

水口のある甲賀地方は滋賀県・三重県・奈良県の三方が合わさる地点にあって、JR東海道本線と関西本線のはざまにあたる。不便なぶん、エア・ポケットのように見過ごされていて、三筋の町がよく古型をとどめているのは、そのせいかもしれない。別名が「曳山(ひきやま)の町」で、宿場町として栄えていたころ、町内ごとに豪華な曳山(山車(だし))をつくった。いまも水口神社の祭礼には華やかに巡行する。三筋が南で一つに合わさる近くは横田の渡しといって、「東海道十三渡(わたし)」の一つだった。目印の常夜燈がのこされているが、台座もろとも十メートル近くもあって、東海道最大のもの。かつての水口商人の財力のあかしだろう。
寺の一つに芭蕉の句碑がある。甲賀と隣り合うのか伊賀地方で、俳聖芭蕉はもともと伊賀・藤堂家に仕える下級武士だった。俳諧に転じて江戸に出たのちも、くり返し郷里に帰ってきた。そのつど水口の宿を通った。旧友と二十年ぶりに会ったときに詠んだのが、
「命二つの中に生(いき)たる桜かな」
旧お城下の威光のせいか、小さな町なのに県合同庁舎や税務署、裁判所、検察庁などがあって、役人が多いのだろう。役人の数はかわらないが、町の人口はへりぎみで、昼間の三筋の通りは森閑としてひとけがない。かわりにやたらとノラ猫がいて、二匹、三匹とつれだって歩いている。仲たがいしていたのがバッタリでくわしたようで、やにわに黒いのが三毛にとびかかり、三毛がすっとんで逃げ出した。命二つ、迫真の追いつ追われつが、空き家の軒まわりで演じられていた。あらためて知ったのだが、ノラ猫のうなり声は町内一円にひびきわたるほど、野太くて迫力があるものである。

【今回のアクセス:東海道本線の草津駅で草津線に乗り換え、貴生川で近江鉄道に乗り換えて水口石橋駅下車。三筋の入り口まで徒歩三分】

コメントを残す

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)