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蚤の眼 大世界史 365 ❿ 9月10日

  • 2010年9月21日 17:31

川中島の合戦(1561年・永禄4年)
甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信が雌雄を決して戦った合戦は5度にわたったが、そのうち4度目の川中島の決戦が最も有名である。この戦いに越軍は総兵力
1万3千。謙信はこれを率いて犀川と千曲川を渡り、妻女山に布陣した。一方のけ信玄は8月18日総勢二万の兵をもって川中島西方の茶臼山に陣を取る。甲越両軍は数日間、静かに睨み合っていた。9月9日の夜半、謙信は夜襲を察知して車懸かりの陣形をとる。八幡原に陣取った信玄は隊形を鶴翼に立て直し、午前五時戦端が開かれる。力闘死戦、血飛び、肉裂ける、阿鼻叫喚の人間世界である。勝敗は五分五分と言われているが、そんなことよりも、人間の英姿が見事に描かれる世界ではありますね。原爆などという殺風景な兵器などお呼びもつかぬ時代の合戦絵巻が展開された。
連合軍の日本占領政策が発表された(1945年・昭和20年)
GHQは「言論および新聞の自由に関する覚書」を発表、進駐軍、連合軍に関する報道を制限、事前検閲も行った。これを「マ検」といった。
NHK・民放のカラー放送開始(1960年・昭和35年)
高度成長の旗印の様なものがこのあたりだったのかもしれませんね。まぁ進軍ラッパみたいなものですね。

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