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書斎の漂着本  (3)  蚤野久蔵 食用蛙飼養法

  • 2014年4月22日 10:28

「農家唯一の副業」をうたった『食用蛙飼養法』という宣伝パンフレットである。広げると縦20センチ、横幅52センチだが封筒に入れて郵送するために細長く折り畳んである。発行は徳島県小松島町の徳島県水産試験場嘱託 金磯食用蛙養殖場。京都・平安神宮近くの古書店の店頭「均一棚」に十数部が古びた麻紐に括られてほこりをかぶっていた。すべて同じものだったから真ん中の小奇麗なのを一部だけ入手したが代金を払ったのか、それとも購入本の<値引き代わり>だったのかは忘れてしまった。

食用蛙飼養法

最後のところに手紙形式で昭和2年(1927)5月6日の日付があるのがよくある「吉日」ではないのもおもしろい。「差出人」に「場主 多田友泉 述」とあるのは「いろいろと述べさせていただきました」ということらしく、養殖場名は金磯の地名からとられていた。

〇当場への順路として「小松島波止場(省線小松島駅)より東南約二十五丁、阿南鉄道金磯駅より東方、金磯弁天参道に沿い約七丁の位置にあり」と書かれているから2.7kmほど、弁天さんを目ざして歩いても半時間ちょっとだろうか。それにしても阿南鉄道なんてあったかな、と調べたら国鉄牟岐線から現在はJR四国の牟岐線の一部となり「阿波室戸シーサイドライン」の愛称が付けられている。しかし肝心の金磯(かないそ)駅のほうは用がある時だけ列車が停まる臨時駅だったのが昭和37年に廃止となっていた。

とんだ<脱線>だったので話を戻すと、ご覧のように茶色のインクで印刷され、表面だけでなく裏面も活字だけで写真や挿絵もいっさい見当たらない。

食用蛙飼養法全体

項目としては〇食用蛙の系統と本邦における養蛙事業の歴史 〇食用蛙の形態及び其の性状 〇産卵 〇池の構造及障壁の作り方 〇餌料 〇冬眠 〇幼蛙の発育状態と当場の成績 〇販路と利益など、それこそ微に入り細にわたり「事業としていかに有望であるか」が書かれている。もっとも、活字だけで<副業を考える農家のみなさんをその気にさせよう>というのだからくわしいのは当たり前かもしれない。いささか味気ないので食用蛙の写真か図版でも入れようか、と思ったものの「蛙は苦手!」とおっしゃる向きもありそうだからそれは止めにする。

原文通りではわかりにくい表現もあるので、多少手直しして紹介してみよう。

〇食用蛙の系統と本邦における養蛙事業の歴史

「米国において普通食用として市場に販売されている五種類の蛙のなかでいちばん大きく、肉質優良美味なブルフロッグ種を大正6年に東京帝国大学名誉教授の理学博士渡瀬庄三郎氏が北米ルイヂァナ州ニューオルレアンス市から輸入して養殖に成功した」

もちろんこれはルイジアナ州の南部メキシコ湾に通じる州最大の港湾都市であるニューオーリンズ市のこと。州都かと思ったらそちらはバトンルージュ市でした。

「三年後に初めて産卵したのを農商務省に譲り、同省では農家の副業に役立てようと茨城、滋賀の水産試験場で飼育させたが好成績で、人工養殖が確実にできることが証明されたので邦名を食用蛙と命名した」。

「当養殖場は大正十二年六月に徳島県水産試験場からその養殖研究を嘱託され、十一年産の蝌蚪(かと=おたまじゃくし)を滋賀県水産試験場から分譲を受け、それ以来科学的研究により養殖している」

東京帝国大学、農商務省、各県水産試験場、徳島県水産試験場の嘱託などをあげて<いかに由緒正しいか>を力説している。

〇食用蛙の形態及び其の性状

「食用蛙は俗名をBull Frog(牛蛙)、学名をRana Catesbeianaといい、北米ではロッキー山脈以東、南はメキシコ湾沿岸、北はカナダの国境に至る広い範囲に生息している。形態は赤蛙及び殿様蛙のようで皮膚は極めて滑らかに、色彩は美しき濃緑褐色を呈し、親蛙の体長は鼻緒より肛門まで最大六寸五分余、後脚の長さは八寸五分以上、全長実に一尺五寸余、重量二百五十匁乃至三百匁余ある」

「その肉は栄養価に富み、極めて淡白にして雛鶏肉に類似するがそれより軟らかく且つ美味である。食用としての蛙肉の特長はまったく臭味がないことだ」

「性質は極めて敏感で動作は軽快であり、春期の交尾期を除くと孤独的生活をなすものにして交尾期の啼き声は牡牛の吼声(ほえごえ)に類似しているので牛蛙の別名がある」

「寿命は十五年から二十年、産卵は一匹あたり四千から一万八千である」

「余」とか「以上」が付くのをざっくり換算すれば全長は50cm超、重さは優に1.2kg以上という<超デカガエル>なのであります。「孤独的生活」というのは一匹ずつ離れて暮らしているということだろうが、一度聞いたら忘れないあの鳴き声がここで出てきました。「牡牛の吼声に類似」しているのはまさしくその通りです。

育て方の注意点についても

「養殖に当たっては蝌蚪(かと=オタマジャクシ)が親蛙に食べられる恐れがあるので池を別にすること。小さいときは亀、蛇、鯉、鮒、鰻、鯰、ゲンゴロウ、さらに野鳥やイタチ、カワウソ、猫などに襲われないように注意が必要」

などと細かく紹介している。思わず笑ってしまったのが〇池の構造及障壁の作り方で、「池は広大なれば蛙の成長は速やかなるべきも補獲に不便あり」と。そりゃそうでしょう。

当然ながら裏面の3分の一を使った<事業として儲かるのか>についてはぬかりない。

〇販路と利益

「生後十五ヶ月を経過すれば体重四五十匁(約190g)となるから食用にできる。食用の外にも生物学的研究材料及医学的実験用として既に海外において多数の需要があり。本邦においても此種の需要は将来生ずべきは明らかである」

「食用においては、目下のところ養殖時代なので極めて高価なので広く用いられてはいないが、近いうちに一般に用いられるのは疑いない」

「当場へは関西一流の料理店より申し込みを受けている。種用としての繁殖を終われば食用として市場へ輸出する計画をもっている」

「食用の販路は我国の外に欧米、中国、南洋等の主要都市の旅館や料理店、遠洋航海の各船舶等である」

「消費が最も多い米国では往々にして供給不足を訴えることありという

海外において、将来生ず、疑いなし、繁殖を終われば、我国の外に、訴えることありという・・・思わず下線を引いてしまったが、さらに

〇農家副業として養蛙業の利益では

「廃水面(池など農耕に使わない水面か)を利用できるので固定資本が少なくてすむ」

「親蛙、卵の捕獲が容易で飼養に手間や経費がかからない」

「産出量が大きく確実でしかも利益が大きく、需要が年々増加しつつある」

「親蛙の飼料は主に昆虫類なので害虫が多い農村には駆除の最良手段となる」

「飼育、管理にあたってはとくに経験は要しないから婦人子供の仕事で十分である」

と盛りだくさん。きわめつけが

「冬眠中、約半年間は全く給餌が不要で活動期に入っても蛙が自然にある餌を勝手に食べてくれるので人工給餌しなくても差し支えない」

ではないだろうか。半年も冬眠しているとは思えないけど。

このパンフレットには書かれていないが、渡瀬博士はこれら食用蛙の餌として同時にアメリカザリガニを初めて輸入したことでも知られる。各地の蛙養殖場で餌として与えていたのがいつの間にか逃げ出して野生化したことで列島全土に大繁殖した。食用蛙のほうは、というと一時的に燃え上がったかに見えた養殖ブームはあっという間に下火になり、蛙食文化はわが国には根付かなかった。「うまい話には気をつけろ」というのは昔も今も、ではあります。

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