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書斎の漂着本  (10) 蚤野久蔵 沖縄の闘牛

  • 2014年5月7日 00:59

復帰前の沖縄・コザ市(現・沖縄市)で1966年1月に出版された『沖縄の闘牛』という初のガイド本である。新書判で214ページ。巻頭の写真14枚がモノクロながら当時の闘牛場の熱気と興奮を伝える。

沖縄の闘牛

「激闘!角と角がきしみ合う猛牛決死の攻防に2万5千の観衆は興奮のルツボと化した。絶好の大会日和に恵まれ、秋の全島闘牛大会は15組という戦後最高の好取組に湧いた」

まずは超満員の会場の全景を写した写真の説明文からはじまる、

「追撃!勝てず・・・と逃げる相手牛を許さず、追撃するさまは、ジャングルで展開される野獣の死闘を思わせる」

「絶対絶命!勢い余って突き上げられ、苦しむ猛牛」

「絶対」が「絶体」の間違いはご愛嬌としても、やたら「猛牛」と「追撃」が目に付く。

勝ったシーンは

「ドスン、地ひびき立て、土煙をまき上げてもつれる猛牛。1,500キロの巨体が一つのかたまりとなって死闘をくりかえすさまに、われを忘れる。鐘、太鼓、のぼりを持ち出し、テンツクドンドン、勝った牛を祝う応援団は闘牛大会には欠かせない風物詩」

「バンザーイ。ひいきの牛が勝って、思わずスタンドからおどり出た」

会場の熱狂は最高潮に。勝者と敗者、観衆のどよめきが地鳴りのように沸き上がる。

ご覧の奥付も変わっている。定価は$1.25と360円が併記されているところをみると沖縄出身者が多い「本土」での販売も狙ったからだろうか。発売元は有力スポンサーらしいコザ市胡屋大通りの「きゆな百貨店」で、変わった店名は広告に経営者の名前が喜友名とあって納得した。

沖縄の闘牛奥付

「ブームを起した新聞記者が書いた」とあるように著者の琉球新報中部支局の宮川盛博記者は、新聞で初めて「闘牛夜話」や「ワザの解説」といった<闘牛もの>の連載記事を生み出した。闘牛人気の盛り上げに大いに貢献したことで知られ、彼の右に出るものはいない<闘牛記者>なのだという。それだけに内容は「闘牛の歴史」からはじまって「決め技12手の解説」、「明治・大正・昭和のハイライト=名牛と名勝負三十番」、「闘牛夜話」など盛りだくさん。せっかくなのでこの本のなかからいくつか紹介する。

【現代の闘牛】沖縄戦の焦土から立ち直り、島民の心のやわらぎと復興へのファイトを燃えさせるなかで転換期となったのが1960年。この年、全島を統一する闘牛連合会が結成され、それまでは各地でばらばらに開催されていたのが、春秋に開催される「全島大会」に向けて各地区の大会はその予選となった。持ち牛の中から強いのを出場させていた生産農家に代わり、純粋に闘牛のために「強い牛」を育て上げる専門飼育家が登場したことでさらに人気が集まり闘牛場の整備も進んだ。琉球新報は畜産振興だけでなく観光資源として着目し、闘牛大会を主催すると全国から観光客がやってくるようになる。新聞やテレビも名勝負を報道するようになると闘牛の盛んな四国・宇和島や鹿児島・徳之島から「名牛」が来島、闘牛そのものも<ショー化>していった。

【闘牛場】すり鉢の底の直径20数メートルの土俵を囲むように観客席を設けた構造。引き出された牛は、角突き合わせてどちらかが逃げ出したほうが「戦意を失った」とされて負けになる。勝負は一瞬で決着するものもあれば数時間も一進一退が続く場合もある。

【決め技】基本は「押し技」、角を押し当てて、じわり、じわりとゆっくり押すだけでなく、思い切り首を折り曲げて相手の力を引き延ばした瞬間に一気に相手を押し返す=<突っ張り>。「かけ技」では相手を角でねじ伏せる=<外掛け>。角で相手の首をねじって動きを封じる=<内掛け>は老牛が好む技だ。相手を横向きに押し、瞬間、その腹に角を押し当てて突き上げる=<ハラ取り>は極めて有効な合わせ技だが力がある牛ならでは。なかでも破壊力が大きいのは相手の額に角を打ち込む「割り技」で、正面からの<突き割り>は相手に最もダメージを与える。

「沖縄の闘牛に興味を持ったワケ」を説明しよう。平成9年の年末にこの『闘牛の島』(小林照幸、新潮社)が出た。徳之島で44戦42勝1敗1分という不滅の記録を打ち立てた「実熊(さねくま)牛」という伝説の闘牛のノンフィクションである。

闘牛の島

徳之島では銅像まで建てられたが、最後は肉牛として処分される寸前で取りやめになり、新天地の沖縄で闘牛として再デビューするために譲られていく。どんな牛も寄せ付けなかった実熊牛の得意技は「押し」「掛け」「割り」何でも来いで、電光石火、一瞬の「ハラ取り」で何度も相手を圧倒した。輝かしい戦績を持った外来の実熊牛に沖縄中が沸いた。が、結局1勝もできなかったことと「その後の運命」についてエピローグで紹介はされていた。

「沖縄」「闘牛」「実熊号」・・・と頭の片隅にこびりついていたのだろうか。その何年か後に京都大学近くの古書店の棚に『沖縄の闘牛』があるのを目ざとく見つけた。小冊子ながら何やら面白そうで「名牛と名勝負三十番」のいちばん最後に実熊牛の名前があったので予想外に高かったが迷わず購入した。

実熊号  みじめな晩年送った名牛=徳之島では銅像も建立=

「実熊号という牛がいた。この牛ほど電光石火のように、短期間燃えるような人気を得ながら、廃牛と同時に忘れられた牛もあるまい。印象に残らない牛であった」

上々の前人気で迎えた対戦相手は沖縄闘牛界の人気を二分していた「大湾ワイー号」

「実熊号がファンの心を完全にとらえたといえるのは、闘牛場入りしてからデモンストレーションに移ったわずか数分、大湾ワイーが入場すると夢は消えた。ツノを掛け合わせると、大湾ワイーに追いまくられていいところがひとつもない。ワイーが押せば苦もなく押される。割れば(突かれれば)また下がる。攻撃しようとしないのだ。ついに右目の上を切り裂かれて逃げた。わずか7分」

「別の日の最後のワンチャンスは開始早々逃げた。試合放棄。そのまま廃牛となった」

闘うものはやはり勝ち続けるしかないのか。あまりに対照的な評価をそのままに、わが本棚には仲良くこの2冊が並んでいる。