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蚤の眼 大世界史 365 ㉑ 9月21日

  • 2010年12月21日 15:13

寺内正毅首相、米騒動の責任を取って辞任(1918年・大正7年)
8月に富山県中新川郡西水橋町で始まった米騒動は全国に波及して宇部炭坑等では軍隊まで登場、死者が出る騒ぎとなった(8月3日)。 組織化されていない民衆の抵抗運動に好意的だった朝日新聞はジャーナリズムの本場・大阪を拠点に政府を追及した。ついには民間右翼の攻撃もあって、大阪中の島公園の灯籠に村山竜平社主が縛り付けられる事態に発展し、同氏は辞任した。鳥居素川、長谷川如是閑、大山郁夫らも行動を共にし、大正デモクラシーの一方の騎手が論壇を去った。このあとに原敬内閣が組閣されるが、大きな流れは右旋回して行くことになる。
室戸台風荒れる(1934年・昭和9年)
大阪を中心に関西圏を襲った巨大台風は猛烈な勢いで、死者行方不明者3,066名、家屋全半壊42,000戸、瞬間風速60メートルを記録した。大阪では小学校の七割以上が倒壊した。この年は満鉄で大連ー新京間に特急「あじあ号」が運転を開始した明るい話題もあった。

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